Yahoo!ニュース

トランプ次期米大統領を迎える欧州 ―EU、NATOは結束できるか

小林恭子ジャーナリスト

 

 皆様、新年あけましておめでとうございます。

 昨年は世界中で選挙が多数行われた年でした。最後の最期、シリアのアサド政権が崩壊し、韓国では旅客機事故が発生。あっと驚く年末となりました。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

***

(「メディア展望」12月号掲載の筆者記事に補足しました。)

***

 昨年11月の米大統領戦でトランプ前大統領が勝利し、欧州各国は1月に発足する新政権への対応を迫られている。2017年から4年続いた第1期目で、トランプ氏は自国の利益を優先する「米国第一」主義を掲げ、欧米諸国で構成される北大西洋条約機構(NATO)の加盟国に対して防衛費支出の倍増を要求して欧州政界を慌てさせた。

 トランプ氏の再選が確定した後の11月7日、欧州連合(EU)加盟国と英国など近隣諸国40か国以上で構成される「欧州政治共同体」首脳会議がハンガリー・ブタペストで開催された。マクロン仏大統領は、「我々は欧州の利益を守るために準備をしなければならない」と結束を呼びかけた。

 一方、10月にNATO事務総長に就任したマルク・ルッテ氏はトランプ氏が1期目で「強力な米国の指導力を示した」とNATO加盟国に対する軍事費用負担増額の要求を好意的に表現した。来年の再就任時には「前よりも強くなり、前より団結している同盟が新大統領を歓迎することになる」。

 危機感を持って欧州の利益を守ろうとするのか、それとも協調路線に比重を置くのか。どちらの路線も維持しながら進むしかないのだろう。現状を俯瞰してみたい。

ウクライナ戦争はどうなる?

 欧州にとって最大の懸念事項となるのが、2022年2月に始まったウクライナ戦争の行方である。大統領選挙中にトランプ氏は「24時間以内に」戦争を終わらせると発言しているが、そのために何をするのかは不明だ。ウクライナへの武器供与の停止やプーチン露大統領と取引をして、停戦に持ち込むなどの選択肢が噂されている。

 先の欧州政治共同体の会議の場で、ハンガリーのオルバン首相はウクライナ支援の再考や早期停戦を提案した。「欧州に住む人はなぜこの戦争の財政支援をするのか、その目的は何かを理解できていない。どの制裁が効果的なのかもわからない」。

 会議に参加していたウクライナのゼレンスキー大統領は、即時停戦は「危険すぎる」と反論した。停戦を急ぐと、ロシアがこれを悪用し、占領が永遠に続くと警告した。「即時停戦は戦争の現実を知らない空想家による発言だ」。

 ハンガリーはウクライナのNATO加盟に反対しており、オルバン首相は7月にはプーチン大統領と会合の機会を持った。NATO内の不協和音が聞こえてくる。

 英国を筆頭に欧州主要国の指導者はトランプ政権発足後もウクライナへの支援を続けると約束しているが、焦点はウクライナへの武器供与額が最大の米国がどう出るかだ。独シンクタンクの調べでは、ロシアの侵攻開始(2022年2月)から2024年6月までの間、米国によるウクライナへの武器ほか機材の供与総額は555億ドル(約8.47兆円)に上っている。

 ウクライナは対ロシア戦争で「勝利計画」を発表し、これをてこに念願のNATO加盟を目指す。10月、ルッテ事務総長は「現状では全面的に支持できない」としたもの、加盟までの過程プロセスは「不可逆的」とする立場を改めて表明した。

 ウクライナ戦争解決案の1つとして、トランプ氏はウクライナが少なくとも20年間は加盟しないと約束する代わりに米国が継続して兵器を供給する道を考慮に入れているという(米ウォールストリート・ジャーナル紙、11月6日)。ウクライナには到底受け入れられない提案に思えるが、どうなるか。

トランプ氏の外交政策を阻む要因とは

 英国の外交ジャーナリスト、マーク・アーバン氏がトランプ次期大統領の外交政策にとって障壁となる5つの項目を挙げている(英タイムズ紙、2024年11月9日)。

 ①予期せぬ国際的な事態の発生。2023年10月7日、イスラム抵抗運動組織ハマスによるイスラエルへの攻撃は複数の国に拡大した。紛争がさらに激化する可能性がある。

 ②プーチン大統領が対ウクライナの軍事上の優位性を誇張し、これを信じたトランプ氏がプーチン氏に妥協することで停戦実現を急ぐ可能性。「プーチンに負けた弱い大統領」と見なされるだろうとアーバン氏は指摘する。

 ③米国の軍事力の弱体化。中国と一線を交えることになった場合に十分な対応ができない程度にまで余裕がなくなっているという。

 ④膨らむ負債。現在までに35兆ドル(約5342兆円)に達し、これはGDPの123%相当だ。トランプ次期政権が減税を実行すれば、数字は上昇する。さらに大きく増えるようだと軍事予算の拡充などが不可能に。

 ⑤貿易戦争。選挙戦中、トランプ氏は中国からの輸入品への関税を60%に上げ、他国にも追加の関税をかけると述べた。そうなれば、インフレ率が上がり、他国からの反撃も発生し、サプライチェーンが大打撃を受ける。アーバン氏は、トランプ氏による「MAGA(アメリカを再び偉大な国にする)」の実現化ははかなり難しいだろうと予測している。

核兵器禁止条約を考える

 昨年10月、ノーベル平和賞は被爆者団体の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」が受賞したことが発表された。被団協は核兵器廃絶と原爆被害への国家補償を柱として活動しており、ウクライナ戦争でロシアが核兵器の脅威をちらつかせる中、タイムリーな受賞となった。

 国連が「核兵器禁止条約」を採択したのは2017年である。「核兵器の非人道性」を根拠に、核兵器の開発、製造、保有、使用を禁じる初めての国際条約で、2021年に発効した。62か国が参加するが、米国、ロシア、中国などの核保有国及び日本は不参加である。被団協は条約成立の推進力となった。6月には、条約発効に尽力したオーストリアの外交官が書いた本の邦訳版「核兵器禁止条約 『人道イニシアティブ』という歩み」(白水社)が出版されている。ご関心のある方には閲読をお勧めしたい。

 以前、筆者はBBCが1945年8月の広島と長崎で被爆者となった人々の証言を集めた番組「アトミックピープル」を放送したことを紹介した。この中に出演した被爆者の一人が、中村キヨミさん(100歳)だ。長崎では毎月9日、原爆がさく裂した午前11時2分に平和公園内にある「長崎の鐘」を鳴らすイベントが行われている。

 10月2日、筆者は長崎を訪れ、中村さんと一緒に鐘を鳴らした。中村さんは被団協とは別組織になる長崎県被爆者手帳友の会のメンバーである。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

小林恭子の最近の記事