Yahoo!ニュース

しょせんはライター。スカウトの目にはかなわないが、松井裕樹はプロ向きだ!

楊順行スポーツライター

プロ野球のドラフト会議まで、あと1カ月を切った。雑誌の取材のため、何人かの社会人や高校生に会って話を聞かせてもらったが、なにせしがないライターである。野球経験は草野球程度だし、画商が絵画を見るような鑑識眼もない。だからある選手がプロで通用するかどうか、あるいはどこがどうすごいのかを原稿に書こうとすると、対戦相手や監督の評価が根拠だ。もちろんときには、スカウトの一言が頼りだったりする。その点、数字というのはまことにわかりやすく、何イニング無失点とか、1試合の最多奪三振がいくつとか、スピードガンで何キロを計時したとか、景気のいい数字が原稿に頻出することになる。

ただそもそも、ドラフト1位入団が全員活躍するわけじゃないように、専門家であるスカウトの目でさえしばしば狂う。だから、こちらが有望株として取材した選手が、プロで活躍するかどうかは神のみぞ知る、だ。だいたい、大阪桐蔭高から阪神入りした藤波晋太郎が、将来的にはともかく、1年目からこれほどの数字を残すとは、ほとんどの人にとって想定外だったのではないか。昨年の例でいえば、三重中京大から楽天入りした則本昂大についても、「MAX154キロ……」などと書きはしたが、ここまでやるとは、ね。そうそう、渋いところならNTT西日本から西武入りした増田達至の活躍もなかなかのものだ。

ただ、桐光学園高の松井裕樹投手は、あきらかにプロ向きだと思う。2年生の昨夏、ストレートとスライダーを武器に、1試合22三振という大記録を樹立したドクターKだ。社会人の選手と雑談していたときのこと。打ち崩すのはなかなか困難だけど、と前置きした上で、こう話してくれた。

「社会人のチームというのは、チームとして相手を攻略するんです。たとえば松井君が相手なら、三振してもいいからスライダーは振らないとか、とにかく初球から打っていくとか、一番から九番まで戦略として徹底する。かりに初球から打って何人かがアウトになっても、相手は"甘いタマからは入れない"と警戒します。すると、厳しいコースを狙ってボールになることもあるでしょう。カウントが悪くなれば、それだけで打者有利です。凡退したとしても、意味のある凡退なんですね。ですから、序盤は苦しくても、終盤にたたみかけることはありうる」

左投手なのに、課題は左打者なのだ

これに対してプロは、確かにチームの戦略はあるだろうが、あくまで自分の成績が命。進塁打などは別として、査定にからまない凡退では意味はない。結果、オレがオレが……となると、術中にはまりかねない。もっとも松井の場合、左投手でありながら、左打者が苦手という傾向にある。右打者には有効な、逃げるチェンジアップを使いにくいためだ。となると打者は、ストレートかスライダーのどちらかに絞ればよく、現にこの夏の神奈川で、桐光学園が横浜高に敗れたのは、左打者の浅間大基に逆転2ランを食らったからだ。プロは、うんざりするほど左の好打者がそろっているから、そのへんが課題になる。

それはともかく、取材した選手がめでたくプロ入りし、活躍するのは、中央球界で無名であるほどひそかにうれしい。目をつけていたバンドが、メジャーになっていくようなものかもしれない。その例でいうと今年は、日本生命の柿田裕太というピッチャーがおもしろい。松本工高時代の2010年夏、エースとして同校を初めて甲子園に導いた。182センチという長身で、角度のあるストレートは143キロというふれ込みだった。ただ甲子園では開幕試合で打ち込まれて敗退。プロ志望届を提出したが、指名は見送られた。

で、社会人入りしたわけだが、強豪・日本生命とあって周囲は名門大学出身者ばかり。

「シート打撃で投げて、自分ではいいタマがいったつもりでも、簡単に打たれる。"やばいな、すごいところにきてしまった"という思いでした」と柿田はいう。2年目も、チームは都市対抗でベスト8に進んだが、柿田はベンチにすら入れず、もっぱらネット裏でのビデオ係だった。だが、その後。将来性を買った花野巧監督が、経験を積ませようとオープン戦にどんどん投げさせた。

「それがよかったんでしょう。ブルペンで投げるよりも、実戦で得るものは何倍も大きい。社会人はチームでの競争も激しいし、チャンスを確実にモノにしたいという思いもありました」と柿田がいうように、打者のインコースをつく度胸がすわってきた。すると、日本選手権では先発を任されるまでに成長。3年目の今年は、京都大会でのちに都市対抗を連覇するJX-ENEOSを2失点に抑えて完投勝利を飾る。都市対抗の近畿第1代表を決めたのも、やはりプロ注目の先輩・吉原正平ではなく柿田で、東京ドームの本番のマウンドも踏んだ。

ビデオを撮っていた球場で、1年後にはマウンドに立つのだから、これはもう大出世だ(もっといえば中学時代は、松本南シニアで6番手の投手だった)。持ち味であるカット気味の「汚いストレート」(柿田)は最速144キロで、これとスピードの変わらないツーシーム、フォーク、スライダーを厳しいコースに投げ分ける。さらに、腕の出てくる角度が独特だから、打者にとってはちょっとやっかいだ。ドラフト指名解禁の高卒3年目、阪神あたりがリストアップしているらしい。

「プロですか……小さいころからテレビ中継もあまり見たことがなく、とくに好きなチームもないんですよねぇ」

お笑い芸人のチャド・マレーンに似ていることから、あだ名はチャド。さて、指名はあるか。ほかに個人的に注目しているのは、日本新薬の中村駿介投手、帝京高の石川亮捕手、村上桜ヶ丘高で"桜のダルビッシュ"といわれた椎野新投手あたり。あなたのオススメはだれですか。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

楊順行の最近の記事