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「トランプ大統領は金正恩と直接交渉する用意がある」本人がほのめかす

木村正人在英国際ジャーナリスト
核弾頭とみられる銀色の球体を視察する金正恩(労働新聞)

「金正恩と会談することに何の問題もない」

米大統領選・共和党予備選で指名獲得が確実になった不動産王ドナルド・トランプ(69)はもはやジョークでは済まなくなっています。ロイター通信とのインタビューでトランプは米大統領として北朝鮮の第1書記、金正恩と会談する意思があることを示唆しました。

「私は彼と話すだろう。彼と会談することに何の問題もない」「(北朝鮮の核・ミサイル開発を止めさせるため)私は中国に大きな圧力をかけるだろう。米国は経済的に非常に大きな影響力を持っているからだ」

北朝鮮に対して米大統領オバマは、核・ミサイル開発をあきらめない限り絶対に妥協しない「戦略的忍耐」を採っており、経済制裁を強化しています。「トランプ大統領」が誕生して対話路線に切り換われば、米国の北朝鮮政策は180度転換することになります。

3月、トランプは米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューに「日本と韓国は独自の核兵器を保有すべきだった。そうすれば彼らは北東アジアで米国の庇護に今ほど依存していなかった」と話しています。

北朝鮮との対話への転換は、日本や韓国に独自核の保有を促す政策とは一貫していません。さらに民主党だけでなく共和党内部からも「米国の大統領がならず者国家の独裁者と1対1の交渉テーブルに着くことなどあり得ない」と猛烈な反発を招く恐れがあります。

金正恩は36年ぶりに開かれた朝鮮労働党大会でこう発言しました。「わが国は責任ある核保有国として、核を保有する敵意ある攻撃的な国によって主権が侵略されない限り、核兵器は使用しない。我々はすでに宣言している通り、核不拡の義務を忠実に果たし、世界の非核化に努める」

「中国のレッドラインは分からない」

米ランド研究所のアンドリュー・スコベル氏(筆者撮影)
米ランド研究所のアンドリュー・スコベル氏(筆者撮影)

この発言の意味について北朝鮮問題に詳しい米ランド研究所シニア・ポリティカルサイエンティスト、アンドリュー・スコベル氏に質問しました。

スコベル氏「北朝鮮にとっては抑止力という防衛的な核政策を採るというシグナルを送る意味があります。現在の状況下で幾分、(核兵器を攻撃のため先制使用しないことを)再保証したと中国にみなされる可能性が強いでしょう」

――北朝鮮は何を求めているのでしょう

「北朝鮮にとって、核兵器は抑止力としてだけではなく、国際的な地位を示すものです。核保有国として、北朝鮮は中国のような他の核保有国と基本的に対等な立場に立ったと考えています。しかし、これは北朝鮮が中国と同じだけの核兵器を持つことや、中国と似た核兵器と(弾道ミサイルなど)運搬手段を持つことを渇望していることを意味しません」

――中国が習近平体制になってから、核・ミサイル開発を進める北朝鮮へのフラストレーションを募らせていますが、中国が北朝鮮に突き付けているレッドライン(越えてはならない一線)とは何を指しているのでしょう

「中国のレッドラインがどこにあるのか断言するのは難しいですが、北朝鮮による核兵器の使用がそれである可能性は強いです」

――中国は北朝鮮の「核の先制不使用」宣言に満足していると思いますか

「私は中国が北朝鮮の核兵器計画を喜んでいるとは思いません。実際に北朝鮮の核兵器計画にさらなる懸念を示すようになっています」

「唇歯相依の友好的隣国」

スコベル氏によると、習近平は北朝鮮に対する中国国内の世論を気にしており、以前のように「唇歯相依の友好的隣国」「社会主義大家庭の中の親密な兄弟」として寛大な姿勢を示すわけにはいかなくなっています。核兵器こそ持っていないものの韓国の方が北朝鮮より経済発展を遂げ、国際的な地位も上がっています。

習近平体制になってから、中国共産党機関紙の人民日報や環球時報が北朝鮮を批判する回数が急激に増えているのは、国内世論を気にしている面もあるそうです。しかし言葉よりも行動を見よと言います。中国はまず朝鮮半島で戦争が起きることを一番怖れています。

次に北朝鮮の体制が崩壊して大量の難民が中朝国境に押し寄せることや、北朝鮮が韓国と1つになってバッファ(緩衝帯)がなくなり、米国や韓国の軍事力に直面することに重大な懸念を抱いています。石油など北朝鮮への物流をシャットアウトすると、金正恩の暴発や体制の崩壊につながる恐れがあるとして、中国はこれまで北朝鮮に対する経済制裁に本腰を入れてきませんでした。

それが今日の北朝鮮による核・ミサイルの保有を招いた最大の原因です。中国外務省の陸慷報道局長は「朝鮮半島の非核化・平和安定・協議による問題解決を堅持する」と述べていますが、中国の本心が北朝鮮に核・ミサイル開発を断念させることにあるとはとても思えません。

北朝鮮に核・ミサイル開発の自制を求め、米国を6カ国協議のテーブルに引き戻して北東アジアの軍事的緊張を和らげ、時間を稼ぐことと、国際社会に中国は信頼に足るプレーヤーだとアピールするのが当面の中国の狙いではないのでしょうか。

北朝鮮の核・ミサイル開発について「中国抜きでは何もできない」というのが歴代米政権の結論というのがスコベル氏の解説でした。

1~3月期の中朝貿易は12.7%アップ

出所:North Korean Economy Watchを参考に筆者作成
出所:North Korean Economy Watchを参考に筆者作成

北朝鮮の4回目の核実験を受け、国連安全保障理事会が制裁決議を採択しました。中国は国境地帯の税関検査を強化し、北朝鮮に関わる船舶の入港も制限、北朝鮮の口座に送金する銀行システムが停止されました。しかし過去の北朝鮮の核実験と対中貿易の拡大ぶりを見ると、中国の制裁で中朝貿易がどこまで抑えられるのか、甚だ疑問です。

聯合ニュースによると、国連の制裁決議にもかかわらず、今年1~3月期の中朝貿易は昨年同期に比べて12.7%もアップし、12億ドルに達したそうです。トランプが米大統領になったら驚愕ですが、北朝鮮との対話や中国への圧力がどこまで効果を持つと考えているのか尋ねてみたいものです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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