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【最新研究】アトピー性皮膚炎治療に革新をもたらす生物学的製剤の可能性

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【アトピー性皮膚炎の病態と発症メカニズム】

アトピー性皮膚炎は、全身性の炎症性皮膚疾患であり、そう痒(かゆみ)を伴う湿疹を特徴とします。有病率は小児で15~25%、成人で2~10%と高く、患者さんのQOL(生活の質)に大きな影響を与える疾患です。近年、アトピー性皮膚炎の発症メカニズムの解明が進み、皮膚バリア機能の異常と免疫学的な要因、特にTh2型炎症の関与が明らかになってきました。

皮膚バリア機能の異常は、フィラグリンをはじめとする角層タンパク質の遺伝的な欠損や減少によって引き起こされます。バリア機能が低下すると、環境中のアレルゲンや刺激物質が皮膚に侵入しやすくなり、炎症を惹起します。

一方、免疫学的な要因としては、Th2型サイトカインであるIL-4やIL-13の過剰産生が重要な役割を担っています。これらのサイトカインは、B細胞からのIgE産生を促進し、皮膚の炎症を助長します。また、IL-31は痒みの発生に関与するサイトカインとして知られており、アトピー性皮膚炎患者さんの血清中で高値を示すことが報告されています。

さらに、最近の研究では、Th17やTh22など他のサイトカインの関与も示唆されており、アトピー性皮膚炎の病態は複雑な免疫ネットワークによって形成されていることがわかってきました。

【既存の治療法の限界と生物学的製剤への期待】

アトピー性皮膚炎の治療には、これまで保湿剤やステロイド外用薬、カルシニューリン阻害薬、シクロスポリンなどが用いられてきました。しかし、これらの治療法には限界があり、特に中等症から重症の患者さんでは十分な効果が得られないことが課題でした。また、ステロイド外用薬の長期使用による皮膚萎縮や全身性の副作用、シクロスポリンの腎毒性などの問題もありました。

そこで注目されているのが、生物学的製剤です。生物学的製剤は、サイトカインや受容体など炎症に関与する特定の分子を標的とすることで、より選択的に炎症を抑制できる治療薬です。アトピー性皮膚炎に対しては、IL-4受容体αサブユニットを阻害する「デュピルマブ」とIL-13を阻害する「トラロキヌマブ」「レブリキズマブ」の3剤が既に承認されています。

デュピルマブは、IL-4とIL-13のシグナル伝達を阻害することで、Th2型炎症を抑制します。第III相試験では、中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者さんを対象に、良好な有効性と安全性が確認されました。また、長期投与試験でも、効果の持続性と忍容性が示されています。

トラロキヌマブとレブリキズマブは、IL-13を選択的に阻害する生物学的製剤です。第III相試験では、デュピルマブと同様に、中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者さんに対する有効性と安全性が確認されました。興味深いことに、トラロキヌマブは、皮疹の改善だけでなく、そう痒の軽減にも優れた効果を示しています。

これらの生物学的製剤は、既存の治療法では十分な効果が得られなかった患者さんに新たな選択肢を提供するものであり、アトピー性皮膚炎の治療体系に大きな変革をもたらすことが期待されています。

【生物学的製剤の作用機序と今後の展望】

生物学的製剤は、サイトカインや受容体に直接作用することで、炎症のカスケードを遮断し、炎症性メディエーターの産生を抑制します。アトピー性皮膚炎に対する生物学的製剤の作用機序は、主にTh2型炎症の抑制を介したものですが、最近の研究では、Th17やTh22など他のサイトカインへの作用も示唆されています。

例えば、IL-13を阻害するトラロキヌマブは、皮膚バリア機能の改善効果も報告されており、サイトカインネットワークを介した多面的な作用が注目されています。また、IL-31受容体αを標的とするネモリズマブは、そう痒の軽減に優れた効果を示すことが明らかになっています。

さらに、OX40/OX40Lを標的とした生物学的製剤の開発も進められています。OX40/OX40Lは、T細胞の活性化と生存に関与するシグナル伝達分子であり、アトピー性皮膚炎患者さんの病変部で発現が亢進していることが知られています。OX40/OX40Lを阻害することで、T細胞の活性化を抑制し、炎症を根本的に制御できる可能性があります。

生物学的製剤は、アトピー性皮膚炎の病態解明と並行して開発が進められてきた経緯があり、病態に基づいた理にかなった治療法と言えます。今後は、各薬剤の長期的な効果と安全性の検証、病型や重症度に応じた使い分けの確立、他の治療法との併用療法の開発など、さらなるエビデンスの蓄積が求められます。

参考文献:

Expert Opin Biol Ther. 2024 Jun 18. doi: 10.1080/14712598.2024.2368192.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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