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2024年を振り返る 英国のテレビ+ストリーミング トップは郵便局のスキャンダルを暴いたドラマ

小林恭子ジャーナリスト
英郵便局のスキャンダルを暴露した番組(ラジオタイムズの誌面を筆者撮影)

 2024年もあと数日を残すところとなった。

 英国は今、クリスマス休暇の真っただ中で、「今年を振り返る」作業は少し先になりそうだが、この1年で人気となった番組や映画、ラジオ番組、ポッドキャストなどのランキングが次々と発表されている。

 ランキングを見ながら、英国にとって、今年はどういう年だったのかを振り返ってみたい。日本をテーマにした番組・映画で存在感を示した作品も紹介したい。

社会に大きな影響を与えた、民放のテレビドラマ

 テレビやラジオの番組表を掲載する週刊誌は複数があるが、その中でも最大手が「ラジオタイムズ」。もともと、1920年代に公共放送BBCが独自に番組表を掲載するために創刊されたものだ。

 創刊当時はラジオしかなかったので、ラジオの番組表がメインだったが、これは次第にテレビに取って変わり、今や各テレビ局のオンデマンドサービス、有料のネットフリックスやアマゾン、アップルなど、ストリーミングも含めてのコンテンツを紹介している。

 ラジオタイムズに寄稿する批評家たちが選んだ「これだ!」という番組(放送+配信)ランキングの中で、1位に来たのが、民放ITVが今年1月に放送した「ミスター・ベイツ対郵便局Mr Bates vs the Post Office)」だった。

 1990年代末、全国に広がる郵便局に窓口業務電子化のための「ホライゾン」と呼ばれるコンピューターが設置されたが、これに会計不一致が生じるようになり、各郵便局を運営する「サブポストマスター(郵便局長)」が責任を取らされた。2015年までに900人以上のサブ・ポストマスターが窃盗、会計ミス、詐欺などの罪で訴追された。実刑判決を受けた人もいる。

 しかし、一連の不一致はサブポストマスターのせいではなかった。コンピューターシステム自体の不具合が原因だったのだ。

 サブポストマスター側は団結して裁判を起こすが、郵便局側に賠償金の支払いが命じられるところまでいったものの、有罪判決は覆されず、賠償金の支払いもほとんど進展しなかった。

 この状況については、複数のメディアが報じていたが、なかなか、国民的な議論にはならなかった。

 それが、今年1月のドラマの放送で、多くの国民にその実態が知られるようになった。100万人を超える人々が郵便局の元最高経営責任者の大英勲章第3位(CBE)の返上を求めてオンライン署名し、これを受けて、元責任者はCBEを返上することになった。スナク首相(当時)は有罪とされたサブポストマスターを一括無罪にする法律の制定にこぎつけた。

 一つの番組が「英国最大の冤罪」と言われる事件にスポットライトを当てた。

 ただ、2024年も終わりに近づき、問題が解決したかというと、そうではない。

 状況を解明するための独立調査委員会での質疑応答はテレビ中継され、多くの議論が発生したものの、現時点で、経営陣の中で何らかの処罰の対象になった人は(まだ)いないのである。

 勝負は来年に持ち越された。

 2位以下を並べてみる

 2位:恋愛ドラマ「ワン・デイ(One Day)」(ネットフリックス)。英作家デービッド・ニコルズによる小説のドラマ化だ。大学卒業から14年間の男女の交友関係をつづった。

 3位:「ルードヴィッヒ(Ludwig)」(BBC)。英国の人気コメディアン・俳優のデービッド・ミッチェルが主人公となる探偵ドラマ。クイズ好きの主人公が失踪した兄の代わりに殺人事件を解決する。殺人事件なのだけれども、怖かったり、生々しくなかったりがなく、お茶の間で気軽に視聴できるのが人気の1つの要因のようだ。

 4位:「スローホース(Slow Horses)」(アップルテレビ)。日本では「窓際のスパイ」と題して配信されているようだ。MI5(英国情報局保安部)の落ちこぼれ工作員たちのドラマで、主人公をゲイリー・オールドマンが演じる。英米ではすごく人気が高く、メディア界の人にお勧めの番組を聞くと、必ずといってよいほどこのドラマシリーズの名前があがる。

 5位:「ウルフ・ホール」(BBC)。英小説家ヒラリー・マンテルの小説のテレビドラマ化。ヘンリー8世に仕えたトーマス・クロムウェルの人生を描く。2015年に最初のシーズンが放送され、今年11月から第2シーズンが放送された。マンテルは、2022年、最新作を見ずに亡くなった。

「Shogun」、そして「リプリー」

 日本をテーマにし、米アカデミー賞を総なめにした「Shogun」(ディズニープラス)は第8位に食い込んだ。日本にいる方はすでにこの作品をよく知っているだろう。英国で生まれた小説家ジェームズ・クラヴェルの同名小説のテレビドラマ化である。

 個人的にお勧めしたいのが、13位に入った「リプリー」(ネットフリックス)。米小説家パトリシア・ハイスミスの小説のテレビドラマ版だ。

 この小説は過去に何度も映像化されている。最も著名なのはアラン・ドロンが主演した「太陽がいっぱい」(1,960年)だろう。といっても、この映画自体はだいぶ前に公開されており、若い人の中では見たことがない人も多そうだ。

 ネットフリックスの「リプリー」では主人公を英探偵シャーロックホームズの現代版「シャーロック」(BBC)で悪役モリアティ役を務めたアンドリュー・スコットが演じる。

 彼は、今やホームズを演じたベネディクト・カンバーバッチをしのぐ‥といってもよいぐらい、高く評価されている俳優だ。

 スコットが演じる詐欺師リプリーは気味が悪く、その行動がいつばれるのかと見ていてひやひやするが、一生懸命さがよく表れていて、最後になると、「どうか逃げ切ってほしい」とさえ思ってしまうのが不思議である。

 映画は前編モノクロで、その映像美も楽しんでみてはと思う。

どんなメッセージがあったのか

 英国のテレビ界は郵便局による冤罪を描いた「ミスターベイツ対郵便局」で始まり、最後は「ウルフホール」で終わった…これは何を意味するのか?

 ラジオタイムズのコラムニスト、キャロライン・フロストはこう書く。「このようなドラマは権力が何の監視もないままにされると、どんな(ひどい)ことが起きるかを示した」。

 郵便局で何人もサブポストマスターが冤罪の憂き目にあい、クロムウェルは最後には処刑されてしまう。

ニュース週刊誌の「ベスト」は?

 世界中の雑誌、新聞の掲載記事を俯瞰する週刊誌「ザ・ウィーク」。

 この雑誌が「評価が高かった番組」を9つ挙げている。

 最初に挙げられているのが、「Shogun」である。日本人としては、うれしい話である。

 先のラジオタイムズのランキングには入っていなかったが、注目に値するのが英衛星放送スカイのオリジナル作品「ジャッカルの日」(The Day of the Jackal)である。

 「ジャッカルの日」と言えば、英小説家フレデリック・フォーサイスが書いた小説をもとにした映画が思い起こされる。フランスの政治家シャルル・ド・ゴールの暗殺計画の話で、殺し屋ジャッカルをエドワード・フォックスが演じた。

 スカイテレビ版でジャッカルを演じるのは「ファンタスティック・ビースト」シリーズなどで知られるエディ・レッドメイン

 筆者も最後の2つのエピソードに至るまでを見てきたが、かなりスタイリッシュなジャッカルである。10話のうち、当初5話のみを配信したので、多くの視聴者が「なぜ全部出さないのか」と怒りをあらわにしたという。第2シーズンの制作も決まったようだ。

 大いに物議をかもしたのが「ベイビー・リーインディア(Baby Reindeer)」(ネットフリックス)だ。俳優リチャード・ガットの自伝的小説をもとにしており、そのレイプ体験及びストーカー体験を描く。ストーカーのモデルと思われる女性が「私はこのような女性ではない」と公言し、大きな議論が発生した。

日本を題材にした「パーフェクトデイズ」、「アトミックピープル」も

 ザ・ウィークが取りまとめた「映画」部門のベスト作品を見ると、日本を題材にした作品が2つ入っていた。

 「外国」部門には、ドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースによる「パーフェクトデイズ(Perfect Days)」が入り、「ドキュメンタリー」部門には「アトミックピープル(Atomic People)」(BBC)が入った。

 「パーフェクトデイズ」は役所広司が主演の作品で、ご覧になった方も多いだろう。

 「アトミックピープル」は英国では7月に放送され、広島と長崎への原爆投下(1945年8月)で被爆者となった方々の証言をつづった。こちらは、被団協のノーベル平和賞受賞のはるか前に企画・制作されたものである。

 筆者は、「アトミックピープル」が日本でも視聴できるようになってほしいと望む一人である。

 

 

 

 

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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