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無敗で牝馬二冠。デアリングタクト偉業達成の裏で陣営が切ったカードとは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
オークスを制したデアリングタクト(撮影;日刊スポーツ/アフロ)

連勝街道を進む裏で……

 2004年、イチローがMLBのシーズン最多安打記録を更新した。その際、84年前にジョージ・シスラーが作った記録が連日、紙面に踊ったように、偉大な記録は歴史を掘り返す。24日にオークス(G1)を制したデアリングタクト(牝3歳、栗東・杉山晴紀厩舎)もそう。このオークスの勝利は、1957年のミスオンワード以来63年ぶりとなる無敗での桜花賞、オークスの二冠制覇となった。

撮影;高橋由二
撮影;高橋由二

 2019年11月にデビュー。新馬戦で強い勝ちっぷりをすると、2戦目のエルフィンSも楽勝。道悪の上、強敵相手となった桜花賞でも素晴らしい末脚を披露。3戦全勝で桜の女王に輝いた。そんな数字だけを見ていると船出からここまでいかにも順調に思えるが、優雅に泳ぐ水鳥が水面下で足を激しく動かしているように現場は必ずしも順風満帆というわけではなかった。

 「初戦は大人しかったのですが、一度使われたことで2戦目はイレ込んでしまいました」

 こう語るのは手綱を取った松山弘平だ。管理する杉山は「2戦目で気負う馬はよくいること」と言いながらも、続く1戦で手を打った。

 「エルフィンSまでは着けなかったメンコ(耳覆い)を桜花賞ではスタート前のゲート裏まで着けました」

 当時は、1週前追い切りの時点でもテンションが高く、うまく併せ馬を消化出来なかった。そんな事もあり、万全を期したのだ。もっとも、相手は生き物の馬である。なかなか一朝一夕には進まない。「桜花賞当日もうるさくなってしまいました」と松山。それでも結果は優勝したのだが“勝ったから良い”というのではなく、指揮官はオークス当日も新たなカードを切ってみせた。

 「桜花賞後はとにかく気負わせないようにもっていく事を課題にしました」

 調教師のその気持ちは中間の数字にも表れた。まずは短期放牧に出した。栗東に戻されると直前は2週連続、単走で追われた。最終追い切りは坂路で半マイル55秒フラット。樫の女王を目指した全18頭の中でも後ろから数本指に入る遅い時計だ。東京競馬場には前日の土曜日に入ると、当日も策を講じた。杉山は言う。

 「桜花賞同様、ゲート裏までメンコを着けたのですが、今回は更に万全を期して耳の部分だけ二重になっているモノを装着しました」

 また、鞍上もリクエストを出した。松山は言う。

 「イレ込みやすいから返し馬も自分のペースで出来るように馬場入れを最後にしてもらいました」

 この要望を受けて、杉山はもう一手先を打った。

 「馬場入れを最後にするためにパドックで待たせるとその間にイレ込みがキツくなる可能性があります。だから装鞍所を出す時点で最後尾にさせてもらいました」

 当然、パドックも最も後ろを歩かせた。お陰で馬場入りを最後に出来たため他馬に惑わされることなく鞍上の考えた通りのリズムで返し馬をこなせた。ゲート裏で予定通り二重メンコを外した後、ゲートイン。これらの成果もあって好スタートを切れた。しかし……。

栗東でのデアリングタクトと管理する杉山。撮影;高橋由二
栗東でのデアリングタクトと管理する杉山。撮影;高橋由二

厳しいレースを乗り越えた先の偉業

 「スタートは出たけどマークが厳しくて下がってしまいました。最初のコーナーでも他馬と接触したし『これは厳しいか?!』と思いました」

 杉山は序盤のデアリングタクトをみて、そう感じていた。同じ時、鞍上は次のように考えていた。

 「1~2コーナーでぶつかる場面がありました。無理に突っ張るのは良くないと思い、下げました」

 そのため調教師が言うように厳しい位置での競馬となった。しかし、今年に入って重賞を6勝、ここまでデアリングタクトの全レースで手綱を取っている鞍上は慌てて動くようなマネはしなかった。4コーナーをカーブして直線へ向く。勝負どころでは外へ出せないとみるやすかさずインに切り替えて進路を探した。この判断も早かった。ただ、この時も杉山の心中は穏やかではなかった。

 「苦しい競馬を強いられました。正直、この段階では『勝つのはもう無理かな……』とも思いました」

 ところが諦めるのはまだ早かった。インへいざなわれた無敗の桜花賞馬は狭いところを割ってただ1頭、違う脚色で伸びて来た。そして、先に抜け出した赤と黒の縦縞の勝負服2頭をゴール前できっちりと捉えると、次の刹那、63年ぶりの無敗の牝馬クラシック二冠馬が誕生した。

 17年のアルアイン、そしてこの春の桜花賞に続きこれが自身3度目のG1制覇となった松山は言う。

 「僕自身初めて1番人気でのG1制覇なのでホッとしたし、嬉しいです」

 冷静な手綱捌きと思えたが、杉山は同意しながらも次のようにも語った。

 「厳しくマークされて、あれより仕方ないという形でもあったのだと思います」

 これを裏付けるように松山が言う。

 「馬の強さに助けてもらいました」

 そして、更に続ける。

 「桜花賞に比べ、馬が落ち着いていました。杉山先生始め、厩舎の皆さんに感謝です」

 陣営は桜花賞までの3連勝という結果に満足することなく、石橋を叩いて渡る姿勢をみせた。そんな努力が結実し、63年ぶりに歴史が動いたという事だろう。秋には新たな歴史が刻まれるよう期待したい。

オークスを制したデアリングタクトと松山。撮影;高橋由二
オークスを制したデアリングタクトと松山。撮影;高橋由二

(文中敬称略)

*なお、今回の取材は電話で行いました。お忙しい中、お時間を割いてくださった杉山師、松山騎手に感謝いたします。

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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