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英国、集団免疫論争でコロナ感染対策が出遅れ=ロックダウン解除早くて5月か(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
緊急入院中のジョンソン首相に代わり、コロナ対策で陣頭指揮を執るラーブ首相代理(外相)は4月9日の会見で、感染ピークはまだ先となり、ロックダウンの解除は時期尚早との判断を示した=スカイニュースより
緊急入院中のジョンソン首相に代わり、コロナ対策で陣頭指揮を執るラーブ首相代理(外相)は4月9日の会見で、感染ピークはまだ先となり、ロックダウンの解除は時期尚早との判断を示した=スカイニュースより

英国では毎日、中国湖北省武漢で昨年12月に発症した新型コロナウイルス(COVID-19)関連のテレビ報道が続いている。なかでもニュース専門局のスカイニュースはほぼ24時間体制で、国内や欧米各国のウイルス関連情報を流し続けている。ただ、時節柄か、番組の合間に葬儀保険や生命保険、血液検査で持病を見つける会社のCM本数が増え始めた。特にコロナウイルスは持病持ち老人の致死率が極めて高いからだ。

英国の今のコロナ感染状況は、4月8日時点で1日当たりの新規のウイルス感染者が5500人増加し、累計6万1474人となった。そのうち、1日当たりの死者数は938人と、過去最多を更新し、累計で7097人に達した。ウイルス感染がいつピークとなるか不透明な状況だ。

バランス主席科学顧問は4月9日の会見で、4月6-8日の1日当たりの死者数が過去のトレンド(傾向線)を下回り鈍化し始めたのは良い兆候と説明=スカイニュースより
バランス主席科学顧問は4月9日の会見で、4月6-8日の1日当たりの死者数が過去のトレンド(傾向線)を下回り鈍化し始めたのは良い兆候と説明=スカイニュースより

ただ、4月9日夕の定例会見で、パトリック・バランス主席科学顧問はコロナ感染による死者数のピークはまだ数週間先との見解を示している。同氏によると、4月6-8日の1日当たりの死者数が過去のトレンド(傾向線)を下回り鈍化し始めたのは良い兆候だという。また、病院のICU(集中治療室)に収容される患者数の急激な増加も現在、鈍化している。これまでは3月中旬時点では3日間で2倍の増加ペースだったが、現在は6日間で2倍に減速。しかし、伸びが横ばいになるのは数日先となるため、死者数が減少し始めるのは2週間後、つまり、死者数でみた感染のピークは4月末までとしている。英国のロックダウン(都市封鎖)の解除はその先となり、政府内では部分解除を含めても早くて5月との見方が出てきた。感染ピークはまだ見えないものの、バランス氏は3週間に及んだロックダウンやソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)の効果が表れていると強調している。

しかし、英国の死者数(約7100人)は、ドイツの感染者数11万3296人(4月8日時点)に対し、死者数2349人となっているのに比べると、ずば抜けて高い。専門家はこの違いは医療体制の充実度に加え、韓国と同様な徹底した感染者検査の実施の差だと指摘する。検査数が増えれば病院に相談に来ない無症状の感染者も捕捉できるので、当然感染者数が急増する。その一方でICUが充実しているドイツのような国では多くの人命が救われるからだ。

このため、ボリス・ジョンソン英首相は感染者の検査を4月末までに現在の1日約1万4000人からほぼ10倍の10万人に拡大する方針を打ち出している。英国では感染率は医学研究で定評があるインペリアル・カレッジ・ロンドンのモデル試算では人口(6640万人)の10%、つまり、660万人となるため、すべて終えるにはあと2カ月間かかる計算だ。専門家は大規模な感染者検査の実施と感染者の追跡がロックダウン解除の唯一の方策と指摘しているが、政府の検査担当者は「大きな試練」と指摘しており、検査拡大がロックダウン解除への大きな壁として立ちはだかっていることを見認めている。

一方、これに対し、ドイツは今後、1日50万人まで検査スピードを引き上げることが可能とみられている。ドイツは検査で免疫者を見つける抗体検査も同時に猛スピードで進めており、免疫保有者には証明書を発行し、ロックダウンの規制から除外することで、経済活動を再開することが可能になり、ロックダウンを部分的に緩和する戦略を目指している。英国もこうしたドイツ方式に関心を寄せ始めている。

翻って、日本の状況をみると、4月7日にようやく緊急事態宣言が発出され感染拡大阻止に向け、ようやくソーシャル・ディスタンシングを中心とした緩やかなロックダウンに向けて動きだしたが、英国や米国、韓国などのようなドライブスルー方式による積極的な感染検査の体制の段階にまで進んでいない。家庭でもガーゼで簡単に作れる布マスクを推定200億円も使って1世帯に2枚配布するくらいなら、大規模な検査体制の整備費用に充当した方がより正確な感染者や免疫保有者の捕捉が可能となり、より効果的な感染阻止戦略を策定できると思えるのだが、残念ながらウイルス感染に対する政府の危機意識は欧米や韓国、シンガポールなどのレベルに達していない。1日当たりの感染者の増加数で判断すると、英国やドイツに比べ3-4週間遅れにすぎないという危機意識を強く持つ必要がある。

ジョンソン首相は1日当たりの国内感染者数が約700人と、感染爆発の兆候を見せ始めた3月19日の会見で、「英国で感染者へのウイルス薬の治験が始まった」と朗報を披露し、「12週間以内に形勢が変わる。コロナウイルスは荷物をまとめて出ていく」と国民を鼓舞した。しかし、その翌日にはスカイニュースが「政府はいつまで危機が続くかは分からないとしている。科学者は1年近く感染抑制対策が必要と助言している」と報じ、その通りの状況が今も続いている。

首相自身もコロナウイルスに感染し、4月5日には自宅での自主隔離中に呼吸困難となり、ロンドン市内の聖トーマス病院のICUに担ぎ込まれた。政府の発表では9日夕時点で、首相の容体は安定し、ベッドで起き上がり会話ができる状態となり、人工呼吸器も装着せず肺炎の症状も見られないことからICUから一般病棟に移され経過観察となった。しかし、まだすぐに公務復帰は難しい。医療専門家は仮にICUを出てもリハビリが必要で復帰までに1-2カ月かかると見ている。

ジョンソン首相の入院後、ドミニク・ラーブ外相が首相代理となって陣頭指揮にあたっているものの、ジョンソン首相の長期不在による政権空白が新たな問題として浮上し始めた。こうした中、政府は3月23日から始まったウイルス感染阻止の切り札であるロックダウンは3週間を迎える4月12日のイースター(復活祭)明けに解除か延長かの見直しを行う。4月9日のラーブ首相代理の会見では、感染者数やICUの利用者数、死者数でみた感染のピークはまだ先になり、ロックダウンの解除は時期尚早との判断を示している。ただ、今週末(4月17日)まで科学者を含めて現在の感染防止対策の内容をアップデートするとしている。

一方、スカイニュースのジョン・クレイグ政治記者は4月8日、ラーブ首相代理の閣内での求心力が小さいことや重要閣僚の一人、マイケル・ゴーブ内閣府担当大臣が家族のウイルス感染の疑いを受け本人も自主隔離していること、また、ジョンソン首相が入院中であること、同日の死者数が938人と、以前高水準で死者数のピークがいつになるかはっきりしないことなどから判断して、「3週間のロックダウンの見直しの際には、もう3週間ロックダウンが延長される」と分析している。また、英紙デイリー・テレグラフも8日付で、「ロックダウンの解除は5月まで遅れる方向に閣僚の考えが傾いている」と報じている。コロナウイルスとの戦いはすぐには終わりそうにもない。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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