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抜毛症の治療に感情調整力を高めるトレーニングが有効?研究結果から見えてきた新たな可能性

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

抜毛症は、自分の髪の毛を抑えられない衝動から抜いてしまう行動のことを指します。ストレスや強い感情が引き金になることが多いとされていますが、なかなか自分ではコントロールができず、抜毛を繰り返してしまうのが特徴です。

抜毛症は、決して珍しい病気ではありません。一般の人口の0.6%から3%程度が抜毛症と診断されているという調査結果もあるほどです。しかし、多くの人にとって抜毛症はあまり知られていない疾患であり、抜毛症に悩む人は孤独感を抱えている場合も少なくありません。

抜毛症の原因については諸説ありますが、最近の研究では、感情をうまくコントロールできないことが大きく関係しているのではないかと考えられています。抜毛症の人は、ストレスや強い感情に襲われた時に、それを上手に処理する方法が分からず、抜毛という行為で発散しているのかもしれません。

今回、これまでに行われた17の研究を統合的に分析したメタアナリシスの結果、抜毛症の症状が重いほど、感情調整がうまくできていないことが統計的に示されました。つまり、感情のコントロールが苦手なことが、抜毛症状を悪化させている可能性が高いということです。

【感情調整の困難さは、抜毛症に共通する悩み】

感情調整力を測定する尺度には、感情を適切に認識する力、感情を受け入れる力、感情に流されずに行動する力など、様々な要素が含まれます。メタアナリシスの結果、抜毛症の人はこうした感情調整のあらゆる側面で困難を抱えていることが分かりました。

また、感情調整の問題は、抜毛症に特有の悩みというわけではなく、他の精神疾患でも共通して見られる問題だということが分かっています。つまり、感情をうまくコントロールできないことは、現代人に共通する悩みの1つと言えるかもしれません。

抜毛症に悩む人の中には、「自分だけが感情のコントロールが下手なのでは」と思い込んでしまい、自信を失ってしまう人もいるかもしれません。しかし、感情調整の難しさは、抜毛症の人に共通する悩みなのです。

【抜毛症は「隠れた皮膚疾患」】

抜毛症は、精神疾患の1つに分類されています。しかし同時に、皮膚の病気の側面もあると言えるでしょう。実際、抜毛行為によって頭皮に傷ができたり、はげができたりすることもあります。

こうした皮膚のトラブルは、単なる見た目の問題だけではありません。皮膚は心と密接に関係していると言われており、皮膚の状態が悪いと、心の健康にも悪影響を及ぼす可能性があるのです。

抜毛症の人の中には、頭皮の傷跡や抜け毛を他人に見られまいと、帽子や髪型で必死に隠している人もいるでしょう。「隠れた皮膚疾患」とも言える抜毛症。皮膚の問題を解決することが、心の安定につながるかもしれません。

【感情調整力を高めるトレーニングで、抜毛症の改善を】

メタアナリシスの結果は、抜毛症の治療に新たな可能性を示唆しています。それは、感情調整力を高めるトレーニングを取り入れることです。

感情調整力を高めるためのトレーニングには、様々な方法があります。例えば、マインドフルネスを行ったり、感情を言語化する練習をしたりすることで、感情への気づきを高めることができます。また、深呼吸法やリラクゼーション法を習得することで、ストレスに適切に対処する力もつけられるでしょう。

こうしたトレーニングを通して感情調整力を高めることで、抜毛症の症状が改善する可能性があります。実際、感情調整力を高めるプログラムを行った結果、抜毛症状が大きく改善したという研究報告もあります。

従来の抜毛症の治療は、服薬や認知行動療法が中心でした。それに加えて、感情調整力を高めるトレーニングを積極的に取り入れることで、より効果的な治療法が開発されていくことが期待されます。

抜毛症は、今もなお完全な原因解明には至っていない難しい病気です。特効薬があるわけでもなく、多くの患者さんが治療に苦労されているのが実情ではないでしょうか。今回のメタアナリシスの結果は、感情調整の視点から新たなアプローチを提案するものです。

感情のコントロールが苦手だと感じている方は、抜毛症の有無に関わらず、多いのではないでしょうか。感情をうまく調整する方法を身につけることは、抜毛症の改善だけでなく、日常のストレスへの対処にもつながります。

もし、抜毛症に悩んでいるのなら、ぜひ感情調整のトレーニングを試してみてください。小さな一歩が、抜毛症を乗り越えるための大きな力になるかもしれません。

参考文献:

・Trichotillomania - Diagnosis and treatment - Mayo Clinic https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/trichotillomania/diagnosis-treatment/drc-20350250

・Emotion regulation as a transdiagnostic treatment construct across anxiety, depression, substance, eating and borderline personality disorders: A systematic review https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28941927/

・https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22981317/

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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