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MLBオールスターゲーム、アーリントンに帰る。29年前の7月11日はMLBの歴史に残る記念日

阿佐智ベースボールジャーナリスト
1995年のMLBオールスターゲームが行われたアーリントンのスタジアム

 日本も海の向こうのメジャーもペナントレースが中盤に差し掛かり、オールスターブレイクの時期を迎えている。ちなみにこの花相撲をもっとも早く行うのが、シーズンが短く、最も早く閉幕するメキシコで、すでに5月25日にベラクルスで行われている。この試合には、昨年DeNAでプレーしたバウアーの他、日本人選手として乙坂智(元DeNA)、安楽智大(元楽天)が選ばれている。

 韓国では、すでに今月6日に仁川で実施され、台湾では、今月20、21日に秋のプレミア12を見据えてリーグオールスターチームと代表チームに分かれて台北ドームで実施の予定で、リーグオールスターには王柏融(元日本ハム)が、代表チームには呉念庭、張奕(ともに元西武)が名を連ねている。

 日本のオールスターゲームは最も遅く今月23、24日にエスコンフィールド北海道と神宮球場で行われるが、海の向こうMLBのそれは17日に行われる。

 今年のMLBオールスターゲームの会場はテキサス・レンジャーズの本拠地、アーリントンのグローブ・ライフ・フィールドで行われるのだが、この全米第4の都市圏を形成するダラス、フォートワースの間に挟まった衛星都市に「ミッドサマークラシック」が帰ってくるのは実に29年ぶりのことである。今年のオールスターゲームも「大谷効果」で日本人の大注目を浴びるだろうが、29年前の今日7月11日にアーリントンで行われたオールスターゲームは、歴史初めて日本人ファンの大注目を浴びた試合と言ってよかった。

今日のMLBブームのエポックとなった29年前のオールスターゲーム

 1995年のオールスターゲームの会場が現在とは違うのは、アメリカの野球場の建設サイクルの速さを示している。当時の会場は、現在の球場からほど近いザ・ボールパーク・イン・アーリントンだった。前年に完成した当時流行のレンガ造りの外観をもつネオクラシック調でつくられたこの球場は、その後ネーミングライツで何度か名を変えた後、グローブライフ・パーク・イン・アーリントンとして2019年にMLB球団の本拠地としての役割を終え、現在はアメリカンフットボールチームの本拠としてチョクトー・スタジアムの名で存在している。

 あの時、私はメキシコ国境を越え、ここに向けてバスに乗った。到着は試合前日の7月10日の夕刻。球場からほど近いモーテルに宿をとり、球場に足を運ぶと、ホームランダービーを見に来た客で球場周辺はごった返していた。町は、というよりダラス、フォートワースを含めた760万人を擁する大都市圏挙げての盛り上がりぶりで、どの町も大通りにはオールスターゲームを歓迎する幟がはためいていた。

 インターネットも未発達だったこの時代、アメリカの外からこのビッグゲームのチケットを手に入れるのは至難の業だった。チケットのあてもなくこの町にやってきた私は、翌日、つまりゲーム当日は朝からチケット探しをすることになった。

 と言っても、東京のようにチケット屋があるわけでもない。球場を囲む広大な駐車場をさ迷い歩いて、球場へ向かう人々にチケットの余りはないかひたすら呼びかけるのだ。テキサスの日差しはきつい。日が高くなるとたちまちのうちに灼熱地獄となる。私は、一枚のチケットで出入り自由という球場内のレンジャーズ・ミュージアムに涼みに行っては、チケット探しにもどる往復をひたすら繰り返した。今から思えば若かったからできた芸当だろう。

 試合開始1時間半前になってようやくそれは手に入った。車から出てきた大男が「運のいいやつだ。余ってるよ」と答えたときにはからかわれているのかと思ったが、本当にチケットを差し出してくれた。言い値は額面の45ドルの3倍を超えていたが、彼がブローカーから買った買値だという。上層スタンドの中段、ネット裏正面で150ドルは少々高いと当時は思ったが、調べてみると、今年のゲームの最低価格が300ドルらしい。

 席は当然のごとくチケットを売ってくれた男の隣になるのだが、聞けば、オクラホマから500キロほど車を飛ばしてやってきたのだという。一緒に来る予定だった妻が体調を崩したのでチケットが余ったらしい。日本で言えば、野球の試合のためだけに東京・大阪間を車で往復するということになるのだが、その究極の「弾丸観戦」を行ったこの男は、試合中盤を過ぎると、帰りがあるからとさっさと帰っていった。

MLBへの重い扉を開いたレジェンドの「日本人初登板」

 この時、私は世界を彷徨い歩いていて、日本を発って4か月が過ぎようとしていた。それでもこの夜のゲームが日本中の注目を浴びているのは手に取るように分かった。なにせ、試合前の球場周辺には日本人ファンがうようよいた上、レポーターとしてやってきたのだろう、テレビでおなじみの著名人がカメラに向かって話しているシーンを何度も目にしたからだ。

 この日のナショナルリーグの先発チームは、日本人投手、野茂英雄だった。前年オフ、近鉄を退団して、単身メジャーリーグに挑戦した26歳の右腕だった。NPB5シーズンで78勝という栄光を投げ捨てての挑戦を多くの者が無謀だと言う中、彼はその声を実力で封じ込め、アメリカで旋風を巻き起こしていた。日本人として初めてMLBのオールスターに選出されただけにとどまらず、彼は先発投手を務めることになっていた。

 2イニングを1安打無失点、そしてファンの誰もが見たいと思っていた三振を3つ奪い野茂はマウンドを降りた。

 あれから約30年。幾多の日本人メジャーリーガーたちがこのミッドサマークラシックの舞台に立った。その風景は我々にとってもはや「年中行事」と化している。今年も、大谷翔平の他、ルーキーの今永昇太もこの舞台への切符を手にした。

 「あの時」以来のアーリントンでのオールスターゲームでサムライたちはどんな活躍をしてくれるのだろう。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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