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「公文書はみんなのもの」 英国国立公文書館で世界の歴史に触れる ――画像で見る館内

小林恭子ジャーナリスト
ロンドン南西部キューにある、英国国立公文書館(筆者撮影)

 (ハフィントンポスト・ジャパンに掲載された、筆者のブログ記事に若干補足しました。)

 昨年来、日本では公文書管理についての議論が活発化している。

 南スーダンに派遣されていた自衛隊員による日報が当初「破棄済み」とされていた事件や、森友学園問題、加計学園問題でも公文書の所在が大きくクローズアップされた。

 英国では政府公文書をどのように管理しているのだろうか?

 筆者は数か月前から、英国の国立公文書館(The National Archives=TNA)に足しげく通うようになった。

 訪問の頻度が増えると、非常に使い勝手が良い場所として実感するようになった。

 使うほどに、あるメッセージが明瞭になってくる。それは「公文書はみんなのもの」だ。そのサービスの端々からこのメッセージがにじみ出た。

 英公文書館のこれまでとその使い勝手を記してみたい。

19世紀半ばから、本格的管理に動く

 ロンドン南西部キューにある英公文書館の前身は「パブリック・レコード・オフィス(Public Record Office=PRO)」で、設立は19世紀半ばになる。1830年代から、公文書の保管をどうするかについて、識者の間で本格的な議論が始まった。

 公文書館に収められている文書の中で、最も古いものは11世紀の土地台帳だ。これは「ドウームズデー・ブック」とも呼ばれている。「ドウームズ・デー」とは「最後の審判の日」という意味だが、それはこの土地台帳が税金の支払い額を決定する最終的な書類の役目を果たしたからだ。

 当初、様々な政府の(つまり王室の)書類は財宝と同等に扱われ、大きな箱に財宝と一緒に入れられて、国王が各地を回る時にはこの箱と一緒に移動した。

 官僚制度が発達してくると、書類はロンドン・ウェストミンスターに保管されるようになった。ウェストミンスターには寺院など宗教的な建物がいくつもあり、書類の保管に適していたからだ。ちなみに、ウェストミンスター宮殿には、現在、英国の国会・議場が置かれている。

 中世の時代の財務府(現在の財務省)の書類は、羊皮紙に羽ペンで書かれたもので、くるくると巻いて保管した。横から見ると「パイプ(管)」に見えるので、「パイプロール」と言われている。公文書館には大量のパイプロールが保管されている。

筒状に巻かれたパイプロールは袋に入れられ、書庫にこのように置かれていた(筆者撮影)
筒状に巻かれたパイプロールは袋に入れられ、書庫にこのように置かれていた(筆者撮影)

 公文書をきちんと保管しようという動きが出てくるのは18-19世紀頃で、1830年代に調査委員会が立ち上げられた時には、「羊皮紙がくっついてしまい、読めなくなった」パイプロールは珍しくなかったという。

原本が簡単に見られる場所

 英国の公文書館で驚くのは、歴史上重要と思われる様々な公文書の原本が、原則、直ぐにかつ手に取って閲覧できることだ。

 原本閲覧には読者カードを作ることが必要となるが、身分を証明できるものを持っていくと、その場で作成してもらえる。

 原本の毀損を防ぐため、一部の古い文書は複製化(先の「ドウームズデー・ブック」)やデジタル化(法の支配を定めた13世紀の文書「マグナ・カルタ」)されている場合があるが、そのほとんどを実際に手にして、触ってみることができる。

 白い手袋をはめる必要もほとんどない。公文書館の職員に聞いたところによると、手袋の繊維が原本を傷つける可能性があり、素手の方が良いという。

 こうして、筆者はパイプロール、「タリー・スティック」(割りばしに傷をつけたような棒、税金の支払い記録などに使われた)、地図、ポスター、写真、閣議記録、落書き、布見本、手袋、一房の髪の毛、そのほか様々な「文書」を実際に見ることができた。

 「文書」と言っても紙だけではなく、公のために作成された様々な事物も入る。ネット時代の現在はウェブサイトや電子メールもその一部だ。

 歴史的な文書を目にしたとき、当時の人々の感情や思いが伝わってくるように感じたことが何度もあった。

 例えば、ヘンリー8世(在位1509-47年)の離婚証明書だ。離婚と結婚を繰り返し、その内2人を処刑した冷酷無比の国王として知られるが、最初の離婚に向かった理由は「男子の世継ぎを作りたい」という強い思いだった。妻キャサリンを嫌っていたわけではなかったが、男児を産めないのでは次の治世を安定化できない。背に腹は代えられないと思ったようだ。

 当時、キリスト教(ローマ・カトリック教会)の下で離婚は許されなかった。何とか抜け道を探ろうとしたが、失敗。ヘンリーは、とうとう、離婚をするために自分をトップに置く国教会を作ることにした。

 西欧ではキリスト教が社会のすべてを牛耳っており、ローマ・カトリック教会からの離脱は前代未聞の出来事であった。英国内のカトリック教会は財産を没収され、聖職者は職を追われた――国教会の聖職者として忠誠を誓うしか生き残る道はなかった。

 ヘンリーは、妻キャサリンの侍女アン・ブーリンと結婚するため、キャサリンとは離婚したことを示す書類が必要になった。

 筆者はこの書類を取り寄せてみた。ちょっとごわっとした紙につづられた、当時の聖職者のトップらによる離婚通知書である。

 「このたった一枚の紙きれが・・・」。筆者は写真を撮るために広げた紙の端に触れながら、そう思った。

 3年後、ブーリンは男児を産むが、死産。数か月後には姦通罪などで逮捕され、処刑された。

 ヘンリーの時代を少し遡った13世紀に作成された、財務府のある文書も興味深い。

 文書は一冊の本としてまとめられており、ところどころ、頁の端には絵文字が描かれていた。一瞥して中身が分かるようにするためのものだったようだが、いかにも私たちが今携帯電話で使う「エモジ」にそっくりだった。絵文字を描きながら、一体何を思ったのか。一種の気晴らしになった、ということはないのだろうか。数世紀も前の財務府の官僚が、一瞬にして、身近に感じられた。

原爆被害の様子を読む

 日本関連で最も衝撃を受けたのは、1945年に広島と長崎に原爆が投下され、その3か月後に英国調査団が現地調査をした際の報告書だった。

 外からやって来た人が、広島と長崎で何を見たのか。

 科学者が主となる調査団は、原爆による打撃、建物の倒壊の様子をイラストや地図、写真をたくさん使って伝えた。

 報告書の中にある数々の写真を目にし、犠牲者の様子を伝える文章を読むのはつらかった。

 この報告書もそうだが、公文書は英国にいる人に向けて作られているので、閲覧することで日本が他国からどう見られていたのか、観察されていたのかが分かって来る。外国の公文書に触れるときの、醍醐味の1つだ。

公に開かれている文書

 英国の国立公文書館には約600人が働き、収蔵資料をもし積み上げたら、160キロメートルになると言われている。日本の国立公文書館では約50人が働き、所蔵量は約60キロメートルと聞いている。新国立公文書館の建設で、より増えることになるのだろうと思う。

館内のコンピューターから閲覧申請できる(筆者撮影)
館内のコンピューターから閲覧申請できる(筆者撮影)
申請したファイルを職員は閲覧者のデスク番号の棚に入れる(筆者撮影)
申請したファイルを職員は閲覧者のデスク番号の棚に入れる(筆者撮影)
書庫に置かれている、ファイル箱の数々。箱は耐火・耐水性の特製の紙を使っている(筆者撮影)
書庫に置かれている、ファイル箱の数々。箱は耐火・耐水性の特製の紙を使っている(筆者撮影)

 

書庫ツアーで職員が布見本を見せる(筆者撮影)
書庫ツアーで職員が布見本を見せる(筆者撮影)

 冒頭の英国の公文書館には「公文書はみんなもの」というメッセージが根付いていると書いたが、公文書館に実際に行ってみると、この点を多くの人が納得するだろうと思う。

 例えば開館時間については、日月が休みだが、他の日は午前9時から午後5時まで、そして火曜と木曜は午後7時まで開いている。車で来た場合、駐車料は無料だ。

 中に入ると、すぐ右手に本屋があり、その隣の「キーパーズギャラリー」と呼ばれるコーナーでは、代表的な公文書のいくつかが展示されている(ただし、5月まで一時的に閉鎖中)。

 原本を見るために読者カードをその場で作ってもらえると先に紹介したが、読者カードがなくても、館内のコンピューターを使って、様々な調べ物ができる。館内には家系図を調べるためにやってくる人も多い。

補修途中の様子(筆者撮影。昨年秋の「オープンデー」にて)
補修途中の様子(筆者撮影。昨年秋の「オープンデー」にて)

 

薄い和紙を使って、補修作業をする(筆者撮影)
薄い和紙を使って、補修作業をする(筆者撮影)

 閲覧申請は自宅からでもネットを通じて行える。また、デジタルアーカイブの作成も順次、進められている。

 書庫を見学するツアーがほぼ毎月、行われており、年に何度か、利用者と館長が意見交換をする機会ももうけられている。

 1年を通じて、時流に合ったイベント、講演会を頻繁に開催している(一部、有料)。例えば、今年は英国で女性が参政権を持ってから100年にあたり、これにちなんだイベントが目白押しだ。

レストラン・エリア(筆者撮影)
レストラン・エリア(筆者撮影)
イベントルーム(筆者撮影)
イベントルーム(筆者撮影)
入り口に向かう道には、タリー・スティックのギザギザをアレンジしたオブジェがあった(筆者撮影)
入り口に向かう道には、タリー・スティックのギザギザをアレンジしたオブジェがあった(筆者撮影)

 館内はゆったりとした作りになっており、1階にあるレストラン、カフェのソファの配置も空間が適度に開いており、リラックスできる環境となっている。

 イベント終了後にはオンライン・アンケートが行われ、参加者の意見を次回に反映させるようにしている。

 筆者が英公文書館に初めて行ったのは2010年頃だが、昨年夏からは調べ物をするためによく出かけるようになった。

 昨年後半、本を執筆する機会を得て、英公文書館で見つけた驚きの文書にまつわるエピソードと日英の公文書管理の在り方の違いを中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」にまとめている(30近くの公文書画像のほとんどを掲載。公文書のファイルIDも付けています)。

***

 3月25日(日曜日)午後2時半から、日本新聞博物館で「英国国立公文書館から見える英国社会とメディア」というテーマで講演します。

 新聞博物館に行ったことがない方も、これを機会にいらっしゃいませんか。

 講演会は無料ですが、入館料が大人400円になります。

 「英国の公文書管理の記録は11世紀頃に遡り、現在、『公文書はみんなのためにある』という視点が運営の根底にあります。政策過程を文書に残し、後世の審判にゆだねる――英国民主主義の歩みが公文書館の運営に凝縮されています。どんな公文書が保管、活用されているのか、スライド写真などでもご紹介したいと思います」(イベント紹介文より)

 

 詳細はこちらでご覧ください

 お申し込みは:メール(npevent@pressnet.jp)または往復はがきで、氏名・電話番号・メールアドレスを記入のうえ、3月20日(火)までにお申し込みください。往復はがきは、返信部分に宛先をご記入ください。メールは、件名を「英国公文書館」としてくださるよう、お願いいたします。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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