武豊は平成最後の天皇賞には騎乗せず、香港へ。日本馬の感触と陣営の胸の内(勝算)は?!
今週末の28日、京都競馬場ではG1天皇賞(春)が行われるが、海の向こう香港でも3つのG1が行われる。そのうちの2レース、すなわちクイーンエリザベス2世カップ(以下QE2)とチェアマンズスプリントプライズに計4頭の日本馬が出走。JRAでもこの馬券が発売される。
平成の盾男と呼ばれた天才・武豊騎手は平成最後の天皇賞には参戦せずに海の向こうで騎乗する。QE2に出走するディアドラ(牝5歳、栗東・橋田満厩舎)とチェアマンズスプリントプライズに挑戦するナックビーナス(牝6歳、美浦・杉浦宏昭厩舎)の手綱を取るのだ。さる24日の朝には決戦の地となる沙田競馬場でディアドラの最終追い切りに跨った。天才がこのG1牝馬に乗ったのはこれが初めて。果たして感触はどうだったのか? 他の3頭の日本馬の現状を現地よりお届けしよう。
1200メートルにはナックビーナス
1200メートルのG1チェアマンズスプリントプライズに出走するのはナックビーナスだ。
24日には沙田競馬場の芝コースで最終追い切りを敢行。手綱を取ったのは元騎手の田面木博公調教助手。彼は言う。
「順調に来ています。相手関係は強そうですが、この馬なりに力は出せる状態にあると思います」
このカテゴリーは地元香港勢が強く、過去に挑戦した数々の日本のG1馬達も、通用したのはロードカナロアくらい。今年もビートザクロックやミスタースタニングといった地元の有力馬達に加え、これまた短距離王国であるオーストラリアからG1を5勝もしているサンタアナレーンが参戦。日本でさえビッグタイトルの無いナックビーナスにとっては厳しい戦いになる事は必至だが、少しでも良い結果が出るよう応援したい。
QE2には3頭の日本馬が出走
QE2に出走するのは先述したディアドラの他にウインブライト(牡5歳、美浦・畠山吉宏厩舎)とリスグラシュー(牝5歳、栗東・矢作芳人厩舎)の計3頭だ。
いずれも24日、水曜日の朝に現地で最終追い切りを行った。
ウインブライトは主戦の松岡正海騎手が駆けつけて騎乗。他の2頭は海外挑戦経験があるが、この馬が国境をまたぐのはこれが初めてだ。
「良い動きをしてくれました。日本にいる時と変わらない感じだと思います」
騎乗した松岡はそう語った。
この日の午後に現地入りした指揮官は翌日、行われた枠順抽せん会に参加。最内1番枠を引き当てた。
「絶好の枠です。馬の状態も良さそうなのでうまく立ち回って欲しいです」
デビュー当初は480キロ台の馬体重で走る事もあったが、今年に入ってから連勝している2戦はいずれも490キロ台。畠山は言う。
「5歳になりますが今もまだ成長している感じです。ディアドラやリスグラシューと違いG1馬ではありませんけど、前走では実際にディアドラに先着しているし、今の成長力を持ってすれば好勝負が出来ると信じています」
肉体的な成長とは別に精神的なそれはどうなのか? 調教風景をみていると多少うるさい素振りを見せていたのでそのあたりを伺うと、苦笑しながら次のように答えた。
「確かに相変わらずそういう面はあります。でも、この馬の場合、妙に落ち着き過ぎているとかえって心配になります。手がつけられなくなるほどうるさいわけではないのでそのあたりの心配はしていません」
リスグラシューも24日に追い切った。枠順抽せん会では4番枠を引き当て、その瞬間にガッツポーズを見せたのは管理する矢作芳人調教師だ。
「香港は昨年暮れの香港ヴァーズ以来2度目となるので落ち着いています。その香港ヴァーズは2400メートルという距離で2着。おそらく今回の2000メートルの方が合うはずだし、大崩れのない馬なので当然、期待は大きいです」
鞍上には先日の初来日で大活躍をみせたオイシン・マーフィー騎手を据える。
「オイシンは関東に所属していた事もありあまり乗せる機会がありませんでした。唯一乗せた時はあまり上手に乗れなかったけど、若いのに研究熱心で乗れるジョッキーである事は分かっているので、いつかチャンスがあればまた乗って欲しいと思っていました」
実際、その唯一乗せた南総Sのタイセイスターリーは1番人気に推されながらも7着。出遅れた上に掛かって外から先頭に立ち、最後は失速するというレースぶり。この1戦に関して言えば決して褒められる手綱捌きではなかったが、リーディングトレーナーはさすが木を見て森を見ないような偏った判断はしない。群雄割拠のヨーロッパで、23歳ながら最優秀ジョッキーに選出されたその手腕を冷静に判断。今回の騎乗を依頼した。
また、同馬を香港へ遠征させる決定打としては日本にはない一つのシステムを取り上げる。
「ゲートボーイを付けられるのは大きいです。枠内で落ち着かなかったり、出遅れたりという心配がなくなる。それだけでも大きいです」
2400メートルでは先着を許したエグザルタントとの再戦。400メートルの短縮で雪辱なるか、注目したい。
ディアドラに騎乗する武豊の胸の内
そしてもう1頭、注目したいのがディアドラだ。冒頭に記したように天皇賞には騎乗せずにこちらに乗るのは日本のナンバー1ジョッキー。天皇賞で依頼のあったメイショウテッコンも一発の魅力があるが、香港を選択した理由は意外と単純だ。
「出来る事なら天皇賞も乗りたいです。ただ、今回は先にディアドラの騎乗依頼があったので受けました。こちらもチャンスはあるので、日本で乗れない分も結果を残したいです」
騎乗が決まった後は、新たなパートナーに関し、主戦のクリストフ・ルメールから情報を仕入れたと語る。
「最近、少しズブくなっているようだけど、馬群は気にしないし、潜在能力はすごく高いと言っていました。実際、何度も相手として戦って来て、この馬の能力の高さは分かっています」
その上で、追い切った感触を伺うと、次のように答えた。
「最初は少し固い馬だと感じたけど、ゴーサインを送ったらさすがG1馬という動き。ほとんど持ったままでしたけど、すごくスピードを感じました」
香港ジョッキークラブの計測によるとラストの2ハロンの時計は実に20秒9。さすがにこの時計を耳にした時はリーディングジョッキーも驚きの表情を隠さず口を開いた。
「え?! そこまで速かったですか? 確かに速い感触はあったけど、無理して追ったわけではないので22秒台くらいだと思います」
経験豊富な天才ジョッキーの感覚よりも、楽に速い時計が出たという事だとすれば、相当、調子が良いのだろう。これについては調教師の橋田満が言う。
「ドバイ(ドバイデューティーフリー4着)の時よりも状態面は上がっている感じです。そもそも海外遠征は慣れた馬なので、現時点で大きな心配事は何もありません」
最後にもう1度、武豊の弁を記そう。
「元々が叩きながら調子を上げていくタイプの馬だと思います。今回は叩き三走目。相手が揃っているのは承知していますが、よい競馬を出来ると信じて乗ります!!」
地元勢は先出のエグザルタントの他、暮れの香港カップを制したグロリアスフォーエバーやその兄で実績充分のタイムワープ、ディフェンディングチャンピオンのパキスタンスター、今年のダービーを制したフローレや先行力も安定感もある新星ダークドリーム、遠征馬のエミネントなど、多士済済のメンバー構成ではあるが、日本勢も負けていない。日本馬の上位独占まで期待したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)