間もなく終了! LAのスタンリー・キューブリック展
伝説の作品の貴重なアイテムを展示
LACMA(ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアム・オブ・アート)で昨年の11月1日から開催されているスタンリー・キューブリック展が、6月30日に終了する。
キューブリックといえば、監督作品の隅から隅までを自分でコントロールしないと気が済まなかったアーティスト。しかも製作の裏側に関しては基本的に秘密主義を貫いていたので、各作品におけるさまざまな資料、小道具、使用したカメラ、さらに現場の記録映像などを見られるこの回顧展は、ひじょうに貴重な機会なのである。
会場に入ると、目の前の壁に、巨大なスクリーンが2つあり、ここで初の長編監督作『恐怖と欲望』から遺作『アイズ・ワイド・シャット』までの名シーンが紹介されている。この空間だけで、入場者への“つかみ”は完璧だ。スクリーンの間を抜けると、天井までそびえるモノリスのような壁面に、さまざまなパターンのポスターがぎっしりと貼られ、ここから作品ごとの部屋へ通じていく。
さまざまな展示品のなかには、一部、複製品も含まれているものの、古いものでは『スパルタカス』の衣装をはじめ、ほぼ当時使われた品々ばかりがズラリと並ぶ。好きな作品の部屋では、時が経つのを忘れてしまうほど! 「ナポレオン」と「The Aryan Papers」という未完で終わった作品の部屋も貴重だが、個人的に思い入れの深い、2作品を紹介しよう。
『オブリビオン』に受け継がれた手法の原点が
まず『2001年宇宙の旅』。
ラストシーンに現れる巨大な赤ん坊「スターチャイルド」の現物(大きさは約1mほど)、ヒトザルの着ぐるみ、ディズかバリー号乗組員の宇宙服などが並んでおり、映画の世界に一瞬でスリップしてしまう。スターチャイルドは、やや薄汚れた感じがリアルで、まばゆい光を放っていた作品での印象とずいぶん違う。
『2001年〜』には、ディスカバリー号の円形になった船内を、乗組員が延々とジョギングする有名なシーンがある。これは回転する巨大なドラム型のセットで撮影されたのだが、そのセットの模型とともに、撮影風景を収めた映像も流され、セットを回しながら演出する、現場でのキューブリックの生々しい姿を見ることができた。
さらに、最近ではトム・クルーズ主演の『オブリビオン』でも使われた「フロント・プロジェクション」を解説するコーナーもあり、デザイン、撮影技法の面で、これらが今から50年近くも前に試みられたかと思うと、じつに感慨深い。
巨匠の手書きによるダメ出しも
もうひとつの作品は『シャイニング』。
『2001年〜』の部屋に比べると,やや小規模な展示だが、撮影で使われた斧や、タイプライターを間近で見ることができる。また、エレベーターから大量の血が湧き出てくるシーンをどうやって撮ったかなど、こちらも現場の映像が紹介されている。
個人的に最も興味深かったのは、宣伝用デザインをめぐって、キューブリックとソール・バスがやりとりした手紙だ。グラフィック・デザイナーのソール・バスは、映画ファンにとってはタイトルデザインの天才として知られている。とくにヒッチコックの『めまい』や『北北西に進路を取れ』での斬新な仕事は、いま見ても新鮮で、映画史に残ると言っていい。キューブリック作品では『スパルタカス』のタイトルを担当したバスだが、『シャイニング』での彼の手描きのデザイン案が展示されており、その絵の上にキューブリックの遠慮のない意見、いわゆる「ダメ出し」が書き連ねられている。宣伝ビジュアルにも細かくこだわった、巨匠の素顔を伝える逸品ではないだろうか。
バートン展とともに、いつの日か日本にも巡回を!
作品ごとの展示以外では、キューブリック作品における音楽を解説する部屋がおもしろかった。「ワルツ」「マーチ」などジャンルごとにシーンを紹介し、その独特なセンスを追求している。
この回顧展と比較したくなるのが、2009年のニューヨークを皮切りに、現在、世界を巡回しているティム・バートン展。幼少期のイラストから、レストランのコースターに描いた落書きなど、鬼才のプライベートまで伝わってくるバートン展と比べると、さすがにキューブリックの「素顔」は謎に包まれたままだ。しかし、手直しを加えたシナリオや、映画人とやりとりをした手紙も含め、生前には絶対に公開しなかったであろう品々を眺めながら、その謎に迫っていく気分には浸ることができる。
じっくり見たら半日はかかりそうだが、そのエッセンスだけなら急いで1時間くらいで見て回ることが可能なので、もし6月中にロサンゼルスへ行く機会があれば、ぜひ訪れてほしい。
※撮影はすべて筆者