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かつてない「未知の相手」オーストラリア代表の要注意選手とは?(宇都宮徹壱ウェブマガジンより転載)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
日本戦に臨むオーストラリア代表の面々。昨年のアジアカップ以降も若返りが著しい。

いよいよ本日(10月11日)メルボルンで行われる、オーストラリアと日本によるワールドカップ・アジア最終予選。これまでたびたび熱戦を繰り広げてきたアジアカップ王者は、14年にアンジ・ポステコグルー監督が就任してから一気に世代交代が進み、志向するスタイルもロングボールとフィジカルを前面に押し出したサッカーからポゼッションサッカーへと大転換を遂げて今に至っている。

あの本田圭佑をしても「知らない選手が多い」と語っていたオーストラリア。選手の顔ぶれも、やっているサッカーも大きく変わった今となっては、むしろ「未知の相手」として警戒すべきであろう。そこで今回、対戦相手の「今」をお伝えするべく、宇都宮徹壱ウェブマガジンで掲載されたインタビュー記事を「ダイジェスト版」として転載する。ご登場いただいたのは、オーストラリアのサッカーを長年ウォッチし続けている在豪ライター、植松久隆さん。本日のTV観戦の一助となれば幸いである。

ポステコグルー監督は世代交代を進めながらポゼッションサッカーを浸透させた。
ポステコグルー監督は世代交代を進めながらポゼッションサッカーを浸透させた。

■「絶え間なく世代交代を進めていく」

――オーストラリア代表はアンジ・ポステコグルーが監督になって3年目になります。昨年のアジアカップ以降、選手選考に変化はありましたか?

植松 就任以来、「絶え間なく世代交代を進めていく」というアンジのポリシーに関しては、まったくブレていないですね。それで結果も出しているし、選手層の厚みにもつながっています

――最終予選のオーストラリア代表の顔ぶれは、アジアカップの頃からかなり変わっているんでしょうか?

植松 ちょうど今日(9月20日)、10月シリーズの代表メンバーが発表されたんですけど、アジアカップのメンバーで残っているのは11人ですね。半分以上は新しい選手になっているんですよ。確かにケガとかチーム事情とかで選ばれていない選手もいますけど、軒並み若い選手ばかりです。これはアンジが「絶え間なく世代交代を進めていく」というポリシーの現れだと思いますね。

――なるほど。今回選ばれたメンバーのうち、国内組はどれくらいですか?

植松 Aリーグの所属選手っていうのはティム・ケイヒル(メルボルン・シティ)だけですね。

――ということは、今の代表は欧州組がメインですか?

植松 ヨーロッパが一番多いですね、それ以外だと中国。マシュー・スピラノビッチが杭州緑城で、その相方のトレント・セインズベリーが去年から江蘇蘇寧です。ただしアンジは、代表レベルの選手が中国でプレーすることにはネガティブですね。

――選択するのは本人ですから、一概には判断できませんが、中国リーグに行って才能が開花したという話って、あまり聞きませんよね。

植松 確かに。特にセインズベリーについては、今は24歳でPECズヴォレというエールディヴィジ(オランダリーグ)の中堅にいたのに、いきなり巨額のオファーをもらって江蘇蘇寧に行っちゃったんですね。まだまだ欧州で伸びる素材だったのに、中国に行ってしまったのでアンジのみならず、オーストラリア国内でもネガティブなリアクションが多かったです。

プレーメーカーとして頭角を現しているムーイ。かつて小野伸二とチームメイトだった。
プレーメーカーとして頭角を現しているムーイ。かつて小野伸二とチームメイトだった。

■「発掘された」若きヨーロッパ組がチームの中心

――欧州組での中心選手は誰になりますか?

植松 やっぱり今「熱い」のは、小野伸二とウェスタン・シドニー・ワンダラーズでプレーしていたアーロン・ムーイ(ハダースフィールド)ですね。メルボルン・シティからマンチェスター・シティに行って、さらにチャンピオンシップ(2部)のハダーズフィールドにレンタルされているんですけど、そこで大活躍しています。今26歳ですが、シティでプレーするのもそう先の話ではないと思うんですよね。代表でも中盤のゲームメーカーとして存在感を示しています。

――彼はアジアカップではメンバーに入っていなかったですよね?

植松 入っていなかったんですけど、その後はあれよあれよという間に代表の主力に成長しましたね。日本と同じで、オーストラリアも中盤の人材は豊富です。そんな中でもうひとり挙げるなら、トム・ロギッチ(セルティック)。10代の頃から将来を嘱望されながらケガに悩まされてきたんですけど、最近はセルティックでもコンスタントに出場してゴールを積み上げています。

――ムーイにしろ、ロギッチにしろ、それまで代表に定着できていなかった欧州組がここにきて重用されるようになったのはなぜでしょうか?

植松 アンジの体制になってから、ヨーロッパのスカウティングをより充実させたことによって、今まで見逃されがちだった若い世代がチャンスを与えられているようになった、ということだと思います。実際、(歴代代表監督の)ピム・ファーベークにしてもホルガー・オジェックにしても、ヨーロッパ偏重だったんですよ。ただし選ばれる選手は、ヨーロッパで実績のある中堅以上がメインでした。でもアンジが選ぶ欧州組は、日本のマニアックなサッカーファンでも知らないような若手がけっこういる。そのほとんどは、育成段階からヨーロッパに渡った選手たちです。

――それこそオーストラリアは移民国家ですから、クロアチアやギリシャといった父祖の国で武者修行する若者も少なくないでしょうね。

植松 そうですね。加えてオーストラリアは二重国籍が多いので、早めにアプローチしてオーストラリア代表にしてしまうということがよくあります。アポストロス・ギアンヌ(広州富力)という大型FWがいるんですけど、彼はギリシャ系でギリシャ代表になる権利も持っていたんですが、結局オーストラリア代表を選びました。ただし、今回のメンバーには入っていません(※註1)。彼も「これから」というタイミングで中国に行ってしまったので、嫌われたのかもしれませんね(笑)。

※註1:のちに怪我人が出たために追加招集。

――なるほど。では、今回選出された選手の中で、特に気を付けなければいけない選手を何人か挙げていただけますか?

植松 よく知られているのはロビー・クルーズ(レバークーゼン)ですけど、彼以上に最近怖いなと思うのは、マシュー・レッキー(インゴルシュタット)ですね。左右のウイングができて、4-4-2の時はツートップの一角にもなれる選手です。レッキーが成長したことで、ケイヒルを切り札として使えるようになりました。それから日本に馴染みのあるということでいうと、マーク・ミリガン(バニーヤースSC)。

――元ジェフ千葉のミリガンですね? 今はUAEでプレーしているようですが。

植松 そのミリガンの「いぶし銀度」がとんでもないことになって、しかもユーティリティ性も半端なくなっています。本職はボランチなんですが、上背がないのに(178センチ)センターバックもできるし、攻撃的MFもサイドバックもこなせます。実際、イラク戦ではセンターバックで、UAE戦ではボランチで、いずれもフル出場してMVP級の活躍を見せていました。ミリガンのユーティリティ性を最大限に活かすというのが、今度の日本戦でアンジが考えているアプローチだと思うんですよね。

――では、GKについてはいかがでしょうか?

植松 GKはマシュー・ライアン(バレンシア)で盤石なんですけど、ちょっとリーガの試合でケガをしたみたいです。おそらく日本戦に照準を合わせて、次のサウジアラビア戦は別の選手がでるんじゃないですかね(※註2)。ただGKに関しては、オーストラリアはまったく心配がなくて、5人目6人目ぐらいまでは代表レベルでいけるくらい充実しています。

※註2:サウジアラビア戦にも出場。

もはや「日本の天敵」と言ってよいケイヒルは、試合途中で起用される公算が高い。
もはや「日本の天敵」と言ってよいケイヒルは、試合途中で起用される公算が高い。

■「日本の天敵」ケイヒルは途中出場が濃厚

――アジアカップでのオーストラリア代表は、キャプテンのミレ・イェディナク(アストン・ビラ)をアンカーに置いた4-3-3というイメージですが、それは今でも変わりはないのでしょうか?

植松 そうですね。表記上は4-1-2-3が基本形です。対戦相手によっては、同じ4-3-3で守備的MFを2枚にする形もあるんですが、イラク戦では中盤がダイヤモンド型の4-4-2だったんです。で、だんだんポゼッションで優位になってくると、ボランチを1枚残して、アタッキングMFが3枚フラットに並ぶような感じで、前掛かりになっていきました。結構、フレキシブルにポジションやシステムが変わるんです。ですから、かつてのイングランドスタイルをイメージしていると、面食らうことになると思います。

――ポゼッション重視というアンジの目指すサッカーは、今も変わっていないのでしょうか?

植松 そこもブレていませんね。世代交代が進んで、アンジの「つなぐサッカー」が浸透したぶん、日本にとってのオーストラリアはこれまで以上に「未知の相手」になると思います。日本で名前が知られている選手も、今はケイヒルとミリガンくらいしか残っていませんし。

――そのケイヒルですが、日本が国民レベルで苦手意識があることは、当然アンジも理解しているわけですよね。日本戦ではどんな使われ方をされると予想しますか?

植松 次のサウジ戦を見ないとなんとも言えないんですけど、おそらくケイヒルは頭から出てこないと思うんですね(※註3)

――途中から、ということですか?

植松 そうです。ケイヒルの本領って、少ない時間、少ないチャンスで決定力を発揮するという、対戦相手にとっては非常に嫌なタイプなんです。もちろん頭から出たら90分間頑張れるんですけど、これだけ若手選手が育ちつつあるわけだし、相手との駆け引きやベンチワークを考えるなら、むしろケイヒルをベンチに置いておいて「いつ出てくるんだろう?」と疑心暗鬼にさせておくのが、すごく効果的だと思うんですよ。

※註3:サウジアラビア戦では85分に出場。

――なるほど。2年前のワールドカップで、コートジボワールがドログバをあえてベンチスタートにした、あのイメージですね?

植松 そう。ですからアンジはきっと、ケイヒルをスーパーサブ的に使ってくると思いますよ。代表では92試合48ゴールという実績がありますし、この間のUAE戦でも決勝ゴールを決めているし。

――UAEとのアウエー戦は、けっこう厳しい試合だったみたいですね?

植松 そうです。ボールは持たせてくれるんですけど、慣れない気候もあって、なかなかゴールが奪えないし、ひやりとするシーンもありました。そこでベンチは満を持してケイヒルを投入したら、75分にファーストタッチでゴール。それが決勝点になったんですね。

――嫌なタイプですよね、対戦相手にしてみれば。

植松 ちなみにケイヒルにドンピシャのクロスを供給したのが、ブラッド・スミス(ボーンマス)っていうリバプールのユース育ちの若手選手で、今はボーンマスに貸し出されているんですが、左サイドバックとして売り出し中です。このスミスからケイヒルへのホットラインも、日本の守備陣、特に右サイドの選手は注意してほしいところですね。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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