韓国次期大統領”尹錫悦” なんと読む? ソクヨル? ソギョル? 「正解」は…
9日に行われた韓国大統領選挙。当選者はこの人物だった。
尹錫悦。
以降、この人の名前が日本でも多く報じられているが、その読み方について、日本のメディアでは二つのパターンがあるようだ。
ユン・ソクヨル
ユン・ソギョル
アルファベットで”Yoon Suk-yeol”。
これをどう読むのか。韓国語歴27年の筆者による一考を。
参考までに…地上波キー局は以下の表記を使用
ソギョル=NHK、フジ
ソクヨル=日テレ、朝日、テレ東
ソクヨル説について「正解だが…」
まず大前提として「韓国語の音は日本語では完全に表記しきれない」という点がある。
子音で終わる音、そもそも日本語にない子音や母音…挙げればキリがない。解決しようがないから、「できるだけ近づけるようにしている」というところ。
逆も同様だ。K-POPアイドルなどが日本語を話す時、”ツ”や”ズ”が上手く発音できない、という風景はよく見るものだろう。
では本題の「尹錫悦=Yoon Suk-yeol」をどう読むのか。
ユン・ソクヨル
ゆっくり読めばこれも「正解」。尹・錫・悦という漢字を一つずつゆっくり読む、あるいは一文字ずつにふりがなを振るとすれば「○」なのだ。
しかし現地では通じないこともあるだろう。この表記には大きな弱点がある。
「Suk-yeol」が日本語で読む際に「Soku-Yoru」になる。
二つの「u」がじつに惜しい。ゆっくり読む際のこの音だと、韓国語と日本語の大きな違いである「子音で終わる音」が二つも言い表せない状態になる。日本語だとどうしても母音がくっついてくるのだ。これが現地音とはかなり遠ざかる印象。
英語の「Take=téik」を日本語表記・発音しきれないことと同じだ。「テイク」をローマ字表記すると「Teiku」になるが、実際の英語では最後の「u」は発音しない。
どうしようもないことなのだ。日本語には日本語なりの美しさ・良さがある。いっぽうの韓国人にとって「ソクヨル」の読み方は「いかにも日本的な韓国語の発音」という、”どハマリパターン”でもあるのだが。
ただ「ゆっくり読んだほうが確実に通じる」という面もあるから、この方法は「無難」という意味でも正解だ。
ちなみに共同通信は「ソクヨル」としている。
筆者が10年ほど前までサッカー雑誌に連載を持っていた頃、よく選手名の表記の問題が発生した。なにせユース世代から新しい選手がどんどん出てきたのだ。その度に「どうします?」というやりとりがあったのだが、当時の編集部にはひとまず「共同通信表記に合わせる」という方針があった。文字メディアの場合は、他者の基準に合わせるというところもあるか。
「ソギョル」説 かなりのオススメ!
いっぽうで”オススメ”なの「ユン・ソギョル」だ。
これが現地音に近い。なぜ「ソクヨル」との違いが生まれるのかと言うと…
「連音化」という現象だ。フランス語だと「リエゾン」といい、これは日本での韓国語の学習現場でもそのまま「リエゾン」という言葉が使われることもある。
デジタル大辞泉より
要は「前の音にぶら下がっている子音が次の母音とくっついて続けて読まれる」ということ。
要は「Suk-yeol」がくっついて「Sukyeol」になる。
これをカタカナ読みにすると「ソギョル」(ソクヨルではなく!)となるのだ。まあ「ソ」がなんで「Su」なのかという話はさておき。韓国では2002年W杯で世界から多くの観客が訪れる前にローマ字表記の基準を変えた。ここでより日本語の感覚との乖離が生まれた。
先ほど例として記した「Take」の例だとより分かりやすいか。この後ろに「OUT」が着くと、日本語では「テイクアウト」だが、実際の英語では「テイカウト」に近い音になる。「Away」でも一緒。「テイカウェイ」。「Off」でも同様。「テイコフ」。これが連音だ。
これ、韓国ではじつに多い現象だ。人名の例を挙げてみよう。
かつて大韓航空機爆破事件で知られた元北朝鮮工作員の「金賢姫=キム・ヒョンヒ=Kim Hyun-Hee」は、韓国では一般的に「キム・ヒョニ」と呼ばれる。
じつは「金日成=Kim Il-sung」も南側では「Kimil-sung」となり、「キミルソン」に近い発音になる。
BTSのメンバーだって同じだ。「SUGA」の本名は「ミン・ユンギ(Min Yun-gi)」だが、これは現地の話し言葉では「ミニュンギ」と読まれる。
それゆえ「ソギョル」はかなりオススメ。「◎」だ。前段で話した「Soku-Yoru」の発音の問題のうち、一度目の「u」を発音せずに済む、というメリットもある。
リエゾン、連音。難しい言葉だが「早く読むとそうなる」という話でもある。日本語でも10回ほど「ソクヨル」と発音してみると、どこからか「ソギョル」になる。
参考:日本語でも韓国語よりはるかに少ないものの「連音化」の現象はある。
「安穏」=あん+おん→あんのん
「因縁」=いん+えん(ゑん)→ いんねん
「云々」=うん+うん→うんぬん
「観音」=かん(くゎん)+おん→かんのん(くぁんのん)
「銀杏」=ぎん+あん→ぎんなん
「天皇」=てん+おう(わう) →てんのう
「反応」=はん+おう →はんのう
本当の「大大大正解」がある!
ところがこれで話は終わらない(終わるのならネタにしません)。
ちょっとだけ、以下の韓国「YTN」のニュースをクリックしてみていただきたい。1秒もかからない。冒頭に次期大統領の名前が読み上げられている。
明らかに…「ソンニョル」に聞こえはしないだろうか。確かに韓国ではこの呼名が多いのだ。
ユン・ソンニョル。これも正解だ。
なぜか。
2段階に分けて説明せねばならない。
「悦」の漢字について。韓国語では「Yeol=ヨル」と読むのが一般的だ。
しかしこれ、元々の漢字の読み方は「Ryol=リョル」だった。
よりマニアックな話を少しだけ。1933年に朝鮮語の表記法を統一しよう、という動きから生まれた「頭音法則」によって変化したのだ。この法則の一つは、L(もしくはR)の子音で始まる音が冒頭に来るのを避けようという決まりだ。N、もしくは発音しないかたちに変更された。現在の韓国語ではLで始まる単語の95%以上が外来語なのだという。
日本でもおなじみの人の名前でいえばわかりやすい。
たとえば多く目にする「李」という苗字。
韓国では今でもかつての名残りかアルファベットでは「Lee」と表記する。
かつて読売ジャイアンツに在籍した李承燁のふりがなは「イ」だった。今回の大統領候補の対抗候補も「イ・ジェミョン(李在明)」だった。
しかし北朝鮮では「李」が「リ」になる。1966年にこの「頭音法則」を廃止してしまったからだ。「本来の形に戻した」という考え方か。だから単語にバンバン「L」の子音で始まる音が出てくる。韓流ドラマ、愛の不時着の主人公の北朝鮮兵の名も「リ・ジョンヒョク」だった。これ、一発で「北朝鮮の苗字」と分かるからそうしたのだろう。
話を尹錫悦に戻そう。韓国ではいっぽうで「苗字は固有名詞だから、この頭音法則に則らなくてもよい」という考え方がある。
尹錫悦の「悦」を「Yeol=ヨル」と読んでも「Ryol=リョル」と読んでも構わない。
かつて「冬のソナタ」のテーマソングを歌った「リュ・シウォン」も、横浜F・マリノスなどでプレーしたサッカー選手「ユ・サンチョル」もどちらも「柳」姓だ。しかし「リュ・シウォン」は「うちの一家はリュを名乗る。もともとリュだから」と決めている。ならば別にそのままでもよい。
あの中日ドラゴンズの投手にも「似た現象」が!
続いて「錫=Suk」と「悦=Ryol」の繋がりについて。これはもうホントに込み入った韓国語の話なので手短に。
「SukRyol」のように「K」と「R」が続くと、「鼻音化」といって「Ng-N」という発音に変化する。だから「SungNyol(ソンニョル)」と変化する。そういった決まりがあるということだ。何よりハングル文字に慣れるとこう発音したほうが話しやすい。
これ、尹錫悦大統領が超レアケースということもない。かつて中日ドラゴンズでプレーした宣銅烈(ソン・ドンヨル)もほぼ同じ理屈で、時折「ソン・ドンニョル」と呼ぶ人がいたりもする。
「連音化」「頭音法則」「鼻音化」といったかなり難しい韓国語の法則から生まれる「ソンニョル」。ここまで説明しておいてなんだが…あまり気になさらずに。そう呼べば「三重丸」でももらえそうだが、ソギョルでも「大正解」。そういったところだ。なぜならご本人のパスポートネーム、住民登録の名前が「ソギョル」らしい。
じゃあ韓国のニュースでも「ソンニョル」と呼ばれるこの現象、なんなのかというと…「本人がそう呼ばれることを望んでいる」ということ。なんでも子供の頃から呼ばれてきたのだという。もはや好みの問題。
先日の日本記者クラブでの講演「韓国大統領選を読む」でも登壇者が「ソギョル、ソンニョル、まあどちらでもいいんですけど」と言っていた。
「ソクヨル」に「ソギョル」に「ソンニョル」。日本のニュースを見た際、チラッと思い出していただければ。