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提言した校長を「現場が分かっていない」と決めつけたが、分かっていないのは松井市長かもしれない

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 緊急事態宣言下での大阪市独自の学校対策などについて言及した提言書を大阪市立木川南小の久保敬校長が市長に5月17日付で送付した問題で、松井一郎・大阪市長が激しく反論している。校長に対して「現場が分かっていない」とまで発言しているようなのだが、はたして現場を分かっていないのは、どちらなのだろうか。

|いまだに松井市長は現状を理解していないのか

 久保校長は提言書のなかで、オンライン授業を指示した市の方針について次のように書いている。

「通信環境の整備等十分に練られることないまま場当たり的な計画で進められており、学校現場では今後の進展に危惧していた。3回目の緊急事態宣言発出に伴って、大阪市長が全小中学校でオンライン授業を行うとしたことを発端に、そのお粗末な状況が露呈したわけだが、その結果、学校現場は混乱を極め、何より保護者や児童生徒に大きな負担がかかっている」

 これに対して松井市長は、「我々は子どもの命を守るのを最優先として、オンラインを活用した」と、オンライン授業発言から1ヶ月後となる5月19日になっても述べていることを『東スポWeb』(5月20日配信)は伝えている。校長が訴える現状を真摯に受け止めるどころか、オンラインをやっていると主張すること自体、学校現場の現状が分かっているのか、と首をかしげざるをえない。

 松井市長が市立小中学校の授業をオンラインで実施する考えを示したのは、大阪府の吉村洋文知事が国に緊急事態宣言を要請する意向を表明した4月19日のことである。大阪市教育委員会(市教委)と協議のうえで決めたうえでの発言なのかといえば、「市長が考えを表明して、それから教委のなかでも議論しました」(市教委教育政策課)ということだったらしい。市教委との話し合いもないままに、松井市長はオンライン授業で緊急事態宣言に対処する方針を公表したわけだ。

 市長発言があってから検討をはじめた市教委は、22日になって教育長名で各学校へ指示を通知している。

 それは、松井市長が口にしたオンライン授業中心のものではなかった。小学校では1、2時限には「ICTを活用した学習やプリント学習」とし、その後に給食のために登校するとなっている。中学校も同じようなものだ。ICT活用の学習についてはカッコで、「学習動画の視聴や調べ学習、双方向通信等」と入っている。

 オンライン授業といえば双方向通信を連想するのだが、通知では双方向は「いろいろやるなかの一つにしか過ぎない」という扱いである。松井市長はオンライン授業主体のように発表しているが、市教委の通知では、そうなっていない。

 オンライン授業中心は無理だ、と市教委は判断していたようだ。通知には、「ICTを活用した学習について」と題された別紙が添付されている。

 そこには、「ネットワークの負荷を分散させるため」として、双方向通信を時間、地域ごとに割り当てた表が載せられている。市内の全部の小中学校がいっせいに双方向通信を利用するには、回線の容量不足のために不具合が発生することを市教委は承知していたにちがいない。

 しかも割り当ては、5日の期間のなかで、1地域1回でしかなく、時間も40分である。これでオンライン授業中心とは、とても言えるわけがない。さらに、新型コロナ禍で1人1台端末が前倒しされたとはいえ、全部の子どもたちの手元に端末が届いたのは最近のことであり、家庭に居て活用しきれる状態にはないことも承知していたはずである。

 とてもオンライン授業を中心にできる環境にはなかったことを、市教委は認識していたようにおもう。それでも通知には、「オンライン授業を中心にする」とも「オンライン授業が中心ではない」とも明言されていない。松井市長の発言を否定することも、現状を認識しているためにオンライン授業中心にするとも示せない、市教委の微妙な心理が読み取れる。

 市教委が「市長が表明したようなオンライン授業中心は無理」と明示していれば、まだ混乱は小さかったのかもしれない。それでも動画視聴やプリント学習といってもじゅうぶんに内容まで検討された指示ではなくて学校に丸投げされただけなのだから、それでも混乱は避けられなかった、ともいえる。

 実際、学校現場は混乱した。とてもオンライン授業をやっている、と公言できる状況ではなかった。松井市長のオンライン授業発言と、市教委に丸投げされたことで、学校現場は対応に苦慮した。その事実を木川南小の久保校長の提言書で指摘されたにもかかわらず、それを認めず、前述したように松井市長は「オンラインを活用した」と言い張っている。ここにいたっての発言は、学校現場の現状をまるで認識していないとしかおもえない。当初から市教委さえ把握していた実現困難な状況を、いまになっても理解していないことを自ら認めたようなものだ。松井市長は学校現場がまったく分かっていない、としか言いようがない。

|現場の声を聞かない市長は学校を語れるのか

 松井市長は提言書を送付した久保校長について、「辞めてもらわな」と処分の可能性にも言及したと『東スポWeb』(5月21日配信)は伝えている。

 提言書のなかで久保校長は、テストの点数だけにこだわり、教職員に過重労働を強いる現在の大阪市の教育方針について子どものためにも保護者のためにもならないと苦言を呈し、最後を次のように締めくくっている。

「根本的な教育の在り方、いや政治や社会の在り方を見直し、子どもたちの未来に明るい光を見出したいと切に願うものである。これは、子どもの問題ではなく、まさしく大人の問題であり、政治的権力を持つ立場にある人にはその大きな責任が課せられているのではないだろうか」

 これに対して松井市長は、「意見を言うことは問題ないが」としながらも、「(組織の)決定事項の設計図にともなった職務を遂行してもらうのは当然」とし、それができないのなら「辞めてもらわな」と述べている。教育と子どものことを真剣に考えている学校現場の声に耳を傾ける気など毛頭ないようで、学校現場の現状を真摯に理解しようとする姿勢すらも感じられない。

 こんな松井市長の言動を、大阪市民と学校現場はどうとらえ、どう動いていくのだろうか。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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