ネコの「ゴロゴロ」は飼い主を操るため? いまだ解明されていない「ゴロゴロ」のメカニズムと目的とは
ネコ(イエネコ、Felis cutus)に癒やされる人は多いが、ネコのほうもゴロゴロと喉を鳴らしている時はヒトに癒やされているようにも思える。あのゴロゴロ、メカニズムも理由も実はよくわかっていない。
ライオンはゴロゴロ喉を鳴らさない
ネコ科は大きくネコ亜科とヒョウ亜科に分けられる。この分類法によれば、ネコ亜科にはチーター、オオヤマネコやリビアネコ、ヨーロッパヤマネコなどのヤマネコ、オセロット、サーバル、ピューマなどが、ヒョウ亜科にはライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー、ユキヒョウがいる。
ライオンやトラなど咆哮できる大型のヒョウ亜科もゴロゴロを出すことがあるが、ネコ亜科のゴロゴロとは異なった音声の出し方になる(※1)。
ネコ科の動物が喉をゴロゴロ鳴らす音、英語では「purr」といったり「gurgle」といったりする。英文を読んでみると、どうやら前者は家畜のネコなど小型のネコ科のゴロゴロをさし、後者はライオンなど大型のネコ科のゴロゴロをさすようだ。
ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガーといった大型のヒョウ亜科は咆哮(roar)することができるが、小型のネコ亜科は咆哮する代わりにゴロゴロを発する。イエネコなどは呼吸で息を吐く時と吸う時にゴロゴロを出すが、ライオンなどでは呼吸を吐く時にしかゴロゴロが出ない(※1)。
舌骨の機構が違うのか
小型のネコ亜科はゴロゴロをどうやって出しているのか、またライオンなどのヒョウ亜科と解剖学的にどう違うのかは長く論争になってきた。ゴロゴロの発生メカニズムについて多くの仮説があるが、どうやらネコ亜科とヒョウ亜科の喉の構造の違いによって生じるという説が有力だ。
舌骨を吊り下げて舌につながるサスペンションのような懸架機構(Hyoid apparatus)が、ヒョウ亜科とネコ亜科で異なり、ヒョウ亜科はこの機構が弾性のある靭帯になっているのに比べ、ネコ亜科は固定した骨化(Ossiied)になっているからという説がある(※2)。
舌骨に弾力があるヒョウ亜科は咆哮でき、ネコ亜科は舌骨の懸架機構が骨化しているので咆哮できない。そして、ネコ亜科のゴロゴロは筋肉の痙攣と収縮によって起きるが、ヒョウ亜科の舌骨ではこうした運動がしにくいというわけだ。
あるいは、咽頭麻痺のネコではゴロゴロを発することができないことから、ゴロゴロは筋肉の痙攣や収縮ではなく、咽頭の声帯で発生させているのではないかという説もある(※3)。この場合、声帯を振動させ、ゴロゴロを出していることになる。
いずれにしてもネコ亜科の舌骨の仕組みがわかっただけで、どうやってゴロゴロいわせているのか、まだはっきりとはわかっていないようだ。
ゴロゴロの周期と筋電位(筋肉の活動電位)を測定する筋電図(ElectroMyoGraphy、EMG)の規則的なパターンを比べた1970年代の研究によれば、咽頭の筋肉と吸気による横隔膜の非同期的な動きによってゴロゴロが発生するといい、この周期的な動きは中枢神経系からの振動メカニズムによるものではないかという(※4)。
ただ、分子生物学的に分類されているネコ亜科とヒョウ亜科では、ヒョウ亜科のユキヒョウ(Panthera uncia)で舌骨の懸架機構が不完全に骨化していてゴロゴロを出し(※5)、ネコ亜科のサーバルとヒョウ亜科のトラの喉の筋肉機構がよく似ていたりする(※6)。つまり、ネコ科はゴロゴロの有無で分類されてはいないというわけだ。
ゴロゴロで飼い主を操っているのか
では、小型のネコは、なぜゴロゴロを出すのだろう。
一般的にネコは、快適で安心した状態の時にゴロゴロを出し、呼吸数は約93%増える(※4)。この時のゴロゴロ音の周波数は26.3プラスマイナス1.95ヘルツだ(※3)。
同時に、怪我をしたり怯えたりする時や出産で苦しい時に喉をゴロゴロ鳴らすことがある。怪我を負った時のゴロゴロ音を分析した研究によると、この場合の周波数は25ヘルツと50ヘルツという低周波が主で、この周波数帯は骨折などを早く治癒することが知られ、ネコのゴロゴロは癒やしの効果があるのではないかという(※7)。
だが、ゴロゴロを出す時にはそうでない時より呼吸が早くなり、エネルギーが必要になるのでコストがかかる(※1-1)。家畜化されたイエネコ以外のネコ亜科でもゴロゴロを出すため、イエネコが飼い主からより餌をもらうためにゴロゴロ音を出すよう進化したのだろうか。
最近の研究によれば、イエネコのゴロゴロは他のネコ亜科にはない種類の周波数が含まれているという。この特殊な音によって、ネコはヒトの聴覚に影響を及ぼし、保護意欲を無意識に駆り立てているというのだ(※8)。
イエネコの鳴き声には他に「ニャー」というものがあるが、これも飼い主の気を引くために出していると考えられている。ただ、ネコとヒトとの間にはかなり大きなコミュニケーションの隔たりがあるようで、ゴロゴロにせよニャーにせよ、我々はその真の意図を理解することはできていない(※9)。
このようにネコのゴロゴロはまだ未解明の部分が多い。ただ、喉ではなく腹部から普段は聞こえないゴロゴロした音が出たら、消化器官の障害や消化不良、寄生虫がいる危険性があるので獣医師に相談したほうがいいだろう。
※1-1:G Peters, "Purring and similar vocalization in mammals" Mammal Review, Vol.32, No.4, 245-271, 2002
※1-2:Robert Eklund, et al., "An acoustic analysis of purring in the cheetah (Acinonyx jubatus) and in the domestic cat (Felis catus)" Lund University, 2010
※2-1:M H. Hast, "The larynx of roaring and non-roaring cats" Journal of Anatomy, Vol.163, 117-121, 1989
※2-2:Gerald E. Weissengruber, et al., "Hyoid apparatus and pharynx in the lion ( Panthera leo ), jaguar ( Panthera onca ), tiger ( Panthera tigris ), cheetah ( Acinonyx jubatus ) and domestic cat ( Felis silvestris f. catus )" Journal of Anatomy, Vol.201, Issue3, 195-209, 2002
※2-3:Gerald E. Weissengruber, et al., "Anatomical Peculiarities of the Vocal Tract in Felids" Anatomical Imaging, 2008
※3:Dawn E. Frazer Sissom, et al., "How cats purr" Journal of Zoology, Vol.223, Issue1, 67-78, 1991
※4:J E. Remmers, H Gautier, "Neural and mechanical mechanisms of feline purring" Respiration Physiology, Vol.16, Issue3, 351-361, 1972
※5:Helmut Hemmer, "Uncia uncia" Mammalian Species, Issue20, 1-5, 1972
※6:Rui Diogo, et al., "The Head and Neck Muscles of the Serval and Tiger: Homologies, Evolution, and Proposal of a Mammalian and a Veterinary Muscle Ontology" Tha Anatomical Record, Vol.295, 2157-2178, 2012
※7:Elizabeth von Muggenthaler, "The felid purr: A healing mechanism?" The Journal of the Acoustical Society of America, Vol.110, 2666, 2001
※8:Karen McComb, et al., "The cry embedded within the purr" Current Biology, Vol.19, Issue13, R507-R508, 2009
※9-1:John W.S. Bradshaw, "Sociality in cats: A comparative review" Journal of Veterinary Behavior, Vol.11, 113-124, 2016
※9-2:Emanuela Prato-Previde, et al., "What’s in a Meow? A Study on Human Classification and Interpretation of Domestic Cat Vocalizations" animals, Vol.10(12), 2390, doi.org/10.3390/ani10122390, 2020