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三連休、どこ行く? 女性の「ひとり温泉」で大人気の宿で【美食と名湯】を堪能する

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
(写真提供・観音温泉)

静岡県観音温泉 温泉で炊く桜エビの炊き込みに、ほっこり

「山峡のいで湯とは、このことか――」

緑が萌ゆる頃、最初に観音温泉を訪れた時に、そう呟いたことを今でもよく覚えている。だって山を切り拓き、1軒の宿がぽつねんとあるだけだったのだから。こんもりとしたい緑の匂いは今でも思い出す。

最寄り駅の下田駅からバスで20分ほど山に入ると、伊豆半島の秘湯・観音温泉がある。地下600mから湧く強アルカリPH9.5の源泉を有する。

初めて観音温泉に入った時、湯船の底が滑ることを知らずに、思わず「ツルン」。派手に転ぶまでには至らなかったが、足を滑らせてしまった。

決して掃除を怠っているわけではなく、湯船の底が自然にぬるぬるしてしまうのがこの泉質の特徴であり、“おいしい”の秘密なのである。

このお湯のとろとろ感は基礎化粧品類でいうなら肌触りはヒアルロン酸と似ているが、保湿効果はない。とろみは、水素イオン濃度の高いアルカリ成分が肌の角質を溶かしたことによるもの。だから、湯上がりには保湿は欠かせない。もしこのケアを怠ると、瞬く間にカサカサしてくる。

観音温泉ではお湯をベースにした化粧品類やメイクアップ道具まで販売している。

しかし私の場合、美の追求より、おいしさを追求してしまう。

お湯がおいしいのだ。

この泉質の単純温泉はミネラルがバランスよく入っているため、「飲む野菜」と呼ばれている。飲みやすく、ミネラルウォーターとしても販売している。

飲むだけでなく、料理に使っても美味。

この源泉で炊いた釜めしが私は好き。再訪の理由となる。

駿河湾の特産物として名高い桜えびが摂れる時期に訪問して欲しい(写真提供・観音温泉)
駿河湾の特産物として名高い桜えびが摂れる時期に訪問して欲しい(写真提供・観音温泉)

夕食の膳につくと、ひとり用の釜めしが用意されている。

夕食のスタートと共に釜に火が焚かれる。旅館の夕食だから、釜めしが炊き上がるまで、先付け、刺身、煮付、焼きモノなどが進み、私が愉しんでいる間、目の前で釜は仕事している。

釜から湯気がたなびく頃、ちょうどメインの肉が並ぶ。メインが終わる頃は満腹感で限界に達しているが、釜はご飯を蒸している。そしてこのくらいになると、香ばしさが漂い始める。

宿のスタッフの方に「どうぞ」と言われて釜を開けると、「ぶわ~ん」と匂い付きの蒸気が立ち上り、顔がほかほかした。

既に満腹に近いことを忘れて、頬張ると、桜えびの風味がご飯に染みついていた。

しみじみ、しみじみと噛み締める。ご飯って、なんでこんなに味が沁みこむのだろう。お米を噛み締めるだけで、口いっぱいに桜えびの優しい味がした。味も匂いも、おこげまでも全てがまろやかなのだ。

目をつむると、相模湾の深海が浮かんできた。

ちなみに、春は「しらす釜めし」を目当てのお客さんもやってくるという。

ひとり静かに過ごすのに、観音温泉は向いている。

秘湯ゆえの静けさ、際立つお湯の個性、噛むほどに味が広がる名物の釜めし。三拍子が揃っている。

※この記事は2024年9月6日に発売された自著『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)から抜粋し転載しています。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界33か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便(毎月第4水曜)に出演中。国や地方自治体の観光政策会議に多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)温泉にまつわる「食」エッセイ『温泉ごはん 旅はおいしい!』の続刊『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)が2024年9月に発売

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