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伊藤雅和インタビュー「右大腿骨骨折で気持ちが吹っ切れた。今はこのチームでなにかを残したい」

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
伊藤雅和 (photo: jeep.vidon)

2018年のNIPPO・ヴィーニファンティーニ・ヨーロッパオヴィーニに所属する日本人選手7人全員にインタビューを行った。第4弾は伊藤雅和。2017年1月のチームプレゼンテーション時は「チーム加入を誘われて即答できなかったし、いまだに悩んでいる」状態だったが、1年後の2018シーズン年頭、すべての迷いは消え去った。「このチームでなにかを残したい」と前を向く。

現在と1年前とを比べてみて、心境の変化はありますか?

体の方は、去年ケガしてしまったので、まだ万全とは言えないんですけれど……。心の方は、やっぱり去年の今頃に比べると、格段に余裕があります。去年はなにも分からないままチームに入って、それこそ毎日が「どうしよう」という感じで。むちゃくちゃ不安な部分がいっぱいありました。でも1年も経験すると、かなり余裕が生まれるものですね。言葉もまだまだ分からないんですけれど、流れが分かっているだけでも全然違います。

入団時には「本当にNIPPOに移籍してよかったのかどうかいまだに悩んでいる」状態でしたが、今はそういう不安はなくなったんですね?

今はないですね。1年くらいは気持ちの整理にかかりましたけど……。今はようやく、このチームでなにかを残したい、という気持ちになりました。やるしかない、と今年は思っています。実はNIPPOのようなレベルの高いチームに入ることを、1度は諦めていたんです。本来なら26歳くらいで挑戦したかった。でもマレーシアで大腿骨を折って(2014年ツール・ド・ランカウイ、当時25歳)、復帰にすごく時間がかかった。今でも違和感があるほどです。それでも、やっぱり、強くなりたい、強くなって結果を残したい、という気持ちは心の底に残っていたんですよね。だからおととしNIPPO入りの話をいただいた時には、すごく悩みました。1度は諦めていたことでしたし、家族と過ごせる時間が減りますから。でも、それらすべてを犠牲にしてでも、このチームに入れてもらおうと決めました。だって上のチームに行く機会があるのに、もしも行かなかったら……、なんのために競技を続けているのか分からなくなっちゃうじゃないですか。だから「行きます」って返事をしたんです。だけど、やっぱりいざ「行く」となると、不安や悩みは尽きなかったですね。まあ、ただ、去年の入団時から「1年目はそう簡単にはいかないだろう。2年目こそが勝負だ」という心構えがありました。だから今はちゃんと心がそういう方向に向かっています。

「このチームでなにかを残したい」と先ほどおっしゃってましたが、具体的にはなにを残したいですか?

目に見える結果が出せれば一番いいですね。ただヨーロッパでのレースで結果が出せるとしたら、正直に言うと「ラッキーな場面」に出くわした時だけだと思うんですよ。つまり自力で目に見える結果を出す機会は、やはりアジアでのレースになります。ヨーロッパの大きなレースでは、間違いなく、エースを支える仕事を主に託されることになるでしょう。つまりはレースの一番重要な場面や、苦しい時間帯に、エースの側にいられるような走りをしたいですね。それが出来ればチームから評価してもらえると思います。それにこのチームは、エース本人たちも、アシストの仕事をきちんと見ていてくれる。だからチームから「よくやってくれたな」と言ってもらえたら、エースから必要とされる人材になることができたら、それもまた「なにかを残せた」と言えるのかなと。去年はそういう風に評価してもらえる日が「何回かあった」という程度でした。それを「毎レース」に伸ばしていきたい。そうすればチームからも満足してもらえるし、なにより自分も満足できるでしょうね。

「2年目こそが勝負だ。チームになにかを残したい」と力強く誓う伊藤雅和。 (photo: jeep.vidon)
「2年目こそが勝負だ。チームになにかを残したい」と力強く誓う伊藤雅和。 (photo: jeep.vidon)

去年の5月に右大腿骨を骨折されましたが、焦りや不安はなかったですか?

もちろんありました。転んだ瞬間に分かったんです。「ああ、やっちゃったな」って。その瞬間は本気で、キャリアを止めることになるかもしれない、と覚悟しました。(2014年に)左大腿骨を折った時は、筋肉をかなり切ったせいで、回復には本当に長い時間がかかりましたから。でも今回はドクターから、あまり筋肉を切ることなく手術できるだろう、との説明を受けた。だからもしかしたら、それほど違和感なく走り続けられるかもしれない……と思い直したんですよね。それと同時に、なんとなくふっきれたんです。左大腿骨を骨折して以来、そのケガをずっと自分の中でひきずってきました。自転車もあんまり楽しめなくなっていたんです。でも、右も折ってしまったことで、逆に思ったんですよ。「自転車競技をもうあと何年続けられるのか分からないんだから、最後にもう一回頑張ろう。もっと楽しく自転車に乗ろう」って。おかげでチームに対する不安も吹っ切れたのかもしれません。

ネガティヴな出来事のおかげで、気持ちがポジティヴに変化したんですね?

逆に、あれくらいの衝撃がないと、考え方も変わらなかったのかもしれません。自分は色々と考えてしまうタイプなんです。過去のことも考えますし、将来のことも考えます。昔はそんな人間じゃなかったんですけどね。大学生の頃なんてなんにも考えていませんでしたから。プロになってからも1、2年くらいは、大学生のノリで、まるで真面目にやっていなかったんです。ちゃらんぽらんでした。そもそも昔は自分のことを「天才系」だとさえ思っていましたから。でも、あることがきっかけで、自転車をすごく嫌いになってしまった。まるで乗らない時期さえありました。そこから色々と上手くいかなくなって、自分の中であれこれと悩み考えるようになって。……あの苦しみがあったからこそ今の僕がある、とは思いません。あの時期が「あってよかった」なんてことは絶対にないんです。ぐれた時期がもったいない。あの時期にもっとまじめにやっておけばよかった、とつくづく後悔しています。だからこそ今は時間を無駄にできないという思いがあります。

精神面での好転だけでなく、NIPPOに入ってからフィジカル面での成長は感じますか?

たしかに大腿骨骨折はありましたが、それでも去年の年頭よりは、今のほうが力が伸びていると感じます。具体的に数値を見ていても、去年よりは随分と余裕があります。やはりトレーニングのやり方が変わったことが大きいですね。入団以前は自分で練習メニューを考えていたんですが、今は自分では思いもつかなかったプログラムを組んでもらえます。自分のトレーニング知識なんか、コーチングを専門の仕事としているトレーナーの足元にも及ばないのだな……とつくづく思い知らされてます。欧州の選手たちの中には、若い頃から専門のコーチをつけて練習している選手も多いんですよね。だから日本の選手たちも、もっと若いうちからそういう人々の下について、より良い練習を積んでいけば、ある程度のところまではたどり着けるんじゃないかな。僕自身がそうなれるか、といったらちょっと分かりません。でも、日本人は体が小さい分、その小さな体を上手く活かした走り方というものができるはずだと確信しています。

レベルの高い世界に飛び込んで、ヨーロッパやUCIワールドツアーのレースを実際に戦ってみて、どんな感触を抱きましたか?

最近走った中では、一番楽しかったレースでした。走っていてすごく気持ちがいい。選手たちの走り方もみんな上品で、変に気を遣う必要もない。それにどの選手もしっかり脚があるので、脚で仕事をする。みんな精神的に余裕があって、殺伐としていない。それに自分は一番の下っ端ですし、「チャレンジするしかない」という気持ちで臨みましたから、毎日がすごく楽しかったですね。もちろん仕事や結果に対するプレッシャーも感じました。でも、たとえ落車して体がめちゃくちゃ痛くて、次の日は歩くのさえ難しかった時でも、たとえ次の日に200kmレースが待っていた時でも……最後まで走りたいな〜と本気で思えたくらい、それくらい楽しかった。またこの場所に帰って来たい、この場所に、って心から感じました。

2020年東京オリンピックについて、考えることはありますか?

狙って出られるものではないですから。もちろん東京での五輪開催が決まった時は「出たい!」とすごく思いましたけど、今はオリンピックよりも、NIPPOというチームのほうが重要ですね。このチームでしっかり強くなって、仕事をして、認めてもらうほうが大事なことです。そういうことがちゃんとできれば、もしかしたら、オリンピックに出場するチャンスも出てくるかもしれない。それが現実的な考えですね。いやぁ、もちろん「オリンピック目指して頑張ります」と宣言すれば、興味をもってくれる人、応援してくれる人が増えるかもしれません。だけど、口だけの人間には、なりたくないんです。むしろ毎年しっかり強くなっていけば、自ずとチャンスも出てくるかな……という感じですね。一歩一歩進んでいくだけです。しっかりと、怪我せずに、まずはこの1年間を走りきりたいですね。

(2018年1月16日、スペイン・カルペにてインタビュー)

NIPPO・ヴィーニファンティーニ・ヨーロッパオヴィーニ 2018年日本人インタビュー

初山翔中根英登内間康平伊藤雅和

自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

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