不要不急の観光旅行
今回の北海道大震災で被災されました皆様には心よりお見舞いを申し上げます。
一日も早くふだんの生活に戻れますようにお祈りいたしております。
さて、今は国を挙げて観光ブームの時代です。国内旅行はもちろんですが、海外からたくさんの外国人にいらしていただくという「インバウンド政策」が国のテーマとして経済効果を狙って様々な取り組みがなされています。この傾向は悪いことではないと考えていますが、観光産業には色々なところに落とし穴があるのも事実で、その一つが今回の大地震で見えてしまったと考えています。
先日、台風が接近中にテレビのニュースで「不要不急の外出は避けてください。」と繰り返し放送していましたが、そう、観光というのはまさしく「不要不急のもの」であって、ひとたび何かが起きると、ピタッとお客様が来なくなるという弱点があるのです。
たとえば、戦争やテロなどがその良い例で、私は長年航空会社に勤務していましたから何度も経験しているのですが、ひとたびテロが発生すると、前日まで満席だったジャンボジェットが、翌日の朝にはガラガラになっているという現象がいとも簡単に発生します。今回の大地震のような災害も同じで、今の時代は瞬時に全世界に状況は伝わってしまいますし、オンラインで24時間予約のキャンセルもできる時代ですから、昨日まで予定していたお客様が明日から来なくなるという現象が簡単に発生してしまいます。
地震で閉鎖になっていた新千歳空港が本日の午前中から運用再開になりました。テレビのニュースでは帰宅を急ぐ観光客が出発ロビーに長蛇の列になっている映像が映し出されていましたが、航空機が飛び始めたからと言ってもすぐに通常通りのオペレーションというわけにはいきません。この運航状況に見られるように18:30発の527便を最後に、東京発札幌行は最終便までの3便が欠航になっています。
私は西日本から夕方羽田に戻りましたが、その時に空港内で札幌行のキャンセル待ちをしている皆様を見かけました。16:30発の523便は20名以上のキャンセル待ちのお客様を残して出発していきましたが、運航再開当日は、例えば出張で東京に来ていて自宅に戻るなど、皆さん何としてでも札幌へ向かわなければならないというお客様がこのように列をなして飛行機に乗り込んでいくわけですが、こういう人たちの中にこれから北海道へ向かおうという観光客の姿はありません。なぜなら、観光旅行というのは不要不急の旅行だからです。
これに対して、北海道に取り残されてしまった観光客の皆様方は、何としてでも自宅に帰らなければならない方々ですから、その自宅へ帰るという移動は不要不急ではありません。必須の移動ということですから、ニュースで報じられているように新千歳空港に長蛇の列ができるということになるのです。
では、その新千歳空港で長蛇の列になっている観光客ですが、おそらく今日の最終便までスタンバイしても乗ることができず、明日の便に振り替えられている人がたくさんいらっしゃると思います。それがわかるのが明日の札幌発羽田行の予約状況です。
これは日本航空の便ですが、朝8時発と9時発の便が欠航になっていますが、その後の便は夕方までほぼ満席の状態です。おそらく明日も新千歳空港は大混乱が予想されますが、地震で身動きが取れなくなっている観光客の皆様方が、とにかくお家へ帰りたいということがこういう予約状況の数字に表れているのです。
ところが、この反対の羽田発札幌行はどうでしょうか。
一部の便でクラスJに満席便がありますが、普通席はすべての便に空席が表示されています。
日本航空のサイトの定義では「〇」は16席以上の空席があるとされているだけで、実際には何席空席があるのかはこの表からはわかりませんが、いわゆる「ワイドオープン」という状態で、予約なしで直接空港に行っても大丈夫な状況です。
さて、ここでお考えいただきたいのは、今の時期の北海道は本州方面からの観光客で通常は大変に混雑していて、先週までは土曜日の午前便は羽田空港から札幌に向かう便はほぼ全便満席状態だったにもかかわらず、これだけの便に空席があるということです。
まして、前日の夜の便が3本も欠航になっているのですから、本来であれば、その前日の夜便に乗れなかったお客様もいらっしゃるわけで、そういうお客様は当然翌日の朝の便に予約が振り返られますから、そういう時は翌日の初便から満席になるのが通例です。ところが、明日の札幌行の便は始発便から午後便までいくらでも空席があるという状況です。つまり、どういうことかというと、週末を利用して東京方面から北海道へ観光に出かけようというお客様の予約の多くがキャンセルになってしまったということです。そして満席だった土曜日の午前便の札幌行がガラガラになってしまったのです。
もちろん、道内各地で大きな被害が出ていて停電も続いていますからJRの特急列車も動いていない。そういう状況ではお客様が旅行をキャンセルされるのは当然のことで、まして理由が天変地異でキャンセル料金もかからないとなれば、お客様は何の躊躇もなくキャンセルできます。そして、その方法も24時間オンラインですから、停電が解消されて電気が通った瞬間に、北海道ではホテル事業者や飲食店関連の皆様方は、それまで埋まっていた予約がきれいに消え去っていることを目の当たりにすることになるのです。まして、キャンセルの理由が大地震ということになると、復旧までにかなりの時間を要するだろうということは容易に想像できますから、観光客の出足も遠のきがちになります。特に地震に不慣れな外国人観光客ともなるとイメージが回復して観光客が戻ってくるのは、おそらく数か月かかるのではないでしょうか。
こちらから行く人が少なくなれば、今、北海道内で滞留してしまっている方々が帰宅されてしまえば、この秋の北海道は今までのように観光客が闊歩する地域ではなくなる可能性があるのです。
これが観光産業の怖さです。観光客が来ることを前提に大きな設備投資をしているような企業があるとすれば、売り上げが見込めない中で返済だけが発生するという厳しい状況になるでしょう。観光産業というのは設備投資一つとってみてもなかなか難しいものがありますから、その分の危険分散をどうするかということをあらかじめ計画に入れておく必要があると考えます。
国の政策として観光産業を後押しするのであれば、安心してビジネスにチャレンジできるようなシステムづくりが必要だということなのです。