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ハリウッドのアシスタントが暴露したブラックぶり。残業代なし、経費自腹、暴力の恐怖

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 やっと足を踏み入れたあこがれの業界は、キラキラした外見とは正反対の、真っ黒な世界だった。ハリウッドのアシスタントが、今ようやく、長年隠されてきたそのショッキングな労働環境を暴露し始めた。

 きっかけは、「アラジン」の脚本家ジョン・オーガストと、「チェルノブイリ」の脚本家クレイグ・メイジンがホストする、ハリウッドのライターたちに向けたポッドキャスト「Scriptnotes」。アシスタントの現状について触れられた10月なかばの回を聴いたTV脚本家リズ・アルパーはすぐさま反応、「#PayUpHollywood」のハッシュタグを作り、現在アシスタントとして働いている人たち、あるいはアシスタントだったことがある人たちに、自分の体験談をシェアするよう呼びかけた。

 次々に寄せられるコメントを読む間にも、彼らは、スタジオ、プロダクション会社、脚本家、エージェンシー、ポスト・プロダクション会社などに勤務するアシスタントを対象にアンケートを実施。1,500人以上が回答したそのアンケートからは、生活するのにギリギリの低賃金で働かされている、残業代を申請しにくい雰囲気がある、就業時間外にも私用を言い渡されたりするなどの実情が明らかになった。

 超大物プロデューサーや、トップのエージェントが部下に向かって物を投げつけるのは昔からよく聞く話だが、そういったことが今もまだかなり起きていることも、そのアンケートでは判明している。精神的ストレスのせいで、薬物、アルコールなどの使用量が増えたと答えた人も、4人にひとりの割合でいた。

「あなたの代わりはいくらでもいる」というプレッシャー

 最も基本的な問題は、賃金だ。彼らの多くは、現実的な労働時間を考慮すると、カリフォルニアの最低賃金程度しか稼いでいない。アルパーによると、家賃の高いL.A.では(回答者の95%はL.A.在住)、最低でも手取り年収53,600ドルが必要とのことだが、回答者の64%以上は、年収50,000ドルに達していない。

 この業界ならではの出費もある。たとえば、タレントエージェンシーに務めるアシスタントは服装もきちんとしていないといけないし、脚本家のアシスタントは、今、どんなドラマがあるのかを把握するために、ストリーミングやケーブルにも加入していなければならない。それらは当然自腹で、現在副業をしている、あるいは過去に副業をしたことがあると答えた人も、68%にのぼった。

 もっと驚くことに、本来、自分が払う必要のない経費まで渋々出したという人も、56%もいたのである。それは実際よくあることらしく、L.A.の公共ラジオKCRWに出演したアルパーは、彼女自身もアシスタント時代、こっそりと100ドルの自腹を切ったことがあると語った。TV脚本家のアシスタントだった彼女の役割のひとつは、ライターたちのランチを用意すること。その予算として、ライターたちから決まった金額を集めていたのだが、2、3回続けて払わない人が、ひとりいた。そろそろ言わなければと思っていたところ、その人は突然辞めてしまい、「言わなかった自分の責任」と感じた彼女は、黙ってその穴埋めをしたのだという。

 その背景には、「あなたの代わりはいくらでもいるのだ」との暗黙のプレッシャーがあったと、アルパーは振り返る。実際、彼女は、大量の履歴書が入ったバインダーが机の上にあるのを目にしたことがあった。それらの履歴書を送ってきた人たちはみんな、彼女の職が空くのを待っていたのである。アルパーと一緒にKCRWに出演した、現在も脚本家のアシスタントを務める女性(彼女はラストネームを隠したまま出演している)も、同感だ。彼女は、あるパーティで、女性が投げたハイヒールを犬のように取りに行かされたエピソードを述べ、「それはまさに、あなたは私より下、人間以下、と知らしめるための行動」だと語った。

金持ちの子しか業界に入れなくなる負のサイクル

 こういった現状を、アルパーは、「希望に満ちた人たちにつけこむやり方」と非難。だが、ほかにも問題はある。普通に生活できないとなると、これらの仕事に就けるのは、実家に頼ることができる、裕福な家庭に生まれた人たちだけになってしまうという事実だ。デビッド・ゲッフィンや、現ユニバーサルの副会長ロン・メイヤーのように、高卒でタレントエージェントのアシスタントになり、そこからトップに登りつめた例は昔話で、今ではアシスタントも四大卒が条件。奨学金の負債もなく、お金に困ればいつでも実家に頼れる人たちだけがこの業界の門をくぐれるとあれば、近年のハリウッドが目標とする多様化から、さらに遠のいてしまう。

 そんな流れを変えようと、早くも一部の関係者は動き始めた。中でも積極的なのは、Netflixの「アンビリーバブル たったひとつの真実」の製作総指揮を務めるアイアレット・ウォルドマンだ。「The Hollywood Reporter」に語ったところによると、彼女自身のプロジェクトに関しては、すでにアシスタントの時給を20ドルにするよう、変更を加えているとのこと。彼女はまた、同業者にも、同じことをするよう、ツイッターを通じて呼びかけている。

 それが果たして主流になるかどうかは、今の段階ではまだなんとも言えない。だが、この3年の間、「#MeToo」(反セクハラ)「#TimesUp」(反女性差別)で状況が少しずつ向上してきたことを考えれば、可能性は十分にありそうである。そうなれば、ハリウッドの大物男性の特権がさらに減るということ。だが、それは時代の流れで、やっと訪れた正義だ。本音ではちょっと残念でも、これから来る時代にいち早く乗るほうが、身のためである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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