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誰がカルロス・ゴーンを持ち上げたのか? 「カリスマ」賞賛というリスク

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
カルロス・ゴーン(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 日産、ルノー、三菱自動車の会長として経営を束ね、剛腕経営者として世界的に知られたカルロス・ゴーン容疑者が11月19日、東京地検特捜部に逮捕された。逮捕を伝える新聞各紙には「カリスマ摘発」(朝日新聞)「変節したカリスマ」(日経新聞)といった言葉が踊る。誰がカリスマを作り上げたのか?

ゴーン容疑者逮捕

 ゴーン容疑者はまだ逮捕されたというだけで、罪が確定したわけではない。地検特捜部はゴーン容疑者の逮捕時の認否を明らかにしていない。一方、今回、捜査に協力するかわりに刑事処分を軽減する司法取引制度が適用され、日産社員が協力したという報道もある。日産は11月19日付プレスリリースでこう伝えている。

 (ゴーン容疑者とグレッグ・ケリー容疑者は)長年にわたり、実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載していたことが判明いたしました。そのほか、カルロス・ゴーンについては、当社の資金を私的に支出するなどの複数の重大な不正行為が認められ、グレッグ・ケリーがそれらに深く関与していることも判明しております。

 当社は、これまで検察当局に情報を提供するとともに、当局の捜査に全面的に協力してまいりましたし、引き続き今後も協力してまいる所存です。

出典:日産自動車プレスリリース

日産の西川広人社長は記者会見でこれらの不正について説明した上で、ゴーン氏に経営の権限が集中していたことが不正の背景であると説明した。

カリスマを作り上げてきたメディアの功罪

 ゴーン氏といえば、経営危機に陥った日産を1999年から徹底的な合理化、リストラ、企業文化の変革で立て直した経営者である。特に2000年代にはその辣腕っぷりを賞賛する記事が多く出ている。

 例えば週刊ダイヤモンド2005年6月4日号「コミットメントは株主でなく社員に対して! カリスマ経営者が語る持続的成長の心得」では同誌編集長が「ルノーのトップに就任後も、変革への意欲は燃え盛るばかり」のゴーン氏に「経営の伝道師が思い描く理想の企業像」を聞いている。

 興味深い感想が書かれているので引用しておこう。編集長はゴーン氏のインタビューを終えてこう書いている。

ゴーンさんは、退路を断ってコミットメントを設定する。日本にそんな経営者は少ない。それは株主に対してではなく、社員に対してだそうだ。経営が軌道に乗っても、大企業病に陥らないためにより高い目標を掲げる。結果的にそれがポテンシャルを100%発揮することにつながると力説する。エネルギッシュで、自信に満ちた語り口、51歳という若さでカリスマ経営者と評される理由がわかる。思わず、日産の株価は割安だと思ってしまう、そういう説得力がある。

出典:前掲週刊ダイヤモンド

 朝日新聞「be」(2003年4月5日付)もフロントランナーという大型インタビューコーナーでゴーン氏をこう絶賛している。《「改革なくして成長なし」の言葉がすっかり色あせた小泉首相と違って、この人には、「改革の伝道師」のオーラが漂う。》

 2003年春の国会では民主党の菅直人が小泉総理に対して「ゴーンさんに比べて小泉改革は成果が出ていない」と追及していたという。

 インタビューの中でゴーン氏自身が「結局、実績こそが信頼を培う。実績があがらなくなったら、グッドバイだ(笑い)。それでいいと思っている」と述べている。

 同時期のメディアは多くがこの調子でゴーン流の改革を賞賛し、支持してきた。カリスマの源泉は経営再建を果たしたゴーン氏とともに、彼に日本企業の変革を託したメディアにもあった。

東洋経済記者「ゴーンさんに対する感謝の念は強まるばかり。長期政権に死角なしだ」

 2010年代に入ってからも、ビジネスパーソンの間でのゴーン人気は衰えておらず、アンケート調査でも「理想の経営者」として上位に名前があがっていた(例えば「AERA」2013年5月20日号)。

 「週刊東洋経済」2016年2月13日号の記者座談会ではこんな言葉が飛び交っている。

H 日産自動車のカルロス・ゴーンさん。もうオーナー経営者みたいだ。

K 社長就任から15年経過したけど、現在まだ61歳。本人にも周囲にも「交代」の二文字が浮かぶなんてことはないね。16年3月期は北米市場を牽引役に10年ぶりに過去最高益を更新する見通しだし、何といっても社長の求心力が本当に高い。

 例の日産、ルノーと仏政府の間でもめた資本関係の見直し議論だよ。日産から見れば、ルノーや仏政府の影響力拡大を回避したうえ、自社の独立性はさらに増した。日産に有利な結果に終わったことで、ゴーンさんに対する感謝の念は強まるばかり。長期政権に死角なしだ。

 本当にK記者が言うように死角はなかったのだろうか? 実はこの時期には、「カリスマ経営者」としての賞賛ばかりから一歩距離を置く記事もでている。

 ゴーン氏も含めた多額の経営報酬について疑問視する記事(例えば「日経ビジネス」2016年7月17日号「時事深層 COMPANY~役員報酬、規律なき膨張」)、当の「東洋経済」で2015年10月17日号で後継者不在リスクを指摘する記事などもある。この中では、しっかりとゴーン氏について、カリスマに陰りが見られることも指摘されていた。

 「AERA」2010年7月12日号には「月3分の1勤務で最高額 日産・ゴーン氏のグローバル出稼ぎ術」と称して、ゴーン氏の報酬の納税先について、日産広報の「ゴーン社長は日本では非居住者なので納税はフランスです。しかし、日本でも所得税法に定められた納税をしています」というコメントも掲載されている。

 ある人物に対して「死角がない」というような一方的な賞賛も、一方的な批判も大きなリスクがあることがわかるだろう。人物批評で大事なのはバランスだと痛感させられる。

カリスマの終焉

 「カリスマ的支配」という概念を提唱した社会学者、マックス・ウェーバーはカリスマ的支配の崩壊をこう記している。

 「彼が神に『見捨てられ』、あるいは、彼の英雄力や民衆の彼の指導者資格に対する信頼心が失われときは、彼の支配は崩壊する」(「支配の社会学」)。

 この逮捕を機に、ゴーン氏の「信頼心」は大きく揺らいでいる。日産のカリスマ支配は崩壊するのか。捜査の行方も含め、今後も注目すべきポイントは多い。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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