FW田中美南のハットトリックでニュージーランドに快勝!なでしこジャパンが描いた多彩なコンビネーション
【スタジアムを熱狂させた90分間】
ニュージーランドといえば、「オールブラックス」で知られる世界最強のラグビー王国だが、同時に、スポーツ観戦をこよなく愛する国でもあるのだろう。
10日(日)に、ニュージーランドのウエストパック・スタジアムで行われた、なでしこジャパン対ニュージーランド女子代表の一戦。ラグビー、クリケット、陸上競技やコンサートの会場としても使用される円形のスタジアムは、ショーを楽しむ劇場のような盛り上がりを見せた。
ニュージーランドの良いプレーに観客が熱狂したのは言うまでもない。一方、日本が連動したダイレクトパスでニュージーランドのディフェンス陣を翻弄した際にも、拍手と歓声が送られた。
結果は、日本が3−1で勝利。スタジアムが最も沸いたのは、1点ビハインドの前半18分にニュージーランドが同点弾を決めた場面だ。それと同じぐらい印象的だったのが、FW田中美南が78分に交代でピッチを去る場面だった。前半でハットトリックを決めたこの日の”主役”に対して、7000人を超える観客が惜しみない拍手を送った。
日本のスターティングメンバーは、GK山下杏也加、ディフェンスラインは左からDF鮫島彩、DF三宅史織、DF熊谷紗希、DF高木ひかり。ダブルボランチにMF宇津木瑠美とMF隅田凜が入り、左サイドハーフにMF中里優、トップ下にMF長谷川唯、右サイドハーフにMF中島依美。田中が1トップの4-2-3-1でスタートした。
ニュージーランドは、5バックで自陣にブロックを敷く守備的な入りを見せた。攻撃では、代表歴代トップの54ゴールの記録を持つFWアンバー・ハーンを起点としたカウンターを狙う。しかし、日本は熊谷を中心に高い最終ラインを保ち、コンパクトな守備で試合の主導権を握った。
攻撃では、両サイドバックの鮫島と高木が積極的に上がり、ピッチを幅広く使った多彩なコンビネーションを見せた。10分には中島の直接FKが鋭い軌道で枠の左上を捉え、相手GKがなんとかパンチングで弾き出す。13分には右サイドで仕掛けた高木のクロスが相手の足に当たってあわやオウンゴール、という場面を作り出した。
先制点は、17分。中里のパスを引き出した田中の動き出しは秀逸だった。
「今日は相手が引いていたし、(試合の)最初の段階で、相手が斜めの動きが苦手だなと感じたので、意識して駆け引きしました」
と、振り返った田中。混雑したペナルティエリアで左足を振ると、相手DFの足に当たって浮いたボールが相手GKの頭上を越し、ゴール左隅に決まった。長谷川が3人目の動きでゴール前に走り込んだこともゴールの伏線になっており、鮮やかな連係が生んだ先制点だった。
直後の18分に、左CKからこぼれ球を押し込まれてあっという間に同点に追いつかれたが、34分には再び田中のゴールで突き放す。隅田のパスに抜け出した田中が、完璧なトラップから相手GKの逆を突いて2-1。
さらに、44分には田中が再び相手センターバックとの駆け引きを制し、宇津木のピンポイントクロスに頭で合わせて3-1とリードを広げた。
後半、高倉麻子監督は両サイドバックにDF有吉佐織とDF清水梨紗を投入し、A代表初出場のMF阪口萌乃をトップに投入し、システムを4-4-2に変更。61分にはMF三浦成美がボランチに入り、同じく代表初キャップを記録した。
64分には、ダイレクトパスを4本つないで崩すと、最後は田中が胸トラップから豪快なボレーシュートを見舞う。ポストに当たったこぼれ球に三浦が詰めていたが、このシュートは惜しくも枠を外れた。69分にはMF川澄奈穂美、78分にはFW菅澤優衣香を投入し、最後まで圧倒したが、追加点は生まれず。日本が3-1で勝利した。
【試合から見えた3つのポジティブな要素】
90分間を通じた日本のボールポゼッション率は、おそらく80%近くに上ったのではないだろうか。
後半の流れを考えれば、さらに、2、3点ぐらいは決められる可能性があった。それでも、試合後の選手たちの表情に不完全燃焼感は見られなかった。それは、誰が出ても試合の流れを損なわず、組み合わせの変化で攻撃にバリエーションを加えるーーイメージ通りの試合運びができていたからだろう。
ピッチに立った多くの選手が攻撃面で持ち味を発揮していたが、特に印象に残った点を3つに絞るとすれば、一つ目は、サイドでの中島の果敢な仕掛けだ。
4月のアジアカップでは、相手のプレッシャーが強かったこともあり、中島はサイドで「ボールを失わない」プレーを選択することが多かった。しかし、この試合は、1対1の場面で自分から仕掛けて何度も相手をかわし、サイド攻撃にアクセントを加えた。
「ブロックを敷いてくる相手に対しては、揺さぶることも大事なのですが、ドリブルやミドルシュートやワンツーがないと崩れない。1対1は仕掛けようと意識しましたが、抜いた後にシュートというイメージをもっと持てれば良かったですね」(中島)
試合後、中島の目はすでに次の試合に向けられていた。
2つ目が、中盤で舵を取った宇津木と隅田のダブルボランチのバランスの良さだ。高倉監督は2人を起用した意図について、
「ディフェンシブミッドフィルダーという形で2人を置きました。全体的なバランスを保つことと、ゲームを作ること。積極的に前に飛び出していくことを期待しました」
と話している。
2人がコンビを組むのは、4月のアジアカップ準決勝の中国戦(○3-1)に続き2度目。ともに危険察知能力が高く、中盤でカウンターの防波堤になれるが、この試合では攻撃面で良さを見せた。隅田は積極的に縦パスを入れ、田中の2点目をアシスト。宇津木は左足のピンポイントクロスで田中の3点目をアシストしている。MF阪口夢穂を欠いた中では、現時点で最も安定したコンビではないだろうか。
3つ目は、ワントップでハットトリックを決めた田中の“進化”だ。それは、2点目と3点目のゴールシーンに凝縮されていた。
田中は昨年まで、国内リーグでも代表でも、2列目まで下がって相手を背負うプレーが多かったが、今シーズンはその動きが減り、高い位置に留まってゴールを狙う場面が増えた。それは、所属する日テレ・ベレーザで今シーズン、新たに取り組んでいることと関係がある。
「今までは自分のタイミングや欲しい場所でボールをもらうことが多かったんですが、相手との駆け引きを意識するようになりました。たとえば、左サイドにボールがあった時に、逆のセンターバックにわざと(マークに)つかせておいて、そこからもう一人の(センターバックの)背後に出れば、相手のタイミングが遅れる。チームで取り組んできたことが身になっていると感じました」(田中)
シーズン当初はなかなかゴールが決まらず、慣れない動きにストレスを感じているようにも見えたが、第5節からは5試合連続ゴールと、トンネルを抜けたようにゴールを量産している。このニュージーランド戦で見せた2ゴールにも、その取り組みの成果が現れていた。
駆け引きをゴールに結びつけるためには、出し手とのコンビネーションも重要になる。ニュージーランド戦の3ゴールは、出し手の中里、隅田、宇津木との呼吸もぴったり合っていた。
田中は元々、相手を背負った状態から左右にターンしてシュートを決める強力な得点パターンを持っている。強豪国相手にも通用する駆け引きを身につけられれば、代表でもゴールの引き出しが増えるに違いない。
【修正点と、次の目標】
守備面に目を転じると、流れの中からのピンチはほとんどなかった。それだけに、キャプテンの熊谷は、
「あの1点は本当にもったいなかったですね…」
と、CKから喫した失点に厳しい表情を見せた。
ニュージーランドにとっては、これしかない、という形だった。GKの山下が複数の相手に囲まれてブロックされ、身動きが取れない状況で、ピンポイントで入ってきたボールを外に弾き出せず、こぼれ球を押し込まれた形。おそらくニュージーランドは日本の守り方を研究し、対策を重ねたのだろう。CKになった流れもミスからだったが、最大の修正ポイントは「蹴られる前の準備」にあった、と熊谷は言う。
「ああいう(GKを囲む)やり方をしてくるチームはいっぱいあります。そうしてきた時の対応も考えていたのですが、マークを修正する時間が持てなかった中で、結局、ヤマ(山下)がブロックされてしまいました。後半は修正しましたが、点を取った次のプレーはもっと気を引き締めないといけなかった。ああいう失点をしていたら、本当に勝てる試合を落とすこともあるので、いい教訓にしなければいけないと思っています」(熊谷)
一方、熊谷は攻撃面でアイデアを多く出せたことを成果として挙げ、新しく呼ばれた若い選手たちについても「次のチャンスもしっかりつかんで、どんどんチームに食い込んでほしい」と、期待を込めた。
初めてなでしこジャパンのピッチに立った阪口萌乃と三浦は、与えられたチャンスを最大限に生かすべく、積極的なプレーを見せた。ゴールこそ奪えなかったが、2人とも会場を沸かせるシュートを打っている。
「チームが強くなっていくために、若手の力は絶対に必要だと思うので。時間は必要だと思いますが、積極的にチャレンジしていきたいと思います」(高倉監督)
来年のW杯に向け、高倉監督はまだまだ代表への門戸が開かれていることを強調した。
次にチームが集まるのは、7月末にアメリカで行われる4カ国対抗の「トーナメント・オブ・ネーションズ」。アメリカ、オーストラリア、ブラジルという、FIFAランク上位の3カ国と対戦する。昨年は1分2敗で3位だった。アジアチャンピオンとして乗り込む今大会で、この1年間の進化を見せてくれることに期待している。