タバコ会社が言うように「ニコチン」に「発がん性」はないの?
国内で売られるタバコ製品には、ニコチンが必ず含まれている。タバコ会社は「ニコチンには発がん性はない」とか「タバコ関連疾患の原因にはならない」と言う。それは果たして本当なのだろうか。
ニコチンとは何か
加熱式タバコなどの新型タバコを含むタバコ製品に、共通して含まれている物質がある。ニコチンだ(※1)。
ニコチンは植物性アルカロイドの一種で、ナス科の植物に含まれており、タバコもナス科の植物だ。アルカロイドとは、進化の過程で植物が昆虫や草食動物など他の生物から食べられないように備えた有毒な防御物質で、例えばナス科の青いトマトにはトマチンが、ジャガイモの青い芽などにはソラニンが含まれ、どちらも強い細胞毒性をもつアルカロイドだ。
ただ、品種改良されてきたナス、トマト、ピーマン、ジャガイモなどに含まれるアルカロイドは、タバコのニコチンに比べればごく微量であったり毒性を弱まるようにされ、これらの栽培植物は極端に食べ過ぎない限り、身体への悪影響はほとんどない。
一方、栽培植物としてのタバコは、依存性を高めたニコチンのために品種改良されてきたといえる。
ニコチンは植物性アルカロイドだから当然、毒性を持つ。体重1kg当たりニコチン1~13mgが成人の致死量とされ、90kgの成人では1.8%のニコチン溶液5mLで致死量に達する(※2)。
ニトロソアミン類はニトロソ基(N=O)を持ち、ニトロソ基を持つ化合物(ニトロソ化合物)は、食道がんや肝障害などを引き起こす発がん性物質だ。タバコにもタバコ特異的ニトロソアミンが含まれ、同様に喫煙による発がんの有力物質として知られている(※3)。
ニコチンに発がん性があるという証拠
栽培タバコ葉は、収穫後、乾燥・内部発酵の過程を経て製品化されるが、各種のタバコ特異的ニトロソアミンはこの過程でタバコ由来のアルカロイドから化学的に生成される。例えば、肺がんなどの発がん性物質である4-(メチルニトロサアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)はニコチンが化学変化してできる(※4)。
ニコチン自体がヒトの健康に悪影響をおよぼすかどうか、という研究はこれまで多くなかった。だが、1990年代後半から、ニコチンが喫煙者や受動喫煙者の体内で発がん性物質であるタバコ特異的ニトロソアミンに変化するのではないかという研究が出始めた(※5)。
また、マウスやハムスターなどの実験動物をニコチンに曝露させ、発がん性を検証したものがいくつかある。これらの知見の蓄積と最近の研究からは、ニコチンやニコチンが代謝されてできるコチニンに 肺がん、子宮頸がん、大腸がん、胃がん、膵臓がん、乳がん、肝がん、膀胱がん、頭頸部がんなどの発がん性が疑われるという多くの証拠が出てきている(※6)。
では、ニコチンは、がんと関係があるのだろうか。
答えは「ある」だ。なぜなら、ニコチンは細胞受容体に対する多種多様な機能を持ち、染色体や遺伝子の変異、DNAの損傷をうながす作用があり、ニコチンによる酸化ストレスで細胞への害がある活性酸素が過剰に作られ、細胞のがん化やその進行を促進する危険性があるからだ(※7)。
またニコチンには、がんの転移に関わったり、がん治療を阻害したりする作用があることもわかってきた(※8)。ニコチンは身体の免疫機能ががん細胞を自死させる効果を減衰させるなどするからだが、例えば2021年に米国の研究グループが発表した論文によればニコチンは乳がんの肺への転移を促進する危険性があると結論づけている(※9)。
ニコチンの害を必死に否定するタバコ会社
タバコ製品には、もれなくニコチンが含まれている。以上のような研究結果は、タバコ会社にとっては死活問題だ。
ニコチンについて、JT(日本たばこ産業)やPMI(フィリップ・モリス・インターナショナル)などのタバコ会社は、決まって「発がん性はない」「タバコが原因の病気にはならない」などと、あたかもニコチンの危険性が低いようなニュアンスのアナウンスをしている。
タバコ会社にとってニコチンは、彼らのビジネスの根幹をなす物質であり、ロイヤリティの高い消費者を減らさず、新規顧客を増やすために必須の物質でもある。そのため、加熱式タバコや電子タバコには、喫煙者が禁煙できないよう量をコントロールされたニコチンが必ず入っている。
なぜならニコチンの依存度の強さはコカイン並であり(※10)、ニコチンの強い依存性のため、喫煙者はタバコを止められず、有害な物質を毎日、吸い込み続け、その結果、がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を含めたタバコ関連疾患になってしまう。ニコチンは明らかに薬物依存症(Substance Dependence)を引き起こす薬物であり、タバコこそ喫煙者にニコチンを供給するための実体そのものだ。
ところで、国内で販売されるタバコ製品にはニコチンとタールの含有量の表示義務があるが、含有量に規制はない。また、現状で加熱式タバコにはこの義務がないため日本政府は今後、加熱式タバコへもニコチンなどの成分の表示義務を課す方向で検討を続けるとしている。
一方、加熱式タバコは販売される各国・地域ごとにニコチン濃度やタバコ特異的ニトロソアミンの量が異なっている。アイコスのスティックを比較した2024年2月の論文によれば、最もニコチン濃度が高かったのは日本で販売されたスティックで、最もタバコ特異的ニトロソアミンの量が多かったのは南アフリカで販売されたスティックだったという(※11)。
また、タバコ製品には、口の中へニコチン・パウチを含むものがあるが、ニコチン量はパウチ製品によってバラバラで日本ではニコチン量は規制されていない。このニコチン・パウチ製品からも、けっして少なくない量の発がん性物質、タバコ特異的ニトロソアミンが検出されている(※12)。
喫煙者が満足できるニコチンの量は、個人差があるがほぼ決まっている。
だが、タバコ製品によって含まれているニコチンの量は様々で、例えば加熱式タバコのニコチンの量は紙巻きタバコと比べて少なく、より多く吸わせ、消費させたいというタバコ会社の戦略がそこにはあるが、前述した通り、各国・地域でニコチン量がコントロールされ、製品の多様性もあってニコチンの影響や喫煙による健康への悪影響などを見積もることがますます難しくなっている。
禁煙治療のためのニコチン薬剤はどうか
ところで、禁煙外来などで処方される薬剤に、ニコチンパッチ(一般医薬品、高濃度は医療用医薬品、低濃度は第1類医薬品)やニコチンガム(第2類医薬品)、ニコチン代替薬などがある。これらには、タバコ特異的ニトロソアミンがほとんど含まれず、健康への悪影響がないことがわかっている(※13)。
普通の喫煙行動では、肺から吸い込んだタバコ煙に含まれるニコチンが即座に脳へ到達し、中毒症状を引き起こすために依存症になるというメカニズムになっている。だが、ニコチンガムやニコチンパッチは、口腔内や体表面の皮膚から緩やかにニコチンが吸収されるため、依存症状を起こしにくく、それが禁煙治療で使用する根拠になっているからだ。
また、これらはあくまで禁煙治療のための薬物であり、禁煙に成功した後には必要なくなる。ニコチン吸収の度合いや速度がタバコとは異なり、依存性はほとんどないため、朝起きてから寝るまで一日中間欠的に吸い続け、それを何年も何十年も継続するようなものではない。
ただ、ニコチンパッチには処方上の禁忌があり、非喫煙者、妊婦や授乳期の人、心疾患のある人、脳血管障害からの回復期の人などに使用してはいけない。
こうした禁忌を知れば、ニコチン自体の毒性がよくわかる。ニコチンには催奇性など胎児や乳幼児への毒性があり、ニコチンが血管収縮、血圧上昇を引き起こすことで心臓や脳、血管に悪影響をおよぼすからだ。実際、ニコチンは薬機法(旧薬事法)によって劇毒物に指定され、許可を得て適切な管理のもとでなければ使用・販売することはできない。
以上をまとめると、タバコ製品に含まれているニコチンには発がん性があり、がんの転移をうながしたり、がん治療を阻害する危険性もある。ニコチンは依存性の強い薬物であり、加熱式タバコやニコチン・パウチなど、ニコチンを含む新型タバコにも同様の危険性がある。
タバコ会社の言うことは嘘ばかりということだ。彼らは、喫煙者や受動喫煙者の健康のことなど微塵も考えてはいない。
※1:ニコチンの他、ニコチアミン、ニコテン、アナバシン、アナタビン、ニコテリンというアルカロイドもタバコには含まれている。
※2-1:Bernd Mayer, "How much nicotine kills a human? Tracing back the generally accepted lethal dose to dubious self-experiments in the nineteenth century." Archives of Toxicology, Vol.88, Issue1, 5-7, 2014
※2-2:Robert A. Bassett, et al., "Nicotine Poisoning in an Infant." The New England Journal of Medicine, Vol.370, 2249-2250, 2014
※3:タバコ特異的ニトロソアミン:tobacco-specific nitrosamine(TSNA)。TSNAは、N'-ニトロソアナバシン(NAB)、N'-ニトロソアナタビン(NAT)、4-(メチルニトロサアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)、N'-ニトロソノルニコチン(NNN)の4種類。
※4:Hongzhi Shi, et al., "Changes in TSNA Contents during Tobacco Storage and the Effect of Temperature and Nitrate Level on TSNA Formation" Journal of Agricultural and Food Chemistry, Vol.61, 11588*11594, 4, November, 2013
※5-1:H Bartsch, B Spiegelhalder, "Environmental exposure to N-nitoroso compounds (NNOC) and precursors: an overview" European Journal of Cancer Prevention, Vol.5, 11-17, September, 1996
※5-2:Tore Sanner, Tom K. Grimsrud, "Nicotine: carcinogenicity and effects on response to cancer treatment – a review" Frontiers in Oncology, Vol.5, 31, August, 2015
※6-1:Maria Teresa Zenzes, "Smoking and reproduction: gene damage to human gametes and embryos" human reproduction update, Vol.6, Issue2, 122-131, 1, March, 2000
※6-2:Tomohisa Nakada, et al., "Lung tumorigenesis promoted by anti-apoptotic effects of cotinine, a nicotine metabolite through activation of
PI3K/Akt pathway" The Journal of Toxicological Scienses, Vol.37, No.3, 555-563, 5, March, 2012
※6-3:Puttappa R. Dodmane, et al., "Orally administered nicotine induces urothelial hyperplasia in rats and mice" Toxicology, Vol.315, 49-54, 6, January, 2014
※6-4:Shugo Suzuki, et al., "Orally administered nicotine effects on rat urinary bladder proliferation and carcinogenesis" Toxicology, Vol.398-399, 31-40, 1, April, 2018
※6-5:Shugo Suzuki, et al., "Cotinine, a major nicotine metabolite, induces cell proliferation on urothelium in vitro and in vivo" Toxicology, Vol.429, 152325, 15, January, 2020
※6-6:Qi Sun, Chunyuan Jin, "Cell signaling and epigenetic regulation of nicotine-induced carcinogenesis" Environmental Pollution, Vol.345, 123426, 15, March, 2024
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※9:Abhishek Tyagi, et al., "Nicotine promotes breast cancer metastasis by stimulating N2 neutrophils and generating pre-metastatic niche in lung" nature communications, 12, Article number: 474, 20, January, 2021
※10:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse." The LANCET, Vol.369, No.9566, 1047-1053, 24, March, 2007
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※12:Nadja Mallock, et al., "Levels of nicotine and tobacco-specific nitrosamines in oral nicotine pouches" Tobacco Control, Vol.33, Issue2, 5, August, 2022
※13-1:Kate Cahill, et al., "Nicotine receptor partial agonists for smoking cessation." Cochran Database of Systematic Reviews, 2008
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