ラ・リーガのクラブの国際戦略。ベティスの来日と日本で指導を行う意味。
フットボールは、国境を越える。
現在、カタール・ワールドカップが行われている。日本代表はベスト16での敗退が決定した。しかし、その健闘ぶりには各方面から称賛の声が届けられている。
その日本ともにグループステージ突破を決めたのがスペインだった。「昨日の敵は今日の友」ではないが、このW杯期間中にスペインのあるクラブが日本を訪れ、指導者交流やサッカークリニックを行っている。レアル・ベティス・バロンピエである。
ベティスの来日の狙いと目的とはーー。日本を訪れた国際ビジネス部門マネージャーのナチョ・ピニージャ氏、コーチングスタッフのアルバロ・セサル氏とハビエル・ロペス氏にインタビューを行った。
ーなぜ、いま、来日されたのでしょうか?
ナチョ:「私たちはスポーツ的プロジェクトについて考える時、訪れる場所の文化的嗜好や祭日を調べます。あるいは、学校のスケジュールなどです。子どもたちを教えることが多いですからね。そこで、日本という選択肢が出てきました」
ーワールドカップの期間というのも影響したでしょうか?
ナチョ:「そうですね。この時期はラ・リーガもストップしていますし、今大会ではスペインと日本の対戦もありましたからね。宣伝には良かったかなと思います。ベティスはグローバルな戦略に基づき、日本のマーケットを重視しています。日本では、サッカーは野球と同じくらい人気のあるスポーツです。また、日本のサッカーは成長していて、それは歴史を見ても明らかです。最近では、強豪国のドイツを2−1で下して話題になりました(※インタビューはスペイン戦とクロチア戦前)。ベティスの文化と日本の文化には似たところがあり、我々にとって日本は重要なマーケットのトップ3に入る場所です」
―ベティスと日本の似ているところは、どういった点でしょうか。
ナチョ:「私が感じるのは、日本の人たちは自分の考えに忠実だということです。自分たちの文化、哲学を大事にします。それはベティスと同じです」
「ベティスのサポーターは、良い時も悪い時も一緒にいます。セビージャでは、『祖父母から親、そして孫へ伝わっていく』といった表現があります。日本でも、そういった気持ちがあると思います。そのような文化が、ベティスのものと似ています。現在、我々の下で、セビージャに8人の日本人選手がいますが、彼らはベティスの何たるかを理解しています。そのことはベティスのコーチングスタッフがよく知っていると思います」
―今回のクリニックで指導する年代は?
アルバロ:「10歳から16歳ですね。50名ほどが今回のクリニックに参加する予定です」
―コーチングスタッフの皆さんは、日本の選手を指導した経験があるのでしょうか。
アルバロ:「この2シーズン、我々はベティスでインサイド・プログラムを行っています。何名かの日本人選手をスペインに呼んで、我々と共にトレーニングに励んでもらい、将来的にはヨーロッパのチームで活躍してもらいたいと考えています」
―そういった中で、日本の若い選手にどのような印象を抱いていますか?
アルバロ:「日本の選手たちは規律正しいです。また、ハードワークを厭わない。何より、非常に学ぶ意欲があります。練習が終わるごとに、向上するためにはどうすればいいかを質問してきます」
―日本の選手との間で言葉の問題を感じることはあるでしょうか?
アルバロ:「最初は、(スペインにきた選手に対しても)スマートフォンなどを使いながら、説明したりしていました。ですが、日本の選手たちはすぐに言葉を覚え、分かってくれます。3ヶ月間という短期間でスペインに来る場合でも、2ヶ月目からは我々のトレーニングのコンセプトを理解してくれます」
―現在の日本の代表や日本のサッカーについては、どう見ていますか?
ハビエル:「日本のサッカーは、日本の文化とリンクしています。生活面で非常に規律正しいように、ピッチ内でも規律を乱さずに動いています。そして、日本の選手はインテリジェントです。複数の状況を理解して、試合中の時間帯を意識できています。この前のドイツ戦でもそうでした。1点を奪われても、それを乗り越えていきました」
―ベティスには、以前、乾貴士選手が所属していました。彼のことを、どう見ていましたか。
ナチョ:「アカデミーのスポーツプロジェクトとして、我々が来日するのは初めてです。しかし、クラブとしては、イヌイの入団会見をするためにすでに日本を訪れています。選手という点では、これはコーチングスタッフの方がより詳細に語れると思いますが、適応に苦しみ不運でした。ですが、人間性という点では、ベティスに足跡を残したと思います。ロッカールームで、彼のことを悪く言う選手はいませんでしたからね」
ーキケ・セティエン(当時監督)の下で、何が難しかったのでしょうか?
アルバロ:「乾は(ロシア・)ワールドカップ後にベティスに加入しました。移籍金ゼロでの加入だったと思いますが、期待値は高かった。ベティコはみな、乾の加入を喜んでいました。突破力、1対1、スピード、多くをベティスにもたらしてくれました。ですが、彼にはもっと時間が必要だったと思います。あの頃のベティスは、連携を重視したフットボールを展開していました。乾の特徴はスピード、ダイアゴナルラン、1対1の突破でした。ポジショナルプレーを志向していたチームで求められるものが少し異なったのかも知れません」
―ベティスは乾を獲得してからグローバル戦略をより強化していったように思います。
ナチョ:「あるマーケットの選手を獲得した時、その周辺のサポーターが関心を抱いてくれるようになります。ベティスが(アンドレス・)グアルダードや(ディエゴ・)ライネスを獲得した際、メキシコでも似たようなことがありました。例えば、乾の場合、いま我々が滞在している場所の近くのサッカーショップで、3年〜4年前のベティスのユニフォームが売ってありました。また、観光地で写真を撮るためにベティスのエンブレムや旗を出した時、乾やホアキン(・サンチェス)の名前を叫んでくれる人たちがいましたね。選手の獲得は、インターナショナルな戦略の上で大事な要素になり得ます」
―SNSではベティスの日本語のアカウントもありますよね。
ナチョ:「その通りです。スペイン語、英語、日本語でソーシャルメディアを展開しています」
―Youtubeも非常に工夫されています。
ナチョ:「そうですね。幸運なことに、デジタル部門のコンテンツクリエイターで、我々は優秀な人材を抱えています。それは数字にも表れています。もちろん、ビッグクラブのものはすごいです。しかし、我々の数字が伸びているのは、ソーシャルメディア上のデジタルコンテンツのおかげです。最近では、ベティスのペーニャの方がセビージャを訪れて、ホアキンと知り合う動画を出しましたね。そういったコンテンツが関心を集めているのだと思います」
―ベティスが再び日本人選手を獲得する可能性はありますか?
ナチョ:「残念なことに、私はそのテーマに深く介入できませんが(笑)ただ、未来は分かりません。日本のフットボールは(世界に)数多くのタレントを輩出しています。タイミングが合えば、チャンスはあります。私にとっては、仕事がやり易くなりますから、歓迎するところです。グローバル戦略に基づいて言えば、そういった部分があるということです。スポーツプロジェクトにおけるベティスのアカデミーは日本ではワカタケ・グループとの関係があって成り立っていますし、ベティスのサポーターとクラブや元選手との話し合いの場を設けるといったイベントができるのはラ・リーガとの協定があるからです。ベティスは国際的に成長しています。実際、我々は昨年、『Brand Finance』で、スポーツ界で8番目の成長率を記録したクラブとして表彰されました。スペインでは(成長率は)トップでした」
―ラ・リーガ1部では現在、久保建英がレアル・ソシエダでプレーしています。
ナチョ:「久保は非常に特徴的な選手です。スペイン語ができるという点も大きいです。レアル・ソシエダだけではなく、ラ・リーガの人気が日本のマーケットで高まるために、プラスになるでしょう。スペインでも有数の魅力的なフットボールを展開するチームですし、イマノル・アルグアシル監督はラ・リーガで指折りの優秀な監督です。久保のソシエダでの成功を祈っています」
アルバロ:「ナチョが言った通りですが、スペイン語ができるので、適応に問題はありません。彼のパーソナリティというのが、ピッチ上で反映されていると思います。久保のプレーには喜びや大胆さが感じられます。ファンが楽しめるようなプレーを見せてくれます。ファンはそういうプレーを欲してスタジアムに足を運んでいますからね。適応の時期を乗り越えて、これからもっと活躍すると思います」
ハビエル:「ナチョとアルバロと同意見です。もう長くスペインでプレーしていますし、ラ・リーガの複数のチームでプレーしてきています。将来的にベティスでプレーする可能性も当然あると思います」
―久保は育成年代をスペインで過ごしています。
アルバロ:「例えば、私たち(ベティス)の方法論は時間を必要とします。今回のクリニックでは3日間ですが、本当はもう少し慣れていく時間が必要です。1回のトレーニングより、定期性を、という意味です。久保のケースでは、(幼少期に)そういったものが彼の中に入ったのだと思います。事実、私たちの方法論は個人に合ったコンセプトを備えた選手を育成することと紐付いています。それが、どのチームでも高いパフォーマンスを発揮するために必要だからです。久保の例は、私たちにも当てはまると言えるかも知れません。インサイド・プログラムから出てきた2人の選手が、来年2月からベティスのカンテラでトレーニングに参加するからです」
ハビエル:「久保がスペインで育成年代を過ごしていなければ、現在のような選手にはなっていないかも知れません。方法論を備えるスペインやヨーロッパのトップクラブで、育成年代において指導を受けることはプロの選手として活躍するために大事な要素になります。久保の場合、バルセロナでそういった指導を受けたのは大きかったと思います」
―久保は技術のある選手ですが、立ち位置の良い選手でもあります。それはスペインでの指導と関係があるのでしょうか?
アルバロ:「その通りですね。それはまさにスペインの育成年代で身についたのだと思います。昨年、セビージャでトレーニングをしていた、ある日本の選手がいました。テクニック、敏捷性、スピード、1対1、そういった能力を備えている選手です。ですが、彼の年代のスペインの選手と比較すると、高いパフォーマンスを発揮しているとは言えませんでした。なぜなら、『いつ』『どのようなタイミングで』能力を生かすべきかを知る必要があったからです。スペースの認知、味方や敵との位置関係、状況把握、チームのプレーモデルを理解した上でプレーしなければいけません。正確な認知を筆頭に、重要な要素を持っていなければチームで活躍はできません。サッカーはチームスポーツですからね。久保のバルセロナでの経験は、そういった重要な要素を手に入れるために助力になったはずです。そして、それは私たちが今やろうとしていることもであります」
ナチョ:「先週、ベティスのフットサルチームの活動の前に、イベントで大会が行われました。そこに、日本の子どもたちを一つのチームとして招待しました。彼らは本格的なフットサルの経験はありませんでしたが、見ていたスペインの人たちはピッチ上で規律正しく動く日本の子どもたちに驚いていました。先ほど述べた通り、そういったものは日本の文化にリンクしていると思います」
―今回のクリニックに期待するものはなんでしょうか?
ナチョ:「最初の種になって欲しいですね。将来的には日本にアカデミーをつくれたら、と思っています。ほかのクラブでやっているところはありますから、ベティスにできないことではありません。コーチングスタッフが語ったような方法論やクラブの価値というものを伝えるためにも、アカデミーをつくれたらいいですね」
ハビエル:「スポーツ的側面に関して言えば、限られた時間のなかでも、できるだけ多くを学んで欲しいと思います。それを持ち帰って、次に役立てて欲しいです。そして、彼らに少しでもベティコになって欲しいですね(笑)」
アルバロ:「目的が果たされ、アカデミーができたらいいですね。週毎にこちらからセッションの内容を送り、ビデオでチェックして、可能な時に来日して修正していく。シーズンを通じてそういう風にできれば、育成年代でのベースというのは間違いなく上がると思います」
―ベティスは、今後、日本とどのような関係を築いていくのでしょうか?
ナチョ:「ここまで築いてきたような関係を続けていきたいです。しかし、まだ始まったばかりです。サッカーだけではなく、女子サッカー、フットサル、バスケット、eFootballを含めて、日本と共に成長していきたいです。我々はそこに投資をしていくつもりです」