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英国の金融市場、6月利下げ開始に賭ける(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行(BOE)のベイリー総裁=英スカイニュースより

ベイリーBOE総裁が政策決定後の会見で、次回6月会合での利下げサイクルの開始の可能性について、肯定的な考えを示し、市場に波紋を広げている。

 英紙デイリー・テレグラフのスー・ピン・チャンとティム・ウォレスの両経済部デスクは5月9日付コラムで、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の利下げのタイミングについて、「BOEの金融政策委員会(MPC)は賃金とサービスインフレ率、雇用市場のすべてが引き続き冷え込んでいる確証を得たいと考えている」とし、BOEは今後、これら3つの経済指標に注目していくと見ている。

 BOEはインフレ率(全体指数)が電気・ガス料金の下落により、3月の前年比3.2%上昇から4月には同2%上昇の物価目標に収束し、5月には物価目標を下回ると見ている。しかし、映画館や劇場、コンサートなどのチケット代や車の修理代などのサービスインフレについては、「まだ前年比6%上昇と、高止まりしており、BOEは利下げを検討する前にさらなる下落を必要としている」と指摘する。

 前出のテレグラフ紙によると、サービスインフレが高水準なのは最低賃金が2024年4月から前年比9.8%増の11.44ポンドと、2ケタ台に引き上げられたため、今年の賃金上昇率は平均で5.5%上昇(消費者向けサービス業界では7%上昇)になると予想されている。ただ、光明が見えるのは、今年後半は失業率が上昇するため、賃金の伸びが鈍化する可能性があることだ。BOEは最新の経済予測で、今後2年間で失業率は3.8%から4.8%に上昇すると予想している。

 景気見通しについては、BOEは2024年1-3月期を前期比0.4%増(結果は0.6%増)と予想、前2四半期のマイナス成長から脱却、さらに2024年4-6月期を同0.2%増(前回2月予測では0.1%増)、2025年4-6月期を同0.9%増(同0.6%増)、2026年4-6月期を同1.2%増(同1%増)と、いずれも上方修正。新たに2027年4-6月期を同1.6%増と予想している。ただ、経済予測期間中に景気が回復するにもかかわらず、需要の伸びはその期間のほとんどを通じて潜在的な供給の伸びよりも弱いままであると予想している。

 テレグラフ紙のチャンとウォレス両デスクは「今の英国経済の成長ペースは過剰なインフレを引き起こす速度制限を下回っている。ベイリー総裁も『需要は徐々に供給を下回り、経済に余裕が生まれる』と述べており、金利を高水準に維持する必要性は低くなる。むしろ、インフレが抑制されるにつれ、借入コスト(金利)の上昇は不要な成長の足かせとなる危険性がある」と指摘する。

 また、両デスクは、「BOEは政策金利の変更がインフレや景気に完全に影響を与えるまでに約18ー24カ月かかるという経験則を知っているので、BOE予測によると、2025年に政策金利が4%超であれば、インフレ率は2025年末までに物価目標の前年比2%上昇を大きく下回り、景気の勢いが失われる。言い換えれば、BOEは年内に金利を4%以下に引き下げる必要がある」と見ている。BOEは2021年12月から利上げサイクルを開始、最後となった2023年8月まで計14回利上げを行って、政策金利を0.1%から5.25%にまで引き上げてきている。

 さらに、両デスクは、「インフレ見通しの明るい兆しや雇用市場の冷え込み、ベイリー総裁の明確な利下げ意向の表明を受け、金融市場では早期利下げへの賭けを強めている。現在、投資家は6月に借入コスト(政策金利)が引き下げられることをほぼ確信している」と結んだ。

 短期金融市場では利下げ開始時期を早ければ6月、遅くとも8月のどちらかになるとの憶測が高まっている。この背景にはリシ・スナク首相が率いる与党・保守党が5月初めの地方選挙で惨敗、今秋の総選挙で苦戦が予想されているため、早期利下げにより有権者の保守党支持を回復させたいというベイリー総裁への政治圧力が高まっていることがあると見ている。市場では会合後、6月利下げ開始の確率を40%から50%に引き上げ、8月までの利下げを100%織り込んだ。年内2回超の利下げ(1回0.25ポイントと換算)を予想している。

 また、市場ではここ数カ月、米国のインフレ高止まりにより、利下げ開始が遅れると見て、BOEも米国の利下げと足並みをそろえるため、遅れるとの観測を強めていた。しかし、ベイリー総裁は会見で、「FRB(米連邦準備制度理事会)が利下げを開始するのを待たない。我々には国内インフレに関連する権限と目標がある」とし、そうした見方には否定的だ。その根拠として両国の貯蓄率の違いを挙げている。

 ベイリー総裁は会見で、「英国のインフレ力学は米国とは異なる。米国には英国より強い需要がある。従って、区別することが重要だ」と述べている。

 前出のテレグラフ紙の両デスクは、「英国の需要の弱さを示すもう一つの根拠は、貯蓄水準の高さだ。家計は現金を使わずに、より多くの現金を貯蓄に回している。可処分所得に対する貯蓄の比率である貯蓄率は6.5%で、これは1997年以来27年ぶりの高水準にある。貯蓄は高金利の定期預金で保管されているため、使いたくても使えない」とし、その上で、「インフレを刺激する消費ブームを引き起こさずにBOEは金利を引き下げることができる」と指摘する。

 ただ、英国立統計局(ONS)が5月10日に発表した、英国の1-3月期GDP伸び率が前期比0.6%増と、強い伸びとなったことを受け、BOEはそれでも6月に利下げを開始するかという懸念がある。しかし、仏保険大手アクサのエコノミストであるガブリエラ・ディケンズ氏は英紙ガーディアンの5月9日付で、「BOEは6月に利下げを開始すると予想している。最近の景気の強さによって利下げを思いとどまることはない」と見ている。また、同氏は、「BOEの最新予測で、市場金利の見通しに基づいて、インフレ率が3年以内に前年比1.6%上昇にまで低下する軌道に乗っていることを示したことは、政策金利が予想よりも早く低下する必要があることを示唆している」としている。

 他方、BOEのチーフエコノミスト、ヒュー・ピル氏は前出のガーディアン紙で、「BOEの中期インフレ予測は次回(6月)やその次(8月)の会合での政策金利の動きを示唆するものではない」と警告、また、「利下げする場合、それを正当化するほどインフレ低下が強いという十分な確証が必要だ」と、利下げに慎重な姿勢を示している。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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