雅子さまとインドネシア大統領夫人を繋ぐ歌 「ブンガワンソロ」とは?
天皇皇后両陛下は6月17日から23日にかけて、インドネシアを公式に訪問される。令和になって国賓としての外国ご訪問は、今回が初めてとなる。
去年7月、両陛下は皇居・御所で、来日したインドネシアのジョコ大統領夫妻と懇談し、和やかな雰囲気の中で親しく交流をされた。実はこの時、雅子さまとイリアナ大統領夫人の間で、あるひとつの歌が話題にのぼった。
それは、イリアナ夫人の出身地ゆかりの歌。ふと夫人が口ずさむと、雅子さまは目を見開いて嬉しそうに、「その歌を知っています」と話されたというのだ。
雅子さまがご存じだったこの歌の曲名は、どのメディアでも具体的に指摘されていなかったが、いったいどんな歌なのだろうか?
推理を手繰り寄せると、特に年配の日本人にはお馴染みの、インドネシアと言えばこの歌と呼ばれるものが浮かび上がってきた。
◆歌を探るための手がかり
ヒントとなったのは、「大統領夫人の出身地ゆかりの歌」であること、そして雅子さまがメロディをお聞きになってすぐに分かったことから、「日本で知られている歌」であることだ。
ジョコ大統領の配偶者であるイリアナ夫人は、インドネシア・ジャワ島中部にある都市・スラカルタの出身である。
ジャワ島には、農耕や生活に必要な水源として、人びとの営みを見守ってきた豊かな大河、「ソロ川」が流れている。
インドネシア語で「ソロ川」は、「ブンガワンソロ(Bengawan Solo)」と呼ばれている。
「ブンガワンソロ」という言葉の響きに、あっと思われた方もいるだろう。
実はインドネシアの国民歌と言って良いほどのポピュラーソングに、「ブンガワンソロ」のタイトルがつけられた歌があり、日本でも有名だ。
戦前の1940年にスラカルタ出身の音楽家が作った、大河の流れのようにゆったりとして抒情的なメロディは、多くの人びとの心をとらえ、たちまち誰もが口ずさむ歌として広まった。
当時、インドネシアに駐留していた日本軍の兵士たちの間でも、遠く離れた故郷を偲ばせる歌として歌われるようになったという。
そして、戦後間もない頃、インドネシアから帰還した兵士たちが「ブンガワンソロ」のメロディを誰ともなく歌い伝えたところ、「うたのおばさん」として知られるソプラノ歌手の松田トシが詞を付けてレコード発売し、大ヒット。
以来、渡辺はま子、美空ひばり、藤山一郎など多くの人気歌手たちが歌い繋いできており、今でもナツメロ番組では定番の名曲となっている。
◆雅子さまとインドネシアを繋ぐ歌
戦後生まれの雅子さまだが、日本で広く知られるこの歌を、きっとどこかで耳にして、記憶に留めていらっしゃったのではないだろうか。
テレビやラジオなどの放送媒体はもとより、「ブンガワンソロ」を聞く機会は、日本でも愛唱歌として親しまれてきたこともあり、学校の行事などで合唱歌として歌ったり、音楽の授業で習われたことも考えられる。
事実、音楽之友社が発行する、高校生の音楽の教科書には「ラ・マンチャの男 見果てぬ夢」や「さとうきび畑」と並んで、「ブンガワンソロ」が紹介されている。
もしかしたら、ご結婚後、音楽を嗜まれる陛下とともに鑑賞した演奏会などでお聞きになったのかもしれない。
なぜなら「ブンガワンソロ」は、インドネシア音楽の代表的な歌であり、日本を含めたアジアで広く知られていることから、演奏会の曲目に選ばれたとしても違和感はないからだ。
いずれにせよ、この歌の包み込むような柔らかい曲調が、雅子さまの心の中に深く残っていらっしゃったのだろう。
タイトルに用いられた「ブンガワン」は、ジャワ語で「大河」を意味する。そして「ソロ」川は、太古の昔からインドネシアの人びとに恵みをもたらし、水浴びをしたり、洗濯をしたり、商人が船で行き来したりなど、日常の中に欠かせない生活の一部であった。悠久の歴史を育んできた、まさに母なる川なのだ。
大河はやがて海へと流れ、海は国と国を繋げる。雅子さまが覚えていらっしゃったインドネシア発祥の歌が互いの心を繋ぎ、日本とインドネシア、両国の深い絆を結ぶことだろう。
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https://news.yahoo.co.jp/byline/tsugenoriko/20230619-00354012