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【ガザからの報告②】―ハマスへの民衆の見方-

土井敏邦ジャーナリスト
ハマスの戦闘員(撮影・土井敏邦)

イスラエル軍の1ヵ月を超える激しい攻撃によって、ガザ地区内の通信網も寸断された。インターネットがかろうじて使える地域も限定されている。北部のガザ市内、および最南部のラファ市では完全にインターネットは遮断され、かろうじて通信可能なのは、ガザ地区南部最大の街ハンユニス市内、中部の2つの難民キャンプなどだけである。

 ジャーナリストで作家の私の友人Mはそのガザ地区中部で暮らしている。

 今回のガザ攻撃が始まって2週間後あたりから、やっとMとSNSのメッセンジャーで通話ができるようになった。そのMからの報告を映像と音声で記録した。

Mはイスラエル軍の攻撃下の住民の厳しい状況を10月24日と31日に映像で伝えてきた。

【支持から怒りへ】

(Q・一般の住民はハマスが10月7日に、イスラエル市民に何をしたか、知っているんですか?残忍な方法でハマスによって1400人が殺されました。それについて住民はどう受け止めているのでしょうか?)

 私個人としては、イスラエルの一般市民を殺すことには反対です。ハマスは、キブツの住民などイスラエルの一般市民をとても残忍な手段で殺害しました。眠っている子どもや80~90歳の老女たちさえも。これはひどいやり方です。私の意見に同意する人は少なくないはずです。しかしそんなことをSNSで流すことはできない。ラジオなどで声を上げることはできない。だからそんな意見は自分の中に閉まっておくのです。大声でそんな意見を言うことは難しいのです。

(Q・ハマスは自分たちの行動にこれほどの報復を予想していたのだろうか?)

 ハマスはよくわかっていたと思います。イスラエルに対する攻撃に対して、どんな結果を生むかを。24時間に1400人が殺されるということは前代未聞だからです。イスラエル建国以来、初めてでしょう。

(Q・最初のメールでの連絡で、あなたは「住民はハマスの攻撃を支持している」と私に伝えてきましたが、今でも住民はハマスとハマスの行動を支持しているのですか?)

 最初は多くの住民はハマスの行動を支持しました。その理由が何か私にもよくわかりません。心理的なものがあったのだろう。この現象を説明するには心理の専門家の分析が必要でしょう。

 しかし日々、ハマスの行動の支持者は減少しました。日々のイスラエルの報復、破壊が住民の生活を圧迫し、ひどい影響を及ぼしはじめると、最初はハマスの行動を支持していた人たちもハマスの行動に批判的になり、支持の数は減少してきたんです。

(Q・ハマスの行動に住民の支持が変わったのは、いつ頃ですか?)

 私はいつもFBやツイッターで、人びとがどういうことを話題にしているかをモニターしています。

 ハマス批判へと流れが大きく変わったのは、アルアハリ病院への攻撃(10月17日)で約600人が殺された時です。人びとは大きな衝撃を受けた。その事件のあとSNSで「お前たち(ハマス)はパレスチナ人住民を殺している。お前たちの指導部はドーハやカタールの贅沢なホテルで暮らしている。お前たちは、戦争を初めて虐殺されたパレスチナの無辜の市民のことなんか気にしていないんだ!」といった、ハマスへの直接の批判が始まりました。

(イスラエル軍の空爆で壊滅状態の街/撮影・ガザ住民)
(イスラエル軍の空爆で壊滅状態の街/撮影・ガザ住民)

(Q・あの病院攻撃は誰に責任があると思うか?)

 90%のパレスチナ人はイスラエルの責任だと考えています。パレスチナ人側のロケット弾は30~40キロのTNT爆弾を搭載したとても小さいものです。そんなロケット弾であれほどの爆発を起こせない。これまでハマスやイスラム聖戦はイスラエルに向けて発射してきたが、これほどの被害をもたらしたことはありません。彼らの爆弾の威力は限られています。あんな爆発を起こすには1トン以上の爆弾が必要です。それを持つのはイスラエルです。

(Q・2014年戦争の時も、戦争中はハマスを支持していたが、戦後、住む場所も生活の糧も失った住民がハマスへの怒りを明らかにしました。今回も同じことが起こると思いますか?)

 この戦争も同じ状況です。この戦争の最初は、「ハマスがイスラエルを攻撃した。強力な軍事力を持つイスラエル軍と市民に甚大な被害をもたらした。ハマスは強力な力をもっている。エルサレムやヨルダン川西岸でイスラエルがやっていることに懲罰を与えてくれた。だからハマスを支持する」と最初は言っていました。しかしそのようにハマスを支持した人の数は次第に減少していったのです。

 イスラエルの攻撃が激しくなると、住民がホームレスになり、食料や医薬品がなくなる事態になると、平穏に暮らせなくなってきました。例えば私自身も、毎日2~3時間しか眠れない。爆発音を怖がって泣く子どもたちの世話をしなければならない。私と同じように、住民たちはよく眠れいないと思います。食事も十分とれない。平穏な心理状態も保てない。これが世論に反映されていきました。

 そのうちだんだんハマスを非難し始めました。人質をとっていることに対しても、「私たちにはそんな人質なんで必要ない。その人質を取り戻すためにイスラエルはさらに反撃するのだから」というふうにです。そのようにして、ハマスを批判する声は、だんだん大きくなっていったのです。

(Q・ハマスの今回の大規模な攻撃の目的は何だったと思いますか?ハマスはイスラエルがこのような報復をすることを予想していたのだろうか?私はこう推測しています。「ハマスはこの報復はわかっていて、その激しい報復が欧米諸国、とりわけイスラエルとの和平へ向かう湾岸諸国の国民たちに大きなパレスチナ支持のうねりを起こし、イスラエルと「和平」へと動こうとする湾岸諸国のリーダーたちの動きを止めようとしたのではないか」と)

 あなたが言っていることの可能性はあります。中にはあなたが言っていることと同じ主張する者もいます。その一方、他の意見もあります。アメリカでの2001年9月11日と事件と重ねる者もいるんです。アルカイダによって引き起こされた事件です。あれと比較する者もいます。

(Q・ハマスは自分たちの行動が、これほどの報復を受けることを予想していたと思いますか?)

 イスラエルがこれほどの報復をすることは、ハマスは十分わかっていたと思います。1日で1000人を超えるイスラエル人が殺されたことはなかった。初代首相ベン・グリオン時代以来なかったことだし、1973年の第四で中東戦争だってこんなことはなかった。だからイスラエルが異常なほどの報復することはわかっていたはずです。

(Q・ハマスは生き延びることができるのか?住民はそれを許すだろうか?)

 その決断は私ではなく、ネタニヤフの決断に委ねられています。ハマスの支配を永久に終わらせようとするのかどうか私にはわからない。というのは以前、ネタニヤフはハマスにカタールなどから金が流れるとのを黙認しました。PAとハマスとによるパレスチナの分裂を継続するため、ハマスを存続させようとしたからです。今回はネタニヤフは本気でハマスのせん滅しよとしているのかどうはわかりません

(Q・民衆はハマスが生き残ることを望んでいるのか。それとも消えてほしいのか?)

 3つのグループに分けられます。1つはハマスが壊滅され、「ハマス」の名をつくものを排除し、ハマスを二度とみたくない人たち。もう1つは、ハマスが政府として生き残り、野党として存在することを望む人たちです。三つ目のグループは、ハマスを全面的に支持する人たちで、政府としてガザを支配することを望む者たちです。

(Q・住民の怒りはどこへ向かうのだろう。ハマスか、イスラエルか?)

 両方です。イスラエルは集団懲罰的な虐殺を行っています。ものすごい数の住民を殺しています。今は死者が8500人も達しています(10月31日現在)。イスラエルがものすごい暴力を一般住民に対して行っていることにもちろん怒っています。

その一方で、ハマスに対する怒りが増しています。ハマスがこのひどい戦争を引き起こしました。私たちはまったく何の準備もできていないのにです。食べ物もなく、医薬品もない。パンもない。そんな状況の中で、なぜこんな状況になるとわかっていて、戦争を引き起こしたのか。ガザ住民の間に何の準備もできていない状況の中で。しかもハマスは停戦も呼びかけない。その間に何千人という住民が殺されているんです。だからこの状況の中で、住民はハマスを非難し攻撃しています。そしてすぐに停戦をするように要求しています。住民は完全に疲れ果てているからです。

 ガザでは実際、飢饉が起こっています。

(Q・イスラエルは完全にハマスを抹殺しようとしているのだろうか?それは可能だろうか?)

 イスラエル軍にとって可能だろうが、簡単なことではないと思います。

2つの理由があります。1つは、ガザの地理的な状況です。ご存知のようにガザはとても狭い地域です。世界でも最も人口密度の多いところです。街中に入ると、高い人口密度の現場に出くわす。自由には動けない。だから人口密度の高さは、イスラエル軍には大きな障害になります。つまり一つは地理的な困難です。

 もう1つは、ハマスです。3~4万人の戦闘員がいると言われています。彼らは空軍も海軍もなく、陸上の戦闘員だけです。だからイスラエル軍の侵攻を待っている。彼らはその地域での戦闘になれていますし、十分な経験もある。地上戦に慣れているのです。だからイスラエル軍は多くの犠牲を伴うという、とても高い代償を払うことになるかもしれません。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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