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三連休、どこ行く? 「ひとり温泉」で大満腹 極旨スイーツ「シュークリーム」「プリン」と「あか牛丼」!

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
阿蘇内牧の人気店「いまきん食堂」のあか牛丼(撮影・筆者)

外国人と一緒にシュークリームをほおばり、あか牛丼も!

この日、熊本県黒川温泉の定宿、「ふもと旅館」に荷物を置いて、目の前の洋菓子店「パティスリー麓」を覗くと、欧米人の大柄な男性2人がいた。

下駄をはき、浴衣を着て羽織をはおっている。浴衣はツンツルテンで足首が丸見え。胸元も大きく開きアンダーシャツが見えて、ちょっと着崩れしている感はあるが、どれも似合っていた。

彼らはシュークリームを購入し、イートインできる窓際のカウンター席に腰かけた。

私もシュークリームを購入し、お隣に座った。

「黒川温泉を楽しんでますか?」と尋ねる。

唐突に話しかけてきた日本人に、最初は目をきょとんとさせたが、嬉しそうに立って、浴衣を着ている全身を見せてくれた。日本の温泉旅館に泊まるのは2度目だと教えてくれ、和食を楽しみにしていると目をキラキラさせた。ただ、「温泉の温度が高い」と、やや顔をしかめた。

私も日本の温泉や世界の温泉を訪ねて、その魅力を国内外に伝える仕事であると身分を明かし、その上で日本固有の温泉文化を話した。

会話の詳細までは覚えてないが、一緒にシュークリームを頬張りながら、浴衣を着た外国人と日本の温泉について話し、気持ちが高揚したことは鮮明な記憶だ。

温泉地で外国人を見つけると、必ず話しかけてしまう。

私の英語力では深い会話はできないが、外国人観光客と日本の温泉を語りあう時は誇らしい。きっと自分の宝物を自慢しているかのように、私は話しているに違いない。

かつて、日本人はこんな場所で暮らしていたのだろう、そう彷彿とさせる町並みがある。山里に、色彩は黒と茶色で統一され、景観を邪魔する電信柱はなく、すっきりとしている。メイン通りはそう大きくなく、歩きやすい温泉街。

そこは30軒ほどの小規模な旅館が軒を連ねる熊本県阿蘇の黒川温泉だ。

「パティスリー麓」は、温泉街の中心にある地蔵堂近くに、黒川の景観に馴染んだ、古民家風のお店。外まで甘い匂いが漏れ出ていて、その香りに誘われる。

名物は外国人と一緒にほおばった塩麹シュークリーム。

店内で焼かれている皮は「パリッ」と音を立てて割れ、中からどばどばっとカスタードクリームが溢れ出る。これがなんともふんわりとした甘さ。そこにコクを加えるのは生地に練り込んだ塩麹の塩っ気だろう。クリームはボリュームがあり、空腹時のちょっとしたおやつにベストマッチ。満腹になり過ぎず、湯めぐり中の糖分補給には最適である。

私はここのプレーンのロールケーキも好む。卵の風味が強いふわっふわのスポンジ生地とクリームのマッチングが素晴らしい。

店内に、地元小国の「小国ジャージー牛乳」と山都町の卵「蘇陽の月」を使って作っているという説明があるが、地元素材に徹しているこだわりも嬉しい。

近年はあちこちの温泉地に、おいしいスイーツをいただける店ができた。かつては温泉土産と言えば温泉饅頭一択だったが、今や洒落たスイーツが続々と登場している。「パティスリー麓」はその走りだったように思う。

黒川温泉の名を全国に轟かせたのは、「湯めぐり手形」だろう。

人気の秘密は美しい景観に加え、湯めぐりしやすい程良い距離感、さらに泉質の多彩さにもある。湯めぐりしているうちに、異なる泉質に入り、肌の感触を比べることができるから温泉を深く知ることができるのだ。

「湯めぐり手形」を発行し、それぞれの旅館のお風呂を開放するシステムを最初に作ったのは黒川温泉だと言われている。通常なら、宿泊しなければ旅館の中など覗く機会はないため、お風呂に入るという理由で宿に入れるこのシステムに、私は大喜びしたものだ。

だから、いつも黒川に到着するとまず手形を購入して、湯めぐりを始める。個人的な好みで言えば、黒川温泉の魅力は、全国で比類を見ない「立ち湯」の多さ。

「立ち湯」はさほど注目されていないが、私はたまらなく好きだ。

医師ではないので「健康に効果がある」という表現はあえて避けるが、座って入る入浴以上に、立って入る入浴(立ち湯)の方が、腰回りの血行が良くなると医師から聞いたことがある。巷では、腰痛が改善されるとも言われている。   

事実、長時間の乗り物移動で「足腰が重たいな」と感じると、真っ先に「立ち湯」に向かう。爪先立ちをして、両手を上げて、思いっきり全身を「ぐ~ん」と伸ばせは、伸びる、伸びる。全身にくまなく血が廻った感がある。

「立ち湯」は「ふもと旅館」「いこい旅館」「旅館こうの湯」で体験できる。さらに「ふもと旅館」の「立ち湯」は貸切風呂だ。人目を気にせず、自由にのびのび。なんだったら体操までできてしまう。「いこい旅館」は丸太が2本が吊るされており、両脇に丸太を抱えて「立ち湯」に入るため、やはり足腰が伸ばしやすい。

黒川温泉のおいしい食の話題をもうひとつ。

黒川の旅館に泊まれば、ほぼ必ず夕食で出てくるのが名物のあか牛。赤身と脂肪のバランスがよく、ヘルシーなお肉だ。

阿蘇内牧の人気店「いまきん食堂」に、あか牛丼を求めて1時間並んだことがある。少しレアっぽく焼いたあか牛が丼いっぱいに並べられて、中央には温泉卵が落としてある。さっぱりとしたあか牛とコクのある卵の黄身を絡めると、いくらでもごはんが進んだ。

ちなみに昨今のサステナブルな社会情勢を受けて、阿蘇では新たな取り組みがなされている。普段は立ち入ることのできない阿蘇の草原で、特別な許可を得てあか牛を食する体験ツアーを実施し、その参加費の一部を草原の保全や管理に還元する。すなわち観光産業による、地域への還流の仕組みを作っている。おいしさだけではなく、環境問題への貢献も含めて、あか牛のブランディングに力を入れている。

※この記事は2024年9月6日に発売された自著『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)から抜粋し転載しています。                                     

筆者「麓」で買い物中。首から湯めぐり手形を下げて(撮影・筆者スタッフ)
筆者「麓」で買い物中。首から湯めぐり手形を下げて(撮影・筆者スタッフ)

         

「麓」の看板(撮影・筆者)
「麓」の看板(撮影・筆者)

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界33か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便(毎月第4水曜)に出演中。国や地方自治体の観光政策会議に多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)温泉にまつわる「食」エッセイ『温泉ごはん 旅はおいしい!』の続刊『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)が2024年9月に発売

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