DF岩清水梓が新ポジションで放つ魅力。ベレーザの源流を知るリーダーのチャレンジが導くチームの底上げ
【可能性への挑戦】
コンバートされて2試合目とは思えないほど、彼女はそのポジションにしっくりと馴染んで見えた。
4月14日に行われたリーグカップ第2節、アウェーで日体大FIELDS横浜(日体大)との一戦に臨んだ日テレ・ベレーザ(ベレーザ)は、6-0で快勝を収めている。
その試合で4-3-3の中盤の底、アンカーのポジションで試合を落ち着かせていたのが、DF岩清水梓だった。
2011年の女子W杯優勝をはじめ、なでしこジャパンのセンターバックとして傑出した実績を持つ岩清水は、32歳のベテランになった現在も、日本女子サッカー界で第一線を走り続けている。
リーグタイトル11回、リーグカップ5回、皇后杯8回。最多の代表選手を輩出してきた名門、日テレ・ベレーザで20年目を迎えるキャリアは、タイトルに彩られてきた。
昨年はチーム内で唯一、公式戦全32試合にフル出場し、リーグ、リーグカップ、皇后杯の3冠に貢献。13年連続13回目のベストイレブン受賞はリーグ史上初の快挙だ。
この日体大戦で、公式戦の連続出場は100試合目となった。今季フル出場を果たせば、リーグでの出場数が「296」となり、ベレーザでの出場記録で単独一位となる。
だが、そのキャリアをディフェンダーとして築き上げてきた岩清水にとって、新たなポジションにチャレンジすることに抵抗はなかったのだろうか。
「センターバックを(長く)やってきた者としては、まず、違うポジションでプレーできる楽しさを感じましたね。(アンカーは)360度を見なければいけない難しさがあって最初は戸惑いもありましたけど、やらせてもらっていること自体、ありがたいですよ」(岩清水)
試合後はいつもサッパリとした口調で話す彼女の言葉に、どこか弾むようなニュアンスがあった。
【コンバートの意図とは?】
初めてアンカーに抜擢されたのは、前節(4月7日)のAC長野パルセイロ・レディース戦だ。
代表の欧州遠征のためレギュラー9名が不在の中、永田雅人監督は下部組織のメニーナから7名を登録。中学3年生のFW土方麻椰とDF柏村菜那も先発に抜擢された。
しかし、結果は0-3の完敗。岩清水にとって新ポジションでの初陣は悔しい結果となったが、そのプレーはセンターバックの時と同様に、ピッチの隅々まで目が行き届いていることを感じさせた。
代表選手がいない中でいかにチームを底上げして勝っていくかーーそれは、ベレーザが毎年のように抱える切実な問題だ。特に、今年はW杯イヤーなので、リーグカップは予選のほとんどの試合で代表選手を欠くことになる。だからこそ、永田監督はその苦境を逆手にとって、リーグカップをチーム力底上げの好機と捉える。
「1試合でも多く戦うために、すべての試合に勝つことを目指しています。その上で、普段、出場する機会が少ない選手たちの鍛錬の場にしたいと考えています」
永田監督は一人ひとりにプレーの幅を広げるための課題を設定し、映像などを使ってイメージを落とし込みながら選手の潜在的な可能性を引き出してきた。岩清水のコンバートにはどのような意図があるのだろうか。
「彼女には、どこでパスを受けてどこに出すか、フィールドを広く見渡して計算しながらプレーできる経験値と戦術眼があります。もう一つは、(自分たちの)攻撃が深く入ったときの一発目の守備。奪われた後の反応の良さはトレーニングしてできるものではないので、その点はすごく魅力です」(永田監督)
日体大戦で、2点リードで迎えた後半開始早々、岩清水は中盤で相手のパスを奪い、スルーパスでFW田中美南のゴールをアシストしている。スムーズな切り替えとターン、そして相手4人の間を通す絶妙の縦パス。中盤のポジションに適性があることを感じさせるプレーだった。
「(アンカーで自分の良さを生かせていると感じるのは)ボールを奪うところですね。落下地点の予測とか、危機察知力に関しては若い選手にも負けない気持ちがあります。そういったところを生かしつつ、今日のゴールにつながったパスなどは、永田監督がミーティングなどで(国内外の選手の優れたプレーの映像を)見せてくれるので、イメージは持っていました」(岩清水)
163cmのセンターバックは、海外に出れば小柄だ。だが、岩清水は体格差をものともせず、海外の屈強なFWたちと渡り合ってきた。様々な個性や強さを持った相手と対峙してきた中で、自分の強みを生かすポイントを熟知しているのだろう。
【5連覇への道のり】
4連覇ともなれば、どのチームもベレーザの弱点を突こうと分析を重ねてくる。
次の対戦相手は、どんな手を打ってくるのか?
岩清水は、その駆け引きすらも楽しんでいるように見える。
「対策されて、それをも上回って結果を出せた時は嬉しいです。でも、分析された通りの結果になって負けたら相当悔しいでしょうね。そういった意味で、今年は多分、今までよりも嬉しさと悔しさが隣り合わせの結果が続いていくのかなと思います」(岩清水)
W杯を挟んだハードな日程の中で、リーグ5連覇もさることながら、3冠への道は昨年よりも険しいものになるだろう。
だが、豊かな伸びしろを秘めた選手たちにとって、日々の練習で自分の成長を実感できる環境があり、試合の中で見るべき「背中」があることは、大きなアドバンテージでもある。
18歳のMF菅野奏音(かんの・おと)は、長野戦ではあまり良いプレーを見せられなかった。だが、この試合では常に相手が嫌がるポジションに立ち、2得点を決め、鮮烈なインパクトを残している。
最終ラインを統率したのは、岩清水とともにセンターバックとして3冠を支えたDF土光真代だ。
「イワシ(岩清水)さんはここぞという時にいてくれるし、毎試合、存在の大きさを実感しています。『後ろの選手は嫌われるぐらい、前の選手に(はっきりと)指示を伝えるように』と言われています」
以前そう話していた土光は、18歳のDF松田紫野とセンターバックを組み、プレッシャーの中でも的確なビルドアップで守備を落ちつかせた。
長野戦ではうまくプレーできなかった若い選手たちが積極的にチャレンジして活躍したことを、岩清水はまるで自分のことのように嬉しそうに話していた。
育成型クラブのロールモデルとされるベレーザの源流を誰よりもよく知るバンディエラ(※)は、若い選手たちを時に叱咤激励し、時にそっと見守りながら、新たな黄金時代を牽引していく。
(※)バンディエラとは所属を変えずに一つのクラブでプレーを続ける選手に対して、サポーターが敬愛の念を持って使う言葉。イタリア語で「旗頭」を意味する。