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藤井聡太二冠(18)鬼のごとき終盤力で現役最強・渡辺明名人(36)に大逆転勝利 朝日杯決勝進出

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月11日。東京・有楽町朝日ホールにおいて第14回朝日杯将棋オープン戦準決勝がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。カードは以下の通りです。

▲渡辺 明名人(36歳)-△藤井聡太二冠(18歳)

▲三浦弘行九段(46歳)-△西田拓也四段(29歳)

 結果は藤井二冠、三浦九段が勝って決勝に進出しました。渡辺-藤井戦は、なんともすさまじい大逆転劇でした。

藤井二冠しか演じられない大逆転劇

 トーナメント表右側を勝ち進んできた三浦九段と西田九段は、ともに初のベスト4進出です。

 トーナメント表左側は現棋界のタイトルホルダー4人、いわゆる「四強」が集いました。そして準決勝で渡辺名人-藤井二冠戦というカードが実現しています。

 渡辺名人は1回、藤井二冠は2回優勝経験があります。

 2年前の朝日杯では、両者は決勝で対戦。藤井七段(当時)が勝って2度目の優勝を飾っています。

 今年度棋聖戦五番勝負は、渡辺明棋聖に藤井七段が挑みました(肩書はいずれも当時)。結果は藤井挑戦者が3勝1敗で初タイトルの棋聖位を獲得しています。

 両者の対戦はその棋聖戦以来となります。

渡辺「藤井さんとはタイトル戦、昨年やられてますし朝日杯では一昨年ですかね、決勝戦で負けているので。今回はそういった借りをまとめて返せるように(笑)。はい、ちょっとがんばっていきたいなと思います。実質的に1回も勝ってないですからね。番勝負で無駄星で一発入れただけなんでね(笑)。こういうトーナメント戦みたいなところでね、勝ってないんで。今回は借りをまとめて返せるようにしたいと思います」

 対局開始前、渡辺名人はそう語っていました。

 振り駒の結果、先手は渡辺名人。戦型は現代最新の相掛かりとなりました。後手の藤井二冠は横歩を取って踏み込みます。

 21手目。渡辺名人は端1筋から突っかけます。これが新手で、渡辺名人用意の作戦でした。しかし藤井二冠は2分考えて適切に応対していきます。

 渡辺名人は8筋で桂を取ります。対して藤井二冠は1筋の交換で得た香を8筋に打ち返して反撃。両者ともにおそれることなく、激しい変化に踏み込みました。駒割は、渡辺名人が飛桂、藤井二冠が角銀を得た形。形勢は微妙です。

 8筋での折衝が終わり、手番を得た渡辺名人は中央に桂を並べて反撃します。銀と桂2枚の交換で、駒割は渡辺名人が損をしますが、藤井陣を薄くするなど、駒損以上の代償を得て、渡辺名人がポイントをあげました。

 61手目。渡辺名人は8筋底に香を据えます。持ち時間40分のうち、残りは両者ともに4分。ここで藤井二冠は持ち時間を使い切り、じっと歩を打って金取りを受けます。あとは一手60秒未満の「一分将棋」に入りました。

 藤井二冠は一昨日、B級1組昇級を決めました。

 順位戦の持ち時間は各6時間。この時間設定で藤井二冠は38勝1敗という驚異的な成績をあげています。だからといって早指しが苦手というわけでもありません。朝日杯の短い時間設定でも、すでに2回の優勝を果たしていることから、それは明らかです。

 渡辺名人も次の手に4分を使い、香を捨てて踏み込みます。あとは両者ともに一分将棋のスリリングな終盤戦に入りました。

 渡辺名人は藤井陣左辺に飛車を打ち込んだあと、今度は右辺の2筋から歩を打って攻めます。これがうまい組み立てでした。

藤井「中盤、難しい戦いだったんですけど。比較的均衡が取れてるのかなあ、と思って指してたんですけど。ちょっと、▲2四歩と打たれる手がこちらでまったく読めていない手で、そこからはっきり苦しくしてしまったような気がします」

 秒を読まれながらのきわどい攻防の中、抜け出したのは渡辺名人でした。83手目、中段に金を打ったのも正確な攻防手。形勢の針は渡辺優勢、そして勝勢へと傾いていきました。

渡辺「▲2四歩打った時点では難しいと思ったんですけど、そのあと、(▲2三銀成と)金が取れたあたりはよくなって。ただまあなかなか、ちょっと決め手がないというか、そういう感じの状態が長かったですね」

 ほとんどの人類が藤井陣を持てば、名人の攻めの前に、あっという間に陥落していたでしょう。しかしここからが藤井二冠の真骨頂です。使いづらい持ち駒3枚の桂を、1枚は受け、2枚は攻めに使い、攻防ともに超絶技巧を尽くして勝負を捨てません。

広瀬「簡単には勝たせてくれないですね」

 解説の広瀬章人八段がそうつぶやきました。思えば前局の豊島将之竜王戦も、最後は大逆転でした。

 左右はさみうちで絶体絶命に見えた藤井玉。脱出口を開いて中段に逃げ出しました。打たされただけに見えた自陣の桂が、のちに藤井玉の詰みを防ぐのにも役立ってきます。

 渡辺名人は角を切って寄せに入ります。読み切れてはおらず、不安もあったようですが、しかし渡辺名人の指し手はずっと正確。いよいよ名人勝ちかと思われたところでドラマが起こりました。

 藤井玉が8筋に逃げてきたところで121手目、渡辺名人は香を打ち、王手をかけます。本局は香打ちが何度も出てきて、それぞれが大きなポイントとなりましたが、いよいよここがクライマックスの場面となりました。

 122手目。藤井二冠は香の王手に中合の歩を放ちます。対して同香と取れば渡辺名人の名局として終わったでしょう。しかし名人は歩を打って王手をかけます。途端に将棋ソフトの評価値は一気にひっくり返りました。急変した状況ににわかについていけないながらも、沸き立つ人類の観戦者。なんとなんと、藤井玉は寄らず、世紀の大逆転です。

藤井「最後はわからなかった・・・。ただ▲8七香△8五歩のときに▲同香なら負けかと思っていました」

渡辺「優勢になってから、なかなか決め手がつかめない展開が続いて。最後、詰む、および必至で勝ちかな、と思ってたんですけど、ちょっと間違えてしまいましたね」

 局後に両対局者はそう語っていました。

 指し進めるうちに、大逆転をくらったと悟る渡辺名人。しばし中空を見上げました。

 一年に何局もないような大逆転劇を毎度のように呼びよせる藤井二冠。かわいい顔をした18歳の高校生ながら、盤上では勝負の鬼というよりありません。渡辺ファンとしては、こんな将棋まで逆転されては、たまったものではないでしょう。

 そして藤井二冠はまた、詰将棋を解かせると世界一です。勝ちになってからは誤らずに名人の玉を一気に詰め上げました。

 138手目。藤井二冠は角を打って王手をかけます。渡辺名人はすぐに頭を下げ、投了を告げました。

 今回の朝日杯準決勝、決勝はコロナ禍のため、無観客でおこなわれました。もし例年の通り、多くの観戦者を前にしていれば、ここで万雷の拍手が起こったでしょう。

広瀬「いやあ、すごい将棋でしたね。そして、藤井さんは自分の負け筋を悟ってましたね。ただ・・・。藤井さんの逆転勝ちではあるんですけど、そういう展開に持ってたのがうまかったですね。本当に一手のミスが許されないような状況を作り出した逆転術が見事だったな、と思いました。渡辺名人、けっこう会心の指し回しで優勢を築いたはずなんですけどね。やっぱり勝ち切るのが大変と、改めて思い知らされましたね。後手を持っている人が藤井さん以外だったら、渡辺さん勝ってると思うんですよ、正直言って(苦笑)」

 勝勢に持ち込むまでの渡辺名人の強さ。それから大逆転をくらわす藤井二冠の強さ。なんともすさまじい一局でした。

 両者の対戦成績はこれで渡辺1勝、藤井5勝となりました。

 かくして藤井二冠は朝日杯決勝に進出しました。決勝の相手はやはり強豪の三浦九段です。

 藤井二冠の今年度成績はこれで40勝9敗。4年連続勝率8割の可能性をキープしました。

 また公式戦連勝は13へと伸び、あと1勝で今年度最高の14連勝(澤田真吾七段)に並びます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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