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今、「遊郭」「慰安婦」をテーマに扱っている漫画が話題に!現代の風俗業界と比べながら人気の理由を検証。

明智カイト『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事
角間惇一郎×明智カイト

最近、話題になっている漫画といえば「遊郭」「慰安婦」をテーマに扱っている『親なるもの 断崖(おやなるもの だんがい)』や、『ダークネス』があります。この二つの漫画が人気の理由について一般社団法人GrowAsPeopleの角間惇一郎さんにお話を伺いました。

「遊郭」を扱った漫画『親なるもの 断崖』の衝撃

『親なるもの 断崖』は、曽根富美子さんによる日本の漫画作品です。1992年に第21回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞していますが、最近になってネット広告で広く人に知られ再注目されている漫画なのです。

舞台は昭和初期に北海道・室蘭の幕西遊郭へと身売りされ、親の借金のために女郎や芸姑になった女性たちの物語です。この時代は北海道で大規模な鉄道工事が行われていました。これにより、室蘭にはタコ部屋と呼ばれる重労働など、男性移住者がたくさん押し寄せ、遊郭が発達したようです。

この『親なるもの 断崖』には忠実に基づいたリアルな描写が本当に多いため、内容が衝撃的過ぎて読んでいて辛いですが、つい最後まで読みたくなる一冊です。この物語は松恵16歳、その妹・梅11歳、武子13歳、道子11歳の4人を中心としてストーリーが展開していきます。

この4人が遊郭に到着早々、客をとらされた松恵が首を吊って死んでしまうのです。その後、一緒に来た武子は芸妓を目指して厳しい修行の毎日、姉・松恵の借金まで背負うことになった梅は女郎に、道子は容姿が醜かったために女郎にも芸姑にもなれず下働きに。同情など一切無く強制労働の毎日が始まったのです。残された3人の三者三様の道とその先にある結末を描いています。

女郎のほとんどが淋病・梅毒などのあらゆる性病に感染していたことが知られています。足抜き(逃亡)を企てれば折檻をうけ、誰が親かも判らない子を妊娠したら強制的に堕胎させられ、体を売っての稼ぎもピンハネされていつまで経っても借金を返済できない壮絶な環境でした。やっと遊郭から抜け出せたとしても社会の中で激しい差別や偏見が待ち受けているうえに、自分の子どもにまで危害が加えられるという現実をはじめて知りました。

「親なるもの 断崖」(著者/曽根富美子)

宙出版〈宙コミック文庫〉1991年初版単行本が出版

米軍相手の「慰安婦」で生き抜いてきた日本人女性の物語

次に漫画『ダークネス』をご紹介します。

太平洋戦争が終戦する数ヶ月前、叔母を訪ねて緋沙という少女が田舎町に疎開してきます。しかし、そこで緋沙は女性達に政府の軍人などを相手させる娼館へ無理やり連れてこられます。娼館では日本の敗戦を前に精神的に追いつめられた軍人に嬲られ命を落とす女性の酷い姿も描かれています。

その後、日本は終戦をむかえ、戦後の混乱で米軍のために作られた特殊慰安施設協会(RAA)で緋沙は慰安婦としてアメリカ兵の相手を務めます。RAAとは、戦後、連合国軍占領下の日本政府によって作られた米軍兵士の相手をする日本人慰安婦がいた慰安所のことです。

米軍は公娼制度を認めず慰安所を置かなかったので、占領軍による日本の一般女性に対するレイプ事件が予測されました。そこで、日本政府は「日本女性の貞操を守る犠牲として愛国心のある女性」(ニコラス・クリストフによる)を募集し、連合軍向けの慰安所を設立したのです。

RAA閉鎖後、職を失った女性たちはパンパンと呼ばれる街娼になったり、風俗街に移動していきますが、緋沙はGHQの要人に取り入って力やお金を手に入れていきます。

緋沙はクラブを作って、売春等をするしか無かったたくさんの女性達を自立させ、昭和を生き抜きました。この漫画で、アメリカ兵の相手をする日本人慰安婦のことなどを初めて知りました。この時代に生きてきた女性達は本当に大変だったことでしょう。

「ダークネス」(著者/魔木子)

ぶんか社 発売日:2006年7月

二つの漫画が人気の理由とは

角間惇一郎さん
角間惇一郎さん

これらの漫画が人気の理由について、夜の世界が内包している課題に取り組む一般社団法人GrowAsPeopleの角間惇一郎さんにお話を伺いました。

明智 では、まず自己紹介をお願いします。

角間 角間惇一郎(かくま じゅんいちろう)です。2010年に一般社団法人GrowAsPeopleを設立しました。夜の世界に関わる女性のセカンドキャリアに関わる課題を、デザイン的に解決する試みをしています。

明智 一般社団法人GrowAsPeopleはどんな団体ですか?

角間 一般社団法人GrowAsPeopleは2010年の大坂二児遺棄事件を発端に設立しました。性風俗等を中心とした夜の業界に関わる情報取得と、夜の世界に関わっている女性に本当に必要とされている仕組みのデザインを行っている組織です。チームは主に文筆家、デザイナー、エンジニア、建築家等のものづくりに強みの有るメンバーで構成されています。

明智 ありがとうございます。では、さっそくですがこの二つの漫画についてお聞きしていきます。はじめはただのエロ漫画かと思って読んでみるとけっこう政治やイデオロギーの内容が多くて、歴史の教科書みたいな感じがしました。角間さんの漫画を読んでみた感想を教えてください。

角間 これまで「売春」「慰安婦」などは、「女性が虐げられている」とか「搾取されている」という結論を裏付けるためのアイコンとして扱われてきていた印象があります。しかし、現代社会に生きる我々としては、歴史的な背景に思考を留めるのではなく、次の段階、つまり風俗の世界の構造的問題とか、彼女たちの目の前にある現実的な問題に目を向けることが大切だと考えています。

とはいえこの2作に関して言えば、当然ただのエロ漫画などでも、女性を卑下するためではなく、歴史的な背景をとても丁寧にそして客観的に描いていると素直に思いました。読んでいて、自分の関心領域だという点を抜きにしても引き込まれるものがありました。

明智 二つの漫画を読んでみて昔の状況は理解できたのですが、現在の風俗業界の現状を教えてください。

角間 女性と子どもの貧困という課題が注目されることで、風俗業界が貧困女性の事実上のセーフティーネットの役割を果たしているとか言われていますよね。しかしながら現代の風俗の世界は決して貧困や格差、若さゆえの浅はかさ等の単一のテーマを軸に構造が形成されているのではなく、もっと多様な立場や感情や背景が複雑に入り交じっていると思います。その結果、風俗というものの境界線が透明なものとして成り立っているのが現実です。

一方で、これらの2作の漫画は歴史的な背景の描き方は丁寧ですが、その分当時の風俗(売春)というものの扱い方が典型的で、格差を理由に関わりが生まれ、一度入ったら抜け出すのが難しいわかりやすい悲劇の世界として描かれています。いわゆる境界線がはっきりとしているあちら側の世界という感じ。

現代の風俗はこの2作の時代の扱いに比べ、関わること以上に辞めることの選択肢がとてもカジュアルです。動機がなんであれ、女子大生や主婦などが気軽に風俗で働き、そして自身の意志でいつでも辞めることができる環境になっています。そのような意味では、風俗で働く女性たちが置かれている状況は今と昔ではだいぶ違ってきています。

明智 漫画を読んでみて、特に印象に残ったところはありますか?

角間 3つ印象に残った視点がありますね。

一つ目は、当時の風俗産業に関わるプレイヤーが丁寧に書かれていること。風俗、売春等のテーマを作品にする際、どこか女性の影ばかりを追いかけてしまいがちな印象を受けるので。この2作では脇を固めていた者の存在がしっかりと認識できます。番頭や客の話とか。

二つ目は病気のリスク。歴史と風俗、売春を語る際に必ずセットである、性病についても丁寧に書かれていたと思います。主人公がなぜ病気にかからないか?についてはもう少し突っ込んだ話をみたい気もしましたが・・・。病気のリスクについては重要なポイントで、この2作の時代は性病リスク及び、性病から命を失うリスクが非常に高かった。風俗産業からは抜けられず、その結果命を失うリスクが極めて高かったわけです。

しかし、現代では性病に感染する(諸意見ありますけど)リスクがある程度コントロールされていることに加えて、医療、公衆衛生の進歩があり万が一感染しても治療がしっかりしているので死ぬというリスク自体は少なくなっています。そのため、“風俗の仕事を辞めたあと=セカンドキャリア”という概念が極めて重要になっているわけですが、セカンドキャリアの課題についても丁寧に扱っているのが印象に残った3つ目のことですね。

2作とも抜けるまでのストーリーに留まらずその後の人生、人の世の厄介さ、生きづらさとを描いているという点には、今も昔も風俗の仕事を辞めた後の差別的な扱われ方は大きな問題だったのだなぁと改めて思わされました。

こうした悲劇を扱って感情を揺さぶるストーリーに終始するのではなく、人物、環境、時間を丁寧に書いているような精度の高さも話題を呼んでいる一つの理由ではないでしょうか。

明智 なぜ今この漫画が人気あると思いますか?

角間 まず、性に関わる少なくともそう感じさせるテーマそのものに強力な引力があるからではないでしょうか。また“戦争”という話題もある種の時事ネタになっているといえるので、好奇心が刺激されているのかもしれませんね。そして実際に読み進めてみると、前述のとおりの丁寧で重厚な作品構成に引きこまれもう一度見たくなってしまう、続きを読みたくなってしまう。読者に希望を与える内容ではないですが、感覚的に良いものとして認識できる感じがあります。

セックスコンテンツが浅はかな内容になり易いなかで、どちらの漫画も歴史背景、登場人物等を丁寧に描いています。とくに、性的描写や思想的イデオロギーなどについて淡々と事実だけ描写しているのがどの層に対しても好まれるのではないでしょうか。二つの漫画とも少し前に作られた作品とのことですが、再評価されているのは「良い作品はまた読まれる」ということを証明していますね。先人の作品に影響を受け、現代の風俗界隈の複雑さを丁寧に切り取った作品が生まれるといいなぁと思っています。

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一般社団法人GrowAsPeople

2010年の大坂二児遺棄事件を発端に設立。性風俗等を中心とした夜の業界に関わる情報取得と、夜の世界に関わっている女性に本当に必要とされている仕組みのデザインを行っている。

『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事

定期的な勉強会の開催などを通して市民セクターのロビイングへの参加促進、ロビイストの認知拡大と地位向上、アドボカシーの体系化を目指して活動している。「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げて、「いじめ対策」「自殺対策」などのロビー活動を行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、などを務めている。

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