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「パナマ文書」で“悪”とされた「タックスヘイブン」より、本当は政府のほうが“悪”である

山田順作家、ジャーナリスト
麻生副総理まで「G20」でタックスヘイブンの課税逃れ対策強化を提唱(写真:ロイター/アフロ)

■一般国民の嫉妬心をあおる報道は正しいのか?

「パナマ文書」の報道が始まってから、「タックスヘイブンは悪」というイメージが一般に広がっている。文書に名前があっただけで「怪しい」とし、これまでメディアはこぞってグローバル企業、富裕層、有名人を批判してきた。さらに、グローバル企業による「租税回避」に関しても、「抜け道を防げ」と訴えてきた。

このような報道姿勢は一見して正しいことのように思える。なぜなら、一般国民は真面目に納税しているのに、一部の富裕層やグローバル企業だけが租税回避によりトクしていると考えられるからだ。

しかし、このようなある意味で一般国民の嫉妬心をあおる報道は、じつは一般国民の自由を奪い、国家による徴税という「暴力」を加速させる。つまり、一般国民のためとしながら、一般国民のためにならない。

たしかに、テロや暴力組織のマネーロンダリング(資金洗浄)は防がなければならい。また、税金を決める側の政治家がいくら合法的とはいえタックスヘイブンを利用して節税するのは、倫理的に許せない。

しかし、かといって、それ以外のタックスヘイブン経由の投資や、節税などを厳しく取り締まることは、いまのグローバル経済を破壊し、さらに人権や自由を奪うことになる。

■情報提供者もICIJもみな「怪しい」

だいたい、パナマ文書を提供した「ジョン・ドウ」(匿名人物の一般的な言い方)の理屈からして怪しい。彼は「富裕層の腐敗が資本主義を崩壊させる」と、告発のためにパナマ文書を南ドイツ新聞に渡したというが、それが本当の目的なのかどうか検証できていない。また、文書を公開してきたICIJ(国際ジャーナリスト連盟)にしても、資金提供者などをたどれば、これが本当に世界の人々のために活動しているのかどうかも怪しい。

先の伊勢志摩サミットでもタックスヘイブン問題は取り上げられ、さらに日本政府も政府税制調査会の国際課税ディスカッショングループで、この問題を討議してきた。

すでにOECDは、タックスヘイブンを通じた国際的な租税回避を防ぐための「共通報告基準」(CRS:The Common reporting Standard)を決め、この実施に入っている。また「税源浸食と利益移転」(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting、ベップス)プロジェクトを進めている。

日本の取り組みはこれらの動きに呼応したものだが、これらが一般国民にいったいなにをもたらすのかという視点は欠いている。

■誰でも簡単に利用できるタックスヘイブン

まずタックスヘイブンが、メディアが言うように「富裕層だけがトクできる」ということ自体が誤りだ。

なぜなら、タックスヘイブンにペーパーカンパニーをつくる、オフショア口座をつくることなど、サラリーマンだろうと中小企業だろうと、簡単にできるからだ。

たとえば、ペーパーカンパニーをつくるのに必要な書類は、パスポートと住所証明ができる書類くらいで、日本においても行える。タックスヘイブンにあるエージェントにそれらの書類を郵送すれば、現地にある税理士事務所、会計士事務所などを経由して1000ドル〜3000ドルほどできてしまう。オフショア口座も同じだ。

次に、タックスヘイブンを利用したグローバル企業の取引や投資を規制してしまうと、現在のグローバル資本主義は減速し、世界経済は悪化する。なにしろ、世界の投資資金の半分はタックスヘイブン経由である。したがって、タックスヘイブンにあるペーパーカンパニーやホールディングカンパニーの租税回避を規制強化すれば、グローバルビジネスは大打撃を受け、そのツケは必ず各国の一般市民に及ぶ。

■税金は個人の自由、財産権を侵すもの

日本のメディアは「自由と人権」、あるいは「国家と個人」ということを根本的にわかっていないのではないだろうか? その結果、税金というものが「個人の自由」、すなわち「財産権」を侵すものだという認識がない。

まず、税金というものをどう捉えるかだが、それは国家による個人の財産の泥棒行為だ。民主国家においてでも、人々は喜んで税金を払っているわけではない。

まして、独裁国家や強権国家では、税金は国民を支配するための手段だ。

そこで、OECDという国家が集まった国際組織を考えると、これが各国の国民の意思、利益を代表しているとは言い難い。OECDが進めている「CRS」や「BEPS」は、加盟国で協定を結んで、その外にある国家や地域を従わせ、各国の税収を上げようとしているだけからだ。

つまり、これが民間組織なら、OECDは「国際カルテル」で、独禁法違反である。

しかし、国家が定める法と国際取り決め以上の権力はこの世に存在しないから、許されている。誰も抵抗することはできない。もしOECDのような国際組織に 、民主国家とは言えない中国などが入ったらどうなるか考えてみてほしい。その国の税は国民ではなく独裁権力を持つ国家が決めている。

現在、OECD加盟国はアメリカと欧州諸国を中心に34カ国。ロシアは加盟申請中で、中国、インド、ブラジルなどは単なるパートナー国だ。

■政府の迫害から逃れ自由を得る場所

国家権力が「善」だと思っているのは、日本人だけかもしれない。それがたとえ国民の意思を代表する民主国家であろうと、官僚が絶大な権限を持ち政治家が腐敗してしまえば、国家は国民の敵である。

そして、国家は税金によって成り立っている。だから、重税や酷税は、国民を徹底的に苦しめ、経済発展を削ぎ、国民の自由を奪う。現在でも「重税国家」である日本で、再度の消費税の増税など論外だ。

歴史を見れば、悪政や重税に苦しんだ人々は、その国から逃亡した。それ以外に自由と財産を守れなかったからだ。つまり、タックスヘイブンに財産を移すことは、政府の迫害から逃れ、自由を得る道とも言える。

これは、欧米各国が歴史的に築いてきた「価値観」であり、それに照らせば、タックスヘイブンがあることは意味がある。

■スイスは国家の悪政から逃れる「自由の地」

スイスの銀行がアメリカのIRS(内国歳入庁)に屈するまで、顧客の口座情報を守ったことは、財産保護ばかりか、人権の面からも意義あることだった。もし、スイスがそれをしてこなかったら、第二次大戦のとき、ユダヤ人の財産はすべてナチスドイツに没収され、ホロコーストはもっと悲惨なものになっただろう。

スイスはその意味で「自由の地」だった。また、このようなスイスの秘密口座システムは、冷戦時に共産主義に迫害された人々の財産と自由を守った。

さらに、もっと歴史をさかのぼれば、アメリカが英国から独立するきっかになったのは、英国が植民地に課した「印紙税」である。つまり、国家が課す重税から逃れる地は世界のどこかに存在しなければならない。

■マネーがなければマネーゲームはできない

現在、タックスヘイブンには、世界中の金融機関やヘッジファンドが拠点を置いている。そこを通して、マネーゲームが行われ、それが世界中の人々を苦しめている。その結果、格差が拡大し、富裕層はますます富み、庶民はますます貧しくなっていると、日本のメディアは言う。

しかし、本当に悪いのは国家、政府のほうだ。マネーゲームをやっている投機家たちではない。アメリカの金融がこうなったのは、そもそもはグラス・スティーガル法を骨抜きにしたからだ。

そして、数々のバブルを生み出したてきたのも、政府である。なぜなら、マネーゲームはマネーがなければできず、そのマネーを市場に大量に供給したのはFRBはじめとする各国の中央銀行だからだ。

量的緩和などという非伝統的政策は、昔はなかった。ジャブジャブのマネーがなければ、いくら金融機関やファンドとはいえ投資も投機もできない。つまり、悪いのはそういうマネーが経由していくタックスヘイブンではなく、まして、日本のメディアが毛嫌いする「新自由主義」でもない。マネーそのものを供給した政府のほうである。

しかし、なぜか日本のメディアもエコノミストも、このことを言わない。

■2016年から実施された「CRS」とはなにか?

ところで、前記したOECDによる「CRS」は今年から、以下の国々で導入されている。そのなかには、BVI、ケイマン諸島、マン島など有名なタックスヘイブンが含まれている。

アンギラ、アルゼンチン、バルバドス、ベルギー、バミューダ、BVI、ブルガリア、ケイマン諸島、コロンビア、クロアチア、キュラソー、キプロス、チェコ、デンマーク、ドミニカ、エストニア、フェロー諸島、フィンランド、フランス、ドイツ、ジブラルタル、ギリシャ、グリーンランド、ガンジー、ハンガリー、アイスランド、インド、アイルランド、マン島、イタリア、ジャージー、韓国、ラトビア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルグ、マルタ、モーリシャス、メキシコ、モントセラト、オランダ、ニウエ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ロマーニャ、サンマリノ、セーシェル、スロバキア、スロベニア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、トリニダード・ドバゴ、トゥルク・カイコ諸島、イギリス

これらの国にある銀行、証券会社、保険会社などの金融機関の口座情報は開示され、OECD加盟国とCRS導入国の税務当局で共有されることになる。

開示される情報は、(1)投資家の名前、住所及びタックスID (2)法人または団体の名称、住所 (3)口座番号もしくは同様な認識機能 (4)報告金融機関(投資家の情報を提供する金融機関)の名称及びID (5)口座残高もしくは口座バリュー、支払われた利子、となっている。

ところが、ここに日本が入っていない。日本は、以下の国とともに、2017年1月からの導入となる。

アルバニア、アンドラ、アンティグア・バーブーダ、アルバ、オーストラリア、オーストリア、バハマ、ベリーズ、ブラジル、ブルネイ王国、カナダ、チリ、中国、クック諸島、コスタリカ、ガーナ、グレナダ、香港、インドネシア、イスラエル、日本、マーシャル諸島、マカオ、マレーシア、モナコ、ニュージーランド、パナマ、カタール、ロシア、セント・キッツ・ネイビス、セント・ルシア、セント・ビンセント・グレナディーン、サモア、サウジアラビア、シンガポール、セント・マーチン、スイス、トルコ、UAE、ウルグアイ

■言い出しっぺのアメリカがCRS導入を拒否

このように、CRS導入で、今後、租税回避の抜け道は塞がれていくだろう。これは仕方のないことだ。しかし、もっとも重大な問題は、このCRS導入を世界最大のタックヘイブン国であるアメリカが拒んでいることだ。

アメリカは「外国口座税務コンプライアンス法」(FATCA:Foreign Account Tax Compliance Act、ファトカ)をつくり、それとともにCRSの言い出しっぺになりながら、国内法を楯に導入しようとしていない。今後、トランプ氏かヒラリー・クリントン氏のどちらが大統領になろうと、この姿勢は変わらないだろう。

とすると、ドルが世界の基軸通貨である以上、現在、タックヘイブンにある富のほとんどは最終的にアメリカ政府の国庫に入ってしまうことになる。

最後に、メディアやお目出度いエコノミストが憤っている「格差の拡大」だが、一部の人々がほかの大勢の人々より豊かであることを是正したいなら、一部の人々から税金を多く取ることでは解決しない。まして、その解決法が「規制強化」なら、一般国民を苦しめるだけだ。

解決法があるとするなら、それは自由の拡大であり、制限ではない。とくに、政府のよけいな活動を減らすことだ。誤った経済政策をやり、さらに増税するというような政策を、メディアの偏向報道によって容認していると、私たちは自分で自分の首を絞めることになる。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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