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南アフリカ代表戦で活躍も魚に…。日本代表の山田章仁、勝負のサモア代表戦へ決意【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
現地入り後はほぼ毎日ブログを更新。ワールドカップの空気を楽しんでいる。(写真:REX FEATURES/アフロ)

ラグビーワールドカップイングランド大会に参戦中の日本代表で、9月19日の南アフリカ代表戦(ブライトンコミュニティースタジアム)に先発したウイング山田章仁が、9月26日、共同取材に応じた。

当日はタックルまたタックルで勝利に貢献も、翌日、海で魚に刺されたことで戦列を離れていた。10-45で敗れたスコットランド代表戦(グロスター・キングスホルムスタジアム)時は「まぁ、大丈夫です」と話していたが、一時はまったく動けなかった。

30歳の山田は国内屈指の花形選手。高く飛び上がったり、相手の目の前で回転したりと、慶應義塾大学時代から奇抜な走りでファンの喝さいを浴びてきた。2010年度にホンダから三洋電機(11年度からパナソニックに名称変更)に加入すると、日本最高峰のトップリーグで3度の優勝。いずれの折も短期決戦のプレーオフでMVPに輝いた。

日本代表としては、13年11月15日のロシア代表戦(ウェールズ・コルウィンベイ/40―13で勝利)でようやく初キャップ(国同士の真剣勝負への出場数)を獲得も、それ以前は遠回りを強いられており、ワールドカップは今回が初参戦である。

プロ意識の高さから学生時代から軽妙な語り口でのメディア対応で知られていたが、昨今は「コミュニケーション取っていきたいです」などと、簡素なやり取りに終始していた。本人は「別に、スタンスは変わっていないですよ」と語っていたが、周囲は目に見える変化を口にしていた。

15年は、南半球最高峰であるスーパーラグビーのウェスタン・フォースに在籍。過去にはアメリカンフットボールへの挑戦で話題をさらった際は、公式戦があった東京ドームにキックオフ数分前に裸足で登場したこともある。

以下、10月3日のサモア代表戦(ミルトンキーンズ・mkスタジアム)を控える山田の一問一答の一部。

――(当方)きょう、練習復帰。

「はい。ようやく。いい感じです」

――チームでのポジション争いが始まる。

「自分が100パーセントのコンディションに持っていければ、あとはチームの皆と上手くやっていける自信はある。まずはコンディションを100パーセントに持っていきたいです」

――(当方質問)復帰のめどは。

「早ければ早いほどいいんですけど、徐々に戻れればいいかなと思います」

――いつごろ。

「来週の頭(28日)からいきたいなと思うんですけど、これからしっかりメディカルチームと相談して」

――南アフリカ代表戦のどこで痛めたのか?

「試合が終わって、しいて言えば、翌日の海です。痛かったですね。ウィーバーフィッシュというお魚さんに。左足薬指です」

――その日はチーム全体で海でリカバリー中だった。刺されたのは1人だけ?

「1人だけです。運がいいのか悪いのか。(次戦の相手だった)スコットランドから指令が来ましたかね。嘘です嘘です。イングランドの魚です。刺された後に現地の人が『多分、それだ』と。ヒレか何かに、刺されたんですかね。それまで極力、海には入らないようにしていたんですけど、皆で入るという時に…。あんな大きな海で、皆、入っていて、僕だけ」

――魚は捕まえられなかった。

「はい」

――魚の大きさは。

「多分、小さいですね。サイズじゃないんです」

――毒は?

「あったみたいですけど、そこは(チームの)ドクターが処置してくれました。とげが入っているとあれなので、切開したり」

――(当方質問)患部は、一度、切り開いた。

「そうですね。そう、したかもしれないですね。あとは、テープで巻いていて」

――当分、靴は。

「左は履いていなかったですね。サンダルです。エディーさん(ジョーンズヘッドコーチ)は(規律などに)厳しいので、右は靴を履いていましたが」

――海は…。

「もう、絶対入らないです! 多分、人生でも。痛かったですし、(刺された)タイミングもありましたから」

――南アフリカ代表戦のディフェンス。なぜ、できたか。

「周りとコミュニケーションが取れたってことじゃないですかね。(グラウンドの)内側の選手を信頼して(外側の自分が)前に出られましたし、皆、集中できたと思います」

――反響は。

「ありましたよ。(スマートフォンの)充電しっ放しでメールを返してました。全部、返しました。足の指は動きませんでしたが、幸い、手の指は動きました」

――スコットランド代表戦に欠場。

「全試合に出てチームの中心になりたいと思っていたので、出られなくて…という思いはありましたかね」

――(当方質問)スコットランド戦をご覧になっていて。

「いい流れではありました。最後の最後に、コミュニケーションが取れていなかったかな、と」

――疲れは。

「あんまり、皆、気にしてないかな、と」

――(当方質問)長期離脱をしなければならないとわかった時は。

「気持ちの切り替えは得意な方なので、まずはコンディションを戻す方向に…とはなりました」

――(当方質問)サモア代表戦へは。

「向こうには強いランナーがいるので、彼らにスペースを与えない。アタックでは、ミスマッチを狙って走っていきたい」

――(当方質問)ミスマッチを、狙う。

「(巨漢も、動きは鈍いかもしれない)フォワードをめがけて走っていきたい、というのはありますね。相手は大きい分、こちらにも(俊敏性で)アドバンテージはある。トライも取りたいですね」

――きょうの練習では。

「きょうはしっかり走れました。まだ踏み込む時に足を取られる感じはしますが、まぁ、大丈夫でしょう」

――状態は。

「80…今週で言うと、81でしょう」

――ワールドカップは。

「非常に充実していますし、楽しめています。皆がワールドカップはいいものだ、と言うのがわかる気がします。勝ちゲームと負けゲームの2つを経験した。その2つの良さと悪さがわかった。あとは素晴らしい街のウェルカムな感じ…。普段とは違います」

――(当方質問)ラグビー日本代表が国内で話題沸騰。いかがですか。

「嬉しいですね。皆、頑張ってきていたので」

――(当方質問)「ラグビーをメジャーに」という、あなたの望んできた状況です。

「やっぱり人気になってほしい。その分、皆、頑張っていますから。勢いをそがないように勝ち続けたいですね」

参考資料

4月の単独インタビュー

ジャパン合宿初日、山田章仁はパースでスーパーラグビー出場を目指す

5月のコラム

日本代表の山田章仁は、全てを「しょうがない」と受け入れトライを取る

7月の単独インタビュー1

山田章仁が、出番のなかったスーパーラグビーでも「イケる」と語った真意

7月の単独インタビュー2

日本代表・山田章仁、「発表会」としてのワールドカップへ「イメージはある」

8月の出国前取材機会

日本代表ウイング山田章仁 30歳で初のワールドカップで「トライ」宣言

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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