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英国の金融市場、6月利下げ開始に賭ける(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
テレビ演説に臨むリシ・スナク首相=英スカイニュースより

ベイリーBOE総裁が政策決定後の会見で、次回6月会合での利下げサイクルの開始の可能性について、肯定的な考えを示し、市場に波紋を広げている。

 イングランド銀行(英中銀、BOE)は5月9日のMPC(金融政策委員会)で政策金利を5.25%に据え置くことを9委員中、7対2の賛成多数で決めたと、発表した。これだけだと、市場の予想通りの金利据え置きを決めたことになるが、今回の金融政策決定会合は前回と違って、BOEのアンドリュー・ベイリー総裁が政策決定後の記者会見で、次回6月会合での利下げサイクルの開始の可能性について、肯定的な考えを示し、市場をざわつかせている。

 金利据え置きそれ自体は6会合連続。インフレとの戦いを進めるため、これまでBOEは2021年12月から利上げサイクルをスタートさせ、2023年8月に現行金利に据え置くことにより、利上げサイクルは14会合連続で止まった。しかし、現行の5.25%の金利水準は依然、2008年2月以来、約16年ぶりの高水準となっており、インフレ抑制には十分だが、その一方で、実質賃金の目減りや住宅ローン金利の高止まりなど国民の生活水準を圧迫しているのも事実。

 特にリシ・スナク首相率いる与党・保守党にとっては10月か11月に予想される秋の総選挙を控え、最近の世論調査では最大野党の労働党に支持率で約20ポイントの差を付けられているだけに、選挙戦を有利に戦うためにも早期利下げ開始を待ち遠しく感じているというのが今の英国政界の状況だ。

 著名なエコノミストで、英紙デイリー・テレグラフのコラムニストでもあるリアム・ハリガン氏は5月12日付コラムで、「5月初めの地方選挙で保守党が敗北、保守党議員の離反で傷ついたスナク首相は、政治求心力を高めようと懸命に努力している。その表れが5月10日の会見だった。首相は大半の時間を英国経済が明らかに成長軌道に戻ったことを示す、英国立統計局(ONS)から発表された1-3月期GDP伸び率の説明に費やした」と指摘する。

 英国経済は2023年7-9月期のGDP伸び率が前期比0.1%減、次の10-12月期も同0.3%減と、2期連続でマイナス成長となり、理論上のリセッション(景気失速)に入った。しかし、ONSの発表では1-3月期GDPが同0.6%増と、市場予想(0.4%増)を上回り、最新の4月単月のGDPも前月比0.4%増と、さらに成長を示したことはスナク首相にとって願ってもないチャンスとなった。

 また、ハリガン氏は翻って、BOEの今後の利下げ開始にも言及する。「BOEが総選挙の投票日までに1-2回の利下げを選択し、政府が追加減税措置として、おそらく1月と4月の減税に続いて3回目の国民保険料の引き下げを実施すれば、何らかの政治的効果がある可能性がある」とし、また、「英国の数百万世帯が生計費の圧迫でひどい苦しみを受けているが、経済が軌道に乗れば、保守党は選挙戦でのダメージを少なくし、議会の過半数を占めるのは間違いないと見られている労働党に一矢報いる可能性がある」と指摘、スナク政権にとってBOEの利下げ開始は政治的に大きな意味を持つと見ている。

■利下げ開始巡るBOE内の確執

 話をBOEの利下げ開始の可能性に戻すと、市場では今回の5月会合で、9人のMPC委員のうち、タカ派(インフレ重視の強硬派)とハト派(景気リスク重視の金融緩和派)の比率が前回3月会合時からどう変化するかに注目していたが、今回の会合では、9人の委員のうち、アンドリュー・ベイリー総裁ら7委員(前回は8人)のタカ派が金利据え置きを支持した。

 他方、前回会合で据え置きを支持したデーブ・ラムスデン副総裁が予想通り、0.25ポイントの利下げを主張するスワティ・ディングラ委員のハト派陣営に加わり、利下げ支持が2委員(前回は1委員)に増え、BOEのハト派姿勢が一段と強まった。利下げ支持派はその根拠について、「求人の減少が続き、名目賃金の伸びが鈍化するなど、需要が低迷する中、インフレ見通しは中期的に物価目標に持続的に戻る下振れリスクになっている」と主張している。

■ベイリー総裁

 ベイリー総裁は今回の会合後の会見で、今後入手する最新のインフレや経済に関するデータ次第では、早ければ6月利下げ開始の可能性について、「たとえデータが完全に予想と一致したとしても、インフレ持続(高止まり)リスクが後退しているかを判断する必要がある」とし、その上で、「(6月利下げは)既成事実ではないが、会合ごとに新たな決定が下される」、また、「BOEは金利引き下げのペースやどこまで引き下げるかについて何の先入観も持っていない」とし、現時点では6月利下げの可能性を容認も排除もしないとの認識を示した。総裁がここまで大胆に6月利下げ開始の可能性にまで踏み込んだ発言をしたことは市場のサプライズとなった。

 総裁は利下げサイクルのペースについても、ロンドンの金融街(シティ)の予想よりも速いペースで利下げする可能性があることを明らかにした。総裁は、「インフレ率が物価目標の前年比2%上昇を大幅に下回るのを避けるため、利下げが行われる可能性が高い」とした上で、「インフレ見通しが2%上昇の物価目標と一致している兆候を注意深く見守る」としている。具体的には総裁は利下げ前にあと2回(4月と5月)のインフレと雇用に関するデータを入手する必要性を指摘している。

 さらに、総裁は、「インフレ率を高すぎず、低すぎずに2%上昇の物価目標付近に確実に維持するためには、おそらく今後数四半期にわたり、今の市場予想よりも(大きく)金利を引き下げ、制限的な金融政策スタンスをやや緩和する必要がある」とし、年内の利下げが市場予想の2回を超える可能性を指摘した。制限的とはインフレ抑制のため、景気に打撃を与えることになる金利水準にまで、金融引き締めを行うことを意味する。

 また、利下げペースが速まる根拠について、総裁はインフレを押し上げた世界的な大きなショックが薄れていることや、英国のインフレ率が前年比3%台の上昇率(3月インフレ率は前年比3.2%上昇)と、かなり、物価目標に接近してきていることを指摘した上で、「現在、輸入コストの上昇の多くが消費者に波及しているということは、今後、外部からのインフレ圧力が弱まることを意味している」、また、「インフレが賃金や物価の上昇につながるという第2ラウンド効果は一段と早く薄れる」とし、インフレに対する認識が変わったことを挙げている。

 英株市場では金融政策決定会合を受け、6月利下げ観測が強まったとして、FTSE100種総合株価指数が発表直後に0.5%上昇、過去最高値を更新した。(『中』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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