顔面骨折を乗り越え、一万回騎乗を飾った騎手が、亡きオーナーに誓う今後の活躍
絶好調時に顔面骨折
「水曜日、栗東にいませんか?」
3月11日の中山競馬場で、そう言われた。声をかけてきたのは騎手の丹内祐次。この日の第7レース。マイネルカンパーナに騎乗して、JRA通算一万回騎乗を達成していた。
「レース前からこれが一万回目の騎乗なのは分かっていました。若い時は想像も出来なかった遠い数字だったけど、沢山の人に助けていただいて達成出来た数字です」
とくに昨年、この数字が遠ざかるかと思えた出来事に見舞われた。
10月29日、新潟競馬場での事だった。直線1000メートルのレースに騎乗した丹内は、ラスト100メートルを切った地点で落馬した。
「『あ!』と思った次の瞬間、落ちて衝撃を受け、自分の血が飛び散ったのが見えました」
記憶はそこでなくなった。
「目覚めた時には医務室から救急車に乗るところでした。顔の感じがおかしくて、口の中を舌で触ったら変な感触がしました。結局、顔の中だけで何カ所も骨折していました」
新潟から美浦トレセン近くの病院に転院し手術。顔に7つものプレートを入れたため、全く食事が出来なかった。
「顎がズレていたので、術後も器具で固定されていて、ストローで飲み物を飲むだけの生活がしばらく続きました。その間、立ちくらみやめまいも酷く続きました」
顔の痛みもだが「何よりも精神的にキツかった」と言う。
懇意にしていたオーナーからの連絡
2004年、騎手デビューをした丹内。年間20勝前後が多かったが、18年は12勝に終わった。しかし、デビュー18年目となった21年に38勝を挙げると、昨年はそれを大きく上回る64勝。2年連続でキャリアハイを更新した。そんな矢先の落馬による顔面骨折だった。
「勢いに乗っていた時で、その後も有力馬を沢山、頼まれていただけに、キツかったです」
顎を固定していた器具が外された後も、思うように口を開く事が出来なかった。そんな、焦る丹内に一人のオーナーから連絡が入った。
「以前から食事などによく連れて行ってくださったオーナーで、一緒に温泉へ行った事もありました。そんな懇意にしているオーナーが心配して『焦らないで』と連絡をくださいました。だから『僕が復帰したら復帰祝いでご飯に行きましょう!』と約束をしました」
戦列に戻れたのは12月3日。大怪我から1ヶ月ほどで丹内はターフに戻って来た。すると、オーナーからまた連絡が入った。
「『おめでとう』と言ってくださり、約束を果たそうと食事の件を持ち出したら『行けるかなぁ……』と言われました」
訝しく思った丹内に、オーナーは更なる衝撃のひと言を告げた。
「『実は今、末期の癌で入院しているんです』と言われました」
それからものの一カ月、オーナーはアッという間に、天に召されてしまった。
「岡田繁幸社長が亡くなられた時も悲しかったけど、同じように大きな喪失感に襲われました」
初めての栗東遠征
復帰後の丹内は、亡きオーナーに心配をかけないようにと、前年を上回る成績を目指して頑張っている。そんな姿勢を見てくれていたのか、今週末に行われるGⅠ・高松宮記念では、関西馬・トゥラヴェスーラ(牡8歳、栗東・高橋康之厩舎)の鞍上を頼まれた。
「一週前追い切りに乗るため、栗東トレセンに出向きました」
騎手デビュー20年目にして初めての栗東トレセン。迷惑をかけないよう、前日にトレセンを一度、下見。そのため美浦からは自らが運転する車で行った。
「皆にからかわれ、小学生の頃の転校生みたいな気分でした。コースに関しては永島まなみちゃんに地下馬道から誘導してもらいました」
お陰で良い追い切りが出来たと続けて言う。
「少し癖があると聞いていたけど、凄く良い馬で、調子は良さそうでした」
今週末の高松宮記念で、亡きオーナーに朗報を届けられるか? 丹内の手綱捌きに注目しよう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)