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ハリウッドのセクハラ騒動:なぜ今、急に爆発したのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
30年にもわたってセクハラを行ってきたハーベイ・ワインスタイン(写真:ロイター/アフロ)

 ハーベイ・ワインスタインの暴露記事が「New York Times」に出て、ちょうど1ヶ月が過ぎた。この間、ほかに出てきたセクハラ加害者には、ケビン・スペイシー、ブレット・ラトナー、ジェレミー・ピヴェン、ダスティン・ホフマン、ジェームズ・トバック、アンディ・ディックなどがいる。ほかにも、政治アナリストのマーク・ハルペリン、アマゾン・スタジオズのロイ・プライス、NPRのマイケル・オレスキス、複数のタレントエージェントが、職を失った。

 本来ならば、今ごろハリウッドは、アワードシーズンの話で忙しい時期。だが、毎日のように知っている誰かの名前が浮上しては、その人の人生が急落していく状況に、業界は気を取られっぱなしだ。「スマフォを見るのが怖くなった」という声も聞かれる。

 この騒動には日本でも関心が持たれているようで、筆者も、日本のマスコミ関係者から、何度か質問を受けたり、コメントを求められたりしている。そして、そのたびに、ほぼ必ず「どうして被害者たちは今まで黙っていたのでしょうか」と聞かれる。

 そう、なぜ、今、突然にして噴出したのか。それは、今だからだ。過去にセクハラで訴訟されたことが知られていたのに今年のオスカーを取ったケイシー・アフレックや、セクハラコメントの音声が公開されたのに大統領選で勝ってしまったトランプは、悔しくもぎりぎりセーフだったのである。まったく、悪運が強いとしか言いようがない。

性犯罪の被害者が名乗り出ないのはよくあること

 まず、「どうしてその時に何もしなかったのか」という質問。それは、ちょっと想像していただければすむのではないだろうか。多くの被害者は、20代前半、あるいは10代の女性だ。まさかそんなことをされるとは思わずにミーティングに出かけた彼女らは、どれほどの恐怖を味わったことだろう。しかも、多くのケースは、80年代、90年代である。当時は今よりももっと、性犯罪の被害者は恥を感じ、警察に届け出ることをしなかった。また、スペイシーに被害を受けたアンソニー・ラップは、当時14歳で、自分がゲイであることをカミングアウトする心の準備ができていなかったことも、母親に言わなかった理由のひとつだと述べている。

 さらに、組織的なプレッシャーがある。彼女らは駆け出しで、無名。一方でワインスタインやラトナー、スペイシーらは権力者だ。訴えたところで、これら権力者たちは、高額な弁護士を使って、あっというまに握りつぶし、ついでにその若者が二度と業界で働けないようにするだろう。実際、そのような脅しを、ワインスタインは使っていた。トバックは、「その筋の知り合いがいる」と、何か言ったら殺すというニュアンスのことまで言ったそうである。

 本来ならば彼女らを守るべき立場にあるエージェントも、これら大物の権力に屈した。エージェントは、自分たちが抱えるタレントのギャラの10%程度をコミッションとしてもらうことで稼いでいる。ワインスタインのような大物に面と向かって反撃し、もし自分の会社をブラックリストされるようなことになったら、大変だ。日本と違ってタレントは自由にほかに移籍できるので、そんなことになったら、タレントに逃げられてしまう。

 10代の時に監督にレイプされたと告白したリース・ウィザスプーンは(彼女はこの監督の名前を明かしていない)、エージェントやプロデューサーから、黙っていることが雇ってもらう条件だという暗黙のプレッシャーを感じたと語っている。ただし、エージェントがみんなそうだったわけではなく、ある女性の脚本家は、イギリスの女性エージェントから、「あなたをワインスタインとふたりきりの部屋に送り込むことはしないからね」と言われていたと明かしている。

 また、ワインスタインの社員たちは、雇用時に、全員、秘密保持を約束する契約書にサインさせられている。会社や社員の不名誉になることをいっさい暴露してはいけないというもので、ワインスタインの会社に限らず、たとえばレオナルド・ディカプリオのプロダクション会社など、ハリウッドではほかでも広く行われているらしい。そのせいで、ワインスタインの社員の多くは、取材を拒否したり、実名を伏せたりする以外なかったのである。

時代の変化は、昨年からエンタメ業界にも押し寄せ始めていた

  セクハラ問題は、決してハリウッドに限ったことではない。ひと昔前なら、目上の男性社員が新卒の女性社員に飲み会で不適切なことを言ったりすることは、当たり前のようにあったはずだ。だが、次第にセクハラというコンセプトが世の中に知られるようになっていき、そういった行動を阻止する社員教育が行われるようになってきたのである。

 だから、大手企業では、こういったことは、昔よりは起こりにくい。ハリウッドでも、パラマウントやユニバーサルのようなメジャースタジオでは、その上にさらに親会社がいるのだから、いくらトップでも、ルールを無視して好き勝手にはやれない。しかし、ワインスタインは、会社イコール彼、である。彼にセクハラされた社員が直属の上司や人事部に相談したところで、行き着く先は加害者本人。自分がクビにされて終わりだ。

 大スターにも、ボスや親会社はいない。ホフマンが17歳のインターンに対して卑猥な発言をしたのは1985年のこと。周囲はそれを見て笑っていたとのことだが、当時はまだセクハラのコンセプトも浅かっただろうし、すでにビッグスターだったホフマンに対して、下の者が「そういうこと言ったら彼女がかわいそうです」というのは、難しかっただろう。もちろん、だからといって筆者はホフマンを弁護はしない。良識をもったジェントルマンならば、時代を問わず、そんなことは言わないはずである。

 そうやって、ハリウッドの権力者たちは、裸の王様になっていったのだ。それでも、昨年あたりから、時代はエンタメ業界を完全には放っておかなくなってきている。

 この動きを推し進めた一番の出来事は、昨年夏、フォックス・ニュース・チャンネルの元キャスター、グレッチェン・カールソンがトップのロジャー・エイルズに対して起こした、セクハラと不当解雇の訴訟だ。これを受けて、エイルズにセクハラを受けたという女性が、新たに複数名乗り出ている。結果的にエイルズは辞職に追い込まれ、カールソンはフォックスから2,000万ドルを受け取った。

 この直後には、フォックス・ニュースに出演するビル・オライリーが、長年にわたってセクハラを行い、フォックスが女性たちにお金を払って示談で解決していたことが発覚する。新たな女性たちが名乗り出るうちに、彼の番組は広告主を失い、フォックスは彼の出演契約を打ち切った。それが、この春のことだ。「New York Times」と「New Yorker」のワインスタインに関する取材は、そんな中で進められていたのである。

年齢を重ねた過去の被害者が、多数、実名を出して名乗り出た

「New York Times」「New Yorker」に対して、有名女優たちが実名入りで告白をした背景には、今、彼女らが、事件当時とは、キャリアでも、人生においても、違う位置にあることも関係していたと思われる。

 グウィネス・パルトロウがワインスタインにセクハラを受けたのは、彼女がワインスタインのプロデュースする「Emma エマ」で、初の主演を獲得した時だ。彼の誘いを拒否してホテルの部屋を出て行った時、彼女は、これで出演の話も取り消しにされるのかと恐れたと語っている。アンジェリーナ・ジョリーも、事件当時は、まだ知名度の低い若手女優だった。今やパルトロウは、Goop.comの創業者として大儲けをしている女性起業家。ジョリーは女優業より監督業に熱心で、最新作は来年のオスカーに外国語部門でノミネートされるかもしれない。彼女らはもはや、ワインスタインや、彼の顔色をうかがう男たちを心配しなくてもすむ立場にあるのだ。ほかの女優たちも、時代が変わり、年齢を重ねた今だからこそ、20年かそれより前に起こった時のことを語れる気持ちになったのではないだろうか。

 決め手になったのは、彼女らが、実名を出し、しかも大勢で立ち上がったことである。これまでにワインスタインに被害を受けたと実名入りで名乗り出たのは、60人以上。実名だからフェイクニュースとは言いづらいし、これだけいるとなると、さらに言い訳をするのは苦しい 。

 アマゾン・スタジオズのプライスのセクハラについて 「The Hollywood Reporter」が報道できたのも、被害者の女性プロデューサーが実名を出すことに同意したことが大きかったそうである。この記者はその前からこの事件について取材していたのだが、上から掲載の許可が下りたのは、彼女が実名を出すことのほかに、ワインスタインの件が暴露されたばかりというタイミングもあった。プライスはワインスタインと親しく、ローズ・マッゴーワンが、プライスに、「私はワインスタインにレイプされた。彼とは仕事をしないで」と訴えた時、「証拠がない」とはねつけてもいる。そういう関連性にも、ニュースの価値を見たのだろう。

 その後は、ソーシャルメディアで「#MeToo」運動が起こり、トバックの被害者としてレイチェル・マクアダムス、セルマ・ブレアなどが名乗り出て、続いてスペイシー、ラトナーと、なし崩しになっていったのである。

2017年は、ハリウッドの反セクハラ元年となるか

 辛い出来事をあえて公で語る被害者たちには、勇気があると賞賛が集まっている。人々がサポートしてくれること、また自分だけじゃないのだとわかったことで、被害者はますます声を上げようという気持ちになるだろう。

 これが一時期の騒ぎで終わるのか、それともこのせいでハリウッドは永遠に変わるのかについては、議論がなされているところだ。筆者は、今回こそ変わると考える。トランプやケイシー・アフレックが、なんだかんだ騒がれても狙ったものを取れた時と違って、今回は、人々が仕事を失い、妻や婚約者に愛想をつかされ、警察にも捜査されるなど、金も、名誉も、家族も失うことになった。ここから学ばずに、同じことを繰り返す愚か者は、さすがに少ないのではないか。また、今後は、どちらの側も自分を守るために、ホテルの部屋でふたりきりのオーディションという設定を避けるようになるのではないかと思われる。そういった小さなステップも、被害防止のためになる。

 隠れていることはまだまだあるはずで、この騒ぎはこれからもしばらく続くかもしれない。もはや、誰も例外ではないのだ。誰も、そこまで特別ではない。そうわかっただけでも、2017年は、ハリウッドにおけるターニングポイントになったのではないだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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