ベネズエラ中銀から金が流出している意味
政治的な混乱が続く南米のベネズエラで、中央銀行の金庫から金8トンが秘密裡に運び出されたと報じられている。「米国による経済制裁に苦しむ中、外貨調達に向けて国外に売却するとみられている」(ロイター)とされている。
公式な確認が取れていないために真偽は不明だが、今年に入ってから中央銀行の金が運びだされているとの報道は、1月と2月に続いて3回目のことであり、ベネズエラにおいて金を巡る動きが活発化しているのは間違いなさそうだ。
ベネズエラでは1月、グアイド国会議長が暫定大統領への就任を宣言し、マドゥロ大統領と対立する政治的混乱が続いている。米政府は、グアイド暫定大統領への支持を表明しており、マドゥロ政権の資金源を断つためにベネズエラの主要産業である石油産業への経済制裁を強めている。決定打となっているのは、国営石油会社PDVSAを狙い撃ちとした制裁であり、米国は原則としてベネズエラ産原油の輸入を禁止し、収入源を失ったベネズエラ経済は危機的状況に陥っている。現在は、第三国企業に対してもベネズエラ産原油取引への制裁が検討されている。
こうして外貨獲得手段が失われて手元流動性(=資産を貨幣に変える可能性)の確保が難しくなる中、マドゥロ政権が目を付けているものの一つが、中央銀行の保有する金という訳だ。ボルトン米大統領補佐官は、1月に金15トンが中東のUAEの買い手に売却されたと報じられると、「ベネズエラ国民から盗んだ金や石油、他の商品を取引すべきではない」として、ベネズエラからの金流出を強くけん制した。しかし、その後も年初から合計30トンの金が中央銀行から運び出されていると推計されており、既に海外でユーロやドルなどのハードカレンシーに交換されている可能性が高まっている。まだベネズエラ国内だけでも中央銀行の金は100トン程度残されているとみられているが、このまま外貨準備が失われ続けると、全ての金がベネズエラ国外に流出する可能性もある。
■独裁者でも金なら流動性を確保できる
以上の一連の動きは、金が安全資産と言われる理由を明確に物語っている。世界から独裁者と批判されるマドゥロ大統領の視点では、現在は米国や欧州諸国などの制裁によって流動性を確保できない危機的状態に陥っている。仮に株式や債券などを保有していても、マドゥロ大統領と取引してくれる相手方を見つけ出すのは極めて難しい情勢になっている。
一方で、金であれば例えばマドゥロ大統領でも流動性を確保できる可能性があるのだ。金は他の金融資産と異なり発行体が存在せず、信用ではなく現物に価値の裏付けがあるため、売買の匿名性を確保することが可能である。
しかも、比重が高いためにその価値と比較して容量が小さく運搬コストが低く、かつ、小さく分割、溶解しても価値に変化は生じない。品質・純度・重さなどから世界のどこでも容易に本物か偽物かの判断を下すことも可能であり、資産価値の目減りを気にせずに容易に売却することが可能な特殊性を有した資産になる。極端なことを言えば、マドゥロ大統領がベネズエラ中央銀行から持ち出した金が日本に運ばれて宝飾品などに加工されても、誰も分からないのである。
だからこそ、経済・金融危機が発生するたびに金が注目され、いつでも流動性を確保できるという意味で安全通貨や安全資産と言われている。政治経済危機が発生したベネズエラで中央銀行が静かに保管し続けてきた金が突然に注目を集めていることは、金が安全資産であることの象徴的な出来事と言えよう。独裁者にとって持つべき資産は金であり、普通の市民にとっても経済・金融危機に備えて金を保有する意味があろう。2008年の世界同時金融危機のようにリスク資産が総売り状態の時でさえ、金は買い手を見つけ出すのに困ることはなく、危機が発生した時にこそ、金は安全資産として輝きを増すことになる。