Yahoo!ニュース

女性の「スキンシップ好き」は遺伝する?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナ感染症の拡大防止のため、他者と距離をとるソーシャル・ディスタンシングが推奨されている。こうした対策は、スキンシップ好きな欧米人の風俗習慣文化にも影響を与える可能性があるが、最新の研究によると女性のスキンシップ好きは遺伝的な要因が強いらしい。

愛着理論とは

 心理学や行動学の分野に愛着理論(Attachment theory)というものがある。これは英国の精神科医で動物行動学者でもあったジョン・ボウルビィ(John Bowlby、1907-1990)が提唱した理論で、第二次世界大戦中に戦災孤児になったり、保護者、特に母親と別れて戦時中に疎開したりした子どもに対する調査研究などから確立した(※1)。

 愛着理論の根本は、生後すぐに母親から引き離されたり母親の愛情に恵まれない子どもは「母性的養育の剥奪」という状態になり、不安感、過度の愛情欲求、強い恨みなどから罪悪感や抑うつ状態になるというものだ(※2)。そこから人間関係の持続的な心理的つながりを愛着と定義し、その後、成人の恋愛感情などにも適用されるようになる(※3)。

 人間関係の愛着理論が、どのような脳のメカニズムによって機能するのかを調べた研究も多い。脳は情動反応の一種として本能的な愛着の機能を備えているが、この機能は乳児期に発達する右脳で拡張されるようだ(※4)。

 また、愛情と連帯のホルモンといわれるオキシトシンや報酬系の脳内物質であるドーパミンが愛着に関連し、安心で安全な愛着(Attachment Security)を持つ母親の子どもはこれらの物質の脳内での活性が上がったという(※5)。さらに、オキシトシンには愛着あるコミュニケーションとの相互作用もあり、これには遺伝的な差があるようだ(※6)。

 最近、愛着理論に基づいた愛情のこもったコミュニケーションには、遺伝による影響があるかもしれないという研究結果が発表された。これは米国のアリゾナ大学の研究グループによるもので、特に女性の場合、愛情にあふれる行動は約45%が遺伝による一方、男性にはそうした遺伝的な影響はほとんどみられないのだという(※7)。

 日本では双子が別々の環境で育てられるケースは少ないが、欧米などでは片方を養子に出すことが珍しくない。そのため、一卵性双生児というほぼ100%遺伝的に同じか50%同じの二卵性双生児の2人の兄弟姉妹が、一方は経済的に豊かで恵まれた環境、一方はそうではない環境といったように、幼い頃から異なった環境下で成長することがある。

 欧米には、こうした一卵性双生児に協力してもらい、遺伝子と環境の要因がどのように趣味嗜好や個性、行動などに影響するのかを調べた研究が多い。

 このアリゾナ大学の研究グループも464組の双子ペア(19歳から84歳、一卵性229ペア、二卵性235ペア)に対し、双子の一人ずつの育てられた環境の違いではなく、一卵性と二卵性の双生児の違いをみた。そして、双子研究でよく使われる遺伝ACEモデル(Additive genetic、Common environment、Random environment、3要因の重み付け分析)に調査研究へ参加してもらい、知能・学力・性格・身体的特徴・医学的特徴などを表現型として測定し、一卵性と二卵性のペアそれぞれを比較したという。

新型コロナ時代のスキンシップ

 その結果、特に女性の場合、遺伝子の表現型として約45%が愛情あふれる行動という遺伝的な特徴を両親から受け継ぎ、残りの約55%は育った環境などの遺伝子以外の影響によって形成される傾向にあることが示唆された。もちろん、こうした結果はあくまで集団の傾向というだけで、各個人やペアの特徴を示してはいない。

 ただ、女性のほうが愛着理論にもとづいた愛情深い行動を遺伝的に受け継いでいると示唆されることは、生物が子育てや恋愛をして種を存続させるための知見と矛盾しない。逆にいえば、半分以上が環境要因によって傾向付けられるわけで、遺伝子は個人の運命を決めはしない。

 一方、社会経済的な影響は特に男性で大きいといえるとすれば、愛情深い行動を増やすことを目的とした後天的な教育などの環境整備はますます重要になってくると研究グループは主張する。そして、この問題に関してはまだ研究途上だというが、3HCと呼ばれるハグする、抱く、密着する、寄り添う、といった行動が効果的とする研究もあるようだ(※8)。

 このアリゾナ大学の研究グループによる論文によれば、女性のほうが生まれながらに愛情深くスキンシップが好きということになり、それは遺伝的な影響があらわれる傾向が強いということになる。逆にいえば、こうした行動が社会へ影響し、人間同士のコミュニケーションを変えることもあるということだ。

 世界は今、新型コロナ感染症の拡大防止のため、ロックダウンや外出自粛をしたり、人同士の距離を取るソーシャル・ディスタンシングが奨励されるなどしているが、これは特に女性の遺伝的な特性や行動に反する環境変化といえる。愛着理論からみれば異常な状態が続いていることになるが、我々はこの問題をどう解決していくのだろうか。

※1:Inge Bretherton, "The origines of attachment theory: John Bowlby and Mary Ainsworth." Developmental Psychology, Vol.28(5), 759-775, 1992

※2:John Bowlby, "Attachment and loss: Retrospect and prospect." American Journal of Orthopsychiatry, Vol.52(4), 664-678, 1982

※3:Cindy Hazan, Phillip Shaver, "Romantic love conceptualized as an attachment process." Journal of Personality and Social Psychology, Vol.52(3), 511-524, 1987

※4:Allan N. Schore, "Attachment and the regulation of the right brain." Attachment & Human Development, Vol.2, Issue1, 23-47, 2000

※5:Lane Strathearn, et al., "Adult Attachment Predicts Maternal Brain and Oxytocin Response to Infant Cues." nature Neuropsychopharmacology, Vol.34, 2655-2666, 2009

※6:Kory Floyd, Amanda Denes, "Attachment Security and Oxytocin Receptor Gene Polymorphism Interact to Influence Affectionate Communication." Communication Quarterly, Vol.63, Issue3, 2015

※7:Kory Floyd, et al., "Heritability of affectionate communication: A twins study." Communication Monographs, DOI:

10.1080/03637751.2020.1760327, May, 13, 2020

※8:Luciano L'abate, "Hugging, Holding, Huddling and Cuddling (3HC)-A Task Prescription in Couple and Family Therapy." Journal of Clinical Activities, Assignments & Handouts in Psychotherapy Practice, Vol.1, Issue1, 5-18, 2001

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事