大河ドラマに笑いは必要か 「いだてん」がだんだん「笑いにもっていけない」内容になっていく
【大河ドラマ「いだてん」あらすじ】
日本ではじめてオリンピックに参加した金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ田畑政治(阿部サダヲ)を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。第二部・田畑編。ベルリンオリンピックでは前畑秀子(上白石萌歌)が日本中の「前畑がんばれ」コールに励まされながら、ドイツのマルタ・ゲネンゲルを制して金メダルを獲る(36回)が、日中戦争が始まって、東京オリンピック開催が風前のともし火に……(37回)。
【第36回「前畑がんばれ」演出:大根 仁 井上 剛/第37回「最後の晩餐」 演出:井上 剛】
「駄目だ…笑いにもっていけないですね」
志ん生(ビートたけし)のみならず、弟子の五りん(神木隆之介)まで笑いにもっていけなくなってしまったのが37回の開始から39分頃。第一回から大活躍した愛すべき嘉納治五郎(役所広司)が亡くなる。昭和13年5月4日。享年77歳。
「いだてん」で「笑いにもっていけない」と言うセリフが出てくるのは3回目。過去、2回については前回書いた。いよいよ“前畑がんばれ”「いだてん」の見せ場を前に「視聴率」をどう思うかNHKに聞いてみた
「いだてん」はとてもいいドラマである。知らなかったことを知ることもできるし、考えさせられるし、ていねいに描かれた人間関係に感動もする。懸命にオリンピックに打ち込む人たちがいる一方で、日本がどんどん悪い方向に進んでいくので、見ていて辛いなあと思っていたところ、「笑いにもっていけない」と登場人物までが何度も言うものだから、余計にしょんぼりしてしまったが、ところが五りんは諦めていなかった。
高座を下りてから、嘉納治五郎がストップウォッチを押したのは「何時頃」「なんじごろう」とダジャレを必死に思いついていた。ちょっとホッとした。
深刻な話が続くなかに、ふっと息抜きできるところをうまいこと入れてくるのは宮藤官九郎のちからだろう。
例えば、果てしないプレッシャーに打ち勝って金メダルを獲得した「前畑がんばれ」の36回。試合の前、腫れ物に触るように扱われるようになった前畑に気をつかって、「結婚してください」と言う電報が来ていると嘘を言って笑わせるチームメイト。ようやく笑う前畑。金栗四三からが散々文面に悩んで送ってきた「辛い時は押し花」という電報にも「誰やそれ」と笑い飛ばす場面。ここだけ前畑の肩の力が抜けている。
たわいなく笑えることがどれだけ大事か。
オリンピックが終わった後で自殺してしまうユダヤ人のヤーコプが撮った写真の中にいる、勝利した時の前畑の笑顔も良い。
暗いトーンの物語の中で、素直な笑顔に救われる。37回にも笑顔は出てきた。
まず、1937年、播磨屋の黒坂辛作(三宅弘城)の妻ちょう(佐藤真弓)が亡くなって、ちょっと肩を落とし気味の黒坂の周りで、四三(中村勘九郎)やスヤ(綾瀬はるか)やリク(杉作花)、小松勝(中野太賀)は、たわいないおしゃべりで悲しみをやり過ごす。赤ちゃんの可愛さやちょっとした笑い。その時、スヤは、小松勝のリクへの想いに気づいていた。
日中戦争が始まってオリンピックを招致している場合じゃないと言う気持ちになった田畑が、「アレがナニして」と言うことが増えていく。36回でも「アレがナニしてダンケシェン」とヒトラーの前でも言っていた。そんな彼に、きゅうりづくしの食事を出し「かっぱに戻ってください」と言う菊枝(麻生久美子)。
カイロで行われた IOC総会で、各国懸念を示す中、なんとかオリンピックを東京でやることを改めて認めてもらった嘉納治五郎が、外務省の平沢和重(星野源)と知り合って、お茶をしながら、今までで一番楽しかったことを語り合う。楽しかった思い出を語りながら、ニコニコする嘉納治五郎。でも、一番じゃない、一番はなんだろうと考えていると、平沢が
「一番は東京オリンピックじゃないですか」と言う。
「これから一番面白いことをやるんだ」と顔を輝かせる嘉納。
へへへへへ とすごくニコニコしている嘉納に、見ているこちらも顔がほころんだ。
だがその笑顔を最後に嘉納は77歳の生涯を閉じるのだ。
「こんな国でオリンピックやっちゃオリンピックに失礼です」
たわいない日常の楽しいやり取りはこれくらいで、あとは深刻な局面が次々と描かれていく。
脚本も演出も芝居も上等で、上質な歴史の中の人間ドラマである。
周囲で出征していく者たちを見て、選手たちもだんだん不安になっていく。
金栗はかつて共に走った、今はオリンピック反対派の河野(桐谷健太)を説得しようと朝日新聞に乗り込んでくる(もう退社しているのを知らなかったのだ)。
絶好調の時中止になった過去のある金栗は、若者(小松など)たちの可能性を潰したくない。
田畑も、戦争の記事を書く一方で、聖火リレーの順路を考えている自分を「夢と現実が入り混じって、これはもう矛盾」と自嘲する。
「戦争になろうが小松くんを走らせたい」と言う金栗の願いを「矛盾じゃない」と言ったそばから「矛盾だ」と打ち消す。
「スポーツに矛盾はつきものだよ」
「戦争で勝ちたいんじゃない マラソンで勝ちたい 水泳で勝ちたいんだよ」
と言いつつも、カイロに向かう嘉納治五郎に土下座で返上してくださいと言うほど追い詰めらてしまう。
「こんな国でオリンピックやっちゃオリンピックに失礼です」
「今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか」
「そんな嘉納治五郎は見たくない」
ドラマだからこそ言える宮藤官九郎のパンク精神と、現実と照らし合わせて喝采する視聴者もSNSで見かけた。けれど、私はこんなストレートなことを言う阿部サダヲを見たくなかった。こういうことを書く宮藤官九郎も。本人たちは何も悪くない。宮藤官九郎の筆は冴え、嘉納治五郎が一歩も引かない時の阿部サダヲの表情も言葉にできないほど印象的だ。井上剛演出は決め顔ではない過程の表情をうまく捉える。
その一方で、こういう状況ではさすがに笑いは有効ではないのか、と寂しくもなる。泣かせるより笑わせるほうが難しいというし、笑いはすべてを超える希望じゃないかと思っていたので。
暗くてもいいのだが
個人的には笑いのない重い話も嫌いじゃない。訓覇圭プロデュースの「外事警察」は名作だと思っている。大河ドラマだと、テーマ曲がやけに物哀しい「花の乱」が大好きだ。
そもそも大河ドラマに笑いは必要なのか。戦や武士道などの描写に笑いはそれほど必要ないだろう。少なくともメインディッシュではない。
大河で笑いが際立ったのは三谷幸喜作品くらいである。
そう思うと「いだてん」が別に「笑いにもって」いけなくても問題はない。ただ爽快感がない時代の話であることが視聴者を遠ざけてしまうのだろう。
とはいえまだ希望はある。五りんは諦めていなかった。そして、嘉納治五郎も。ストップウォッチが動き続けていたのは、諦めるなという想いであろう。
クランクアップは笑顔で
9月21日、宮藤の番組「おやすみ日本眠いいね」にも出演、市川崑役で「いだてん」出演も決まった三谷幸喜は生粋の喜劇作家ではあるが、舞台「笑の大学」で検閲の話を、「国民の映画」でヒトラー支配のもと、芸術を愛する人たちがどう生きたかを書いた笑い控えめの名作を産んでいる。宮藤官九郎にも作家としてこういう作品があってもいいのかもしれない。莫大な資料からその時代に確かに生きた人々を、社会と照らし合わせてオリンピックを辞めようと思う人、なにがなんでもやりたいと願う人、どちらにも偏らず等価に活写する仕事をして、作家としての成熟したのち、また、ゆかいな話を書いてくれることもあるだろう。昨年は「遠藤憲一と宮藤官九郎の勉強させていただきます」(WOWWOW)というコメディを「いだてん」の執筆の合間に書いていたし、きっとまたそういうのも書いてくれるだろう。
相変わらず視聴率のことばかり記事になっている「いだてん」だが、10月1日(火)にオールアップしたという記事が上がった。中村勘九郎も阿部サダヲもコメントに「楽しい」という言葉を使っていた。あと10回ほど、最後には楽しく終わることを祈っている。
広報スタッフに聞いたところ、クランクアップ時は、
「勘九郎さんの最終シーンは綾瀬はるかさんとのシーンで、クランクアップには宮藤官九郎さん、阿部サダヲさん、盟友三島弥彦を演じた生田斗真さんが駆け付けました。
阿部サダヲさんの最終シーンは松坂桃李さんとのシーンで、宮藤官九郎さんと中村勘九郎さんが駆け付けていました」とのこと。
くす玉の文字は寄席文字・寄席指導の橘右樂師匠が書いた。新聞記者だった田畑にちなみ、くす玉から出てくる紙吹雪等には新聞が混ざっているという粋な計らいも。終わりよければすべてよしだ。
第二部 第三十八回「長いお別れ」 演出: 西村武五郎 10月6日(日)放送
あらすじとみどころ
嘉納治五郎を失ったことにより暗雲が立ち込める1940年の東京オリンピック開催と、四三の弟子・小松勝の物語を中心に。暗い時代、重く厳しい現実に登場人物たちが巻き込まれていくが、そのなかに明るい話題や笑顔のこぼれるシーンも。序盤から見ていた視聴者には、懐かしい人も出てくるとか。誰?
大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」
NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁ほか
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか 麻生久美子 桐谷健太/森山未來 神木隆之介/
薬師丸ひろ子 役所広司 ほか
「いだてん」各話レビューは、講談社ミモレエンタメ番長揃い踏み「それ、気になってた!」で連載していましたが、
編集方針の変更により「いだてん」第一部の記事で終了となったため、こちらで第二部を継続してお届けします。