Yahoo!ニュース

英国の金融市場、6月利下げ開始に賭ける(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
キング元BOE総裁(現在は英国上院議員)=英国議会サイトより

ベイリーBOE総裁が政策決定後の会見で、次回6月会合での利下げサイクルの開始の可能性について、肯定的な考えを示し、市場に波紋を広げている。

 マービン・キング元BOE総裁(2003-2013年、現在は英国上院議員)は5月2日付の英紙デイリー・テレグラフのコラムで、今のBOEを痛烈に批判している。キング氏は、「BOEの集団思考がインフレ危機を深刻化させた」と苦言を呈している。集団思考、つまり、2020年2月に英国を襲ったコロナ禍で、BOEが経済を支えるため、量的金融緩和に踏み切った結果、2021年を通じてインフレ率が加速し始めたとき、アンドリュー・ベイリーBOE総裁が「インフレは一過性」と誤った判断を示したことがそもそも間違いだったと指摘する。

 キング元総裁は、「2020年末から利上げに動き、早期にインフレを抑制すべきだったのにそうしなかった。そのため、2021年12月にはインフレ率は前年比5.4%上昇、2022年1月には同5.5%上昇という危機的状況となり、2022年2月のロシア・ウクライナ戦争の勃発も手伝って、インフレ率は2022年10月には同11.1%上昇のピークに達し、1981年以来約40年ぶりの高水準となってしまった」という。

 BOEの金融政策委員会(MPC)がこうした不幸な結果を招いたことについて、キング元総裁は、「インフレ率が上昇し始めた2020年と2021年には、MPCでの(金利据え置き決定に対する)反対投票(つまり利上げ支持)は1委員もいなかった。BOEの金融安定報告書(経済予測)には金融データへの言及もなかった。政策金利がコロナ禍前の水準を超えた(1%)のは2022年5月になってからだ」とした上で、「BOE内に反対の声がなかったことは、インフレ率が40年超ぶりの高水準に達するのを阻止するのに十分な迅速かつ果断な行動ができなかったことを意味する」と述べている。

 このキング元総裁の苦言について、著名なエコノミストで、テレグラフ紙のコラムニストでもあるリアム・ハリガン氏は5月5日付コラムで、「当時、MPC内にはインフレに対する一過性という見方に反対する意見がなかった、つまり、集団思考だったことが今日の問題を起こしているという批判だ」と指摘した上で、「財務省とBOEが最も緊急に学ぶ必要がある教訓だ」と結んでいる。

■最新のBOE5月経済予測

 BOEは5月9日の金融政策決定会合で、最新の5月経済予測(金融安定報告書)を公表したが、それによると、MPCの市場金利を参考にした政策金利の見通しは予測期間の終わりである2027年半ばまでに現在の5.25%から3.75%に1.5ポイント低下すると予想している。これは計6回の利下げ(1回0.25ポイント利下げ換算)を意味する。前回2月予測では2ポイント低下の3.25%、計8回の利下げだった。

 ただ、市場では利下げ開始のタイミングについてまだMPC内で意見がまとまっていないと見ている。前回3月会合でインフレ高止まりの長期化懸念から利上げを主張した超タカ派のジョナサン・ハスケルとキャサリン・マン、ミーガン・グリーンの3委員は英国立統計局(ONS)が会合前に1-3月期GDP伸び率が従来予想の前期比0.1%増から同0.4%増に上方修正したことから、現在の5.25%の金利下でも成長は可能であり、利下げを急ぐ必要はないと考えている。また、現在、熟練労働者不足が広がっている中で、今後、賃金上昇のリスクが残っているため、今年後半にインフレが再燃する懸念が根強いため、早期利下げには消極的だ。

 5月経済予測によると、3月のインフレ率は前年比3.2%上昇と、2月の同3.4%上昇から鈍化したが、エネルギー関連のベース効果の巻き戻しにより、今年下期には同約2.5%上昇になると予想している。ただ、前回2月予測の同2.75%上昇から上方修正(改善)された。地政学的要因による短期的なインフレ見通しは引き続き上振れリスクとしているが、中期的にはインフレ率は2026年4-6月期に同1.9%上昇(前回予測は前年比2.2%上昇)、2027年4-6月期に同1.6%上昇と、物価目標を下回ると予想している。

 また、市場では利下げ開始に伴い、量的金融収縮(金融引き締め)の一環として行われている保有国債の売却(年間1000億ポンドペース)を9月以降の年内に一時停止する可能性があると見ている。

■声明文

 BOEは今回の5月会合後に発表した声明文で、金利据え置きを決めた理由について、インフレ圧力が緩和していることを指摘した。インフレリスクについて、BOEは、「インフレ率はベース効果と財価格の影響により、引き続き低下している。金融政策の抑制的なスタンスが実体経済を圧迫し、雇用市場の緩和をもたらし、インフレ圧力を抑制している」とした上で、「インフレ率は依然として高止まりしているものの、予想通りおおむね鈍化している」と判断している。前回会合時の「インフレ率は高止まりし続けている」からトーンダウン、ハト派寄りにシフトしている。

■制限的スタンス

 市場が注目した今後の金融政策のフォワードガイダンス(金融政策の指針)について、BOEは、前回会合時と同様、「2023年秋以降、インフレ率が物価目標の前年比2%上昇を超えて高止まりするリスクが消えるまで、金融政策を長期間抑制する必要があると判断している」とした上で、「金融政策は中期的にインフレ率を持続的に2%上昇の物価目標に戻すため、十分長い期間にわたって、十分制限的であり続ける必要がある」との文言を残した。

 また、今後の利下げ開始の可能性について、BOEは前回会合時と同様、「インフレ率を持続的に前年比2%上昇の物価目標に戻すため、経済指標に従って金融政策を調整する用意がある」とし、また、「政策金利をどれくらいの期間、現在の水準に維持すべきかについて検討を続ける」とし、今後の利下げ開始に向けて準備を進めるハト派のスタンスを維持した。市場では政策変更に必要なインフレの高止まりに関するデータの解釈を巡って、委員の意見が異なるため、検討が必要になっていると見ている。次回の会合は6月20日に開かれる予定だ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事