沖縄初の球団「琉球ブルーオーシャンズ」から“NPB入り第1号”を狙うBC盗塁王・神谷塁、3度目の挑戦
■2年連続のドラフト指名漏れ
「第〇巡 選択希望選手…」―。静謐の中、響く低音ボイスに気持ちが高鳴る。
昨年10月17日のNPBドラフト会議。所属する石川ミリオンスターズ(BCリーグ)の球団事務所で、神谷塁選手は自身の名前が呼ばれるのをずっと待った。
この日に懸けていた。前年、読売ジャイアンツのプロテストで狭き門を通過したものの、指名はされなかった。雪辱に燃え、「今年こそは」という思いで取り組み、よりレベルアップした自負がある。
会場では本指名が終わり、育成選手の指名に移った。祈る思いで、固唾を呑んで画面を凝視する神谷選手。
「選択終了」「選択終了」「選択終了」…。非情な声が胸をえぐる。
とうとう指名されることなく、ドラフト会議は幕を閉じた。
■野球を辞めるつもりだったのに翻意したわけ
神谷選手は決めていた。もし指名がなかったら、もう野球は辞めて故郷の沖縄に帰ろう、と。野球は引退だ。その決意はドラフト前に両親にも告げていた。
ドラフト会議直後、願いが叶わなかったことを両親に電話で報告すると、こんな答えが返ってきた。
「ここで野球を辞めたらこの先、あと50年は働かないといけないよ」。
おそらく我が子に悔いを残してほしくなかったのだろう。いや、なにより野球を続けてほしかった。息子に「塁」という名前をつけたくらいなのだから。
「沖縄に球団ができたんだし、やってみてもいいんじゃないか」。
沖縄に新たに立ち上がるチーム「琉球ブルーオーシャンズ」のことは、ドラフト前から家族間でも話題にしていた。すでにトライアウトの募集も始まっていた。
しかしNPBに懸けていた神谷選手にとっては、「『ダメだったら沖縄を受ける』っていう気持ちでいたら、名前を呼ばれないって思って」と、NPB1本という気構えでドラフト会議を迎えたかったという。
いや、もとよりNPBがダメなら野球は辞めるつもりだったのだ。だが名前はコールされなかった。
しかしそのとき実は、神谷選手の気持ちの中で変化が起きていた。
「『選択終了』って聞いたとき、『オレ、ここで名前を呼ばれたい』って思った…」。
指名がなかったらスッパリと辞めるつもりだったのが、一転した。やはりNPBを目指そう、と。そこへ両親の後押しもあり、決意を固めることができた。
そしてブルーオーシャンズのトライアウトを受け、今、その一員として汗を流す毎日だ。
■神谷選手の勝算
しかし1年後のドラフトを目指すということは、1年歳を重ねることになる。昨年のドラフトを見ても指名の約半数は高校生で、大学生を合わせた87人は全指名選手107人の81%を占め、より若い人材が求められていることがわかる。
今年25歳になる神谷選手にとって、年齢は大きなネックだ。
明らかに“不利”と思われる中、それでも挑戦しようと思えるのはなぜなのか。“勝算”はあるのだろうか。すると神谷選手はある名前を挙げた。
「(昨年の)プレミア12で周東(佑京)選手(福岡ソフトバンクホークス)が代表に入って活躍したでしょ。足が速い選手の需要っていうのか、重宝されている感じが見えた。足が速ければ、大事なところでいい走塁ができれば、評価されるっていうふうになってきたなと思って」。
自身もずっと足をウリにしてきた。現在もスピードが落ちてはいないという自信がある。
「ここで体力がなくなって、スピードも全然なくて盗塁もできなくなってたら、やってなかったと思う」。
足の衰えがないこと、BCリーグで2年連続盗塁王に輝いたことが、再挑戦しようと決意した大きな要因になった。
■これまで知らなかった走塁技術
ただ、ブルーオーシャンズに入団して、あまりにも己の技術レベルの低さを痛感したという。
田尾安志シニアディレクター兼打撃総合コーチからは「リードが小さすぎる」と指摘を受けた。「よくそれで盗塁王が獲れたな」と言われたが、要するに「それで獲れるレベル」の中でやっていたということだ。
リードの大きさも「一塁(牽制)でアウトにならないことを考えていたら、大きくはいけなかった」と、振り返るが、それでも2年連続盗塁王である。
「今までやってきた走塁が、自分の中で正解だと思っていた。でも、亀澤(恭平)コーチ(兼内野手)とか元NPBの選手に聞いたら、まだまだ…。リードの大きさもだし、スタートやスライディングの練習もしたことがなかった」。
そんな練習をしなくても敵なしだったからである。しかしそれは逆に、技術を磨けばまだまだよくなる“伸びしろ”があるということだ。
リード幅を広げるべく、自身の帰塁できる距離を正しく知るところから始め、さらにはスタートやスライディングの技術も教わっている。
「足が速くて走塁がうまい選手の動画はよく見る」と、ホークスの本多雄一コーチや球史を代表するスピードスター・赤星憲広氏の現役時代など、自身と体型が似ている選手の動画をとくにセレクトしている。
■バッティングも様変わり
「足が武器」とはいっても、足だけでは上のステージにはいけない。なにより足を披露するには出塁しなければならない。
キャンプ中、東風平野球場のバッティングケージ内で打つ神谷選手の打球は、これまでのそれとは様変わりしていた。強く鋭いライナーが、右翼の深い位置まで飛ぶ。
「昨年は鳥谷(敬)さんの真似をしてレベルでバットを出していた。それも悪くはなかったと思うけど、田尾さんに教わって変わった」。
田尾コーチの熱い指導が染み入った。
「田尾さんが言うのは、体の近くから体をひねって打つということ。今までは体をひねったらボールが見えなくなるからダメって言われていた。田尾さんが言うのは理にかなっていると思う。反動をつけて打ちにいってるんで、ひねった分、打球が強くなっている。ひねってもトップが体の近くにある。しっかり軸で回れている」。
これまでは上半身の力だけ、手だけで打っていたと省みる。しかしそれでも通用していた。当てさえすれば、転がしさえすれば、神谷選手の足ならヒットにできていた。
「でもそれでやってNPBにいけなかったんで…」。
タイプでいえば、阪神タイガースの近本光司選手のようなバッティングが理想だという。
「近本選手は後ろに体重が乗っている。僕も左足で打つっていうイメージで。ポイントも以前より近い」。
進化した神谷選手のバッティングに、「ヘッドが効いているだろう」と田尾コーチも目を細める。
ここまでの実戦5試合ではすべて「2番・ライト」でスタメン出場している。2番は石川時代も数多く経験している神谷選手の“定位置”だ。
「(2番は)すっと入れる。大事なときに引っ張る、送ってほしいときに送る。もし1番バッターが凡退しても、僕がヒットで出て走る。監督さんの狙いがあってのことだと思うので、与えてもらった場所で頑張りたい」。
ただ大事にしているのは「小さくならないように。ちょこちょこしないように」ということだ。
「しっかり打つところは打って、ランナーを進めるところは進めてっていうのを全部やっておけば、自分のレベルアップになる。状況に応じたバッティングをしたい」。
守備に関しては登録は内野手だが、ここまでの実戦では外野手として出場している。
「内野はもう緊急用で、誰かがケガしたときとかに入れるようにって感じです」。
内外野ともにできるユーティリティであることもまた、アドバンテージである。
■チーム第1号のドラフト指名選手に
「このチームにきて、本当によかった」。そう、神谷選手はしみじみと言う。
「NPBで活躍した選手の話が聞けるっていうのが大きい。どういう考えで、どういう姿勢で野球をやっているのかということも勉強になる。近くにいることが勉強っすね。実際に(NPBに)いた人の話って、やっぱ違うんで。田尾さんなんて、監督までされた方だし」。
これまで知り得なかった世界に触れ、その技術も間近で見ることができる。さらには聞きたいことは聞け、教えてもらえる。
加えて、環境にも恵まれている。練習場所も確保され、昼食も手作りの料理が提供されている。給料も12ヶ月、支払われる。思う存分、野球に打ち込める申し分ない環境だ。
それだけに、結果で返したいと切に望む。
「チーム第1号で」。
10月、NPBドラフト会議の場で「神谷塁」とコールされるように―。
【神谷 塁(かみや るい)*プロフィール】
1995.8.7生/沖縄県
172cm・65kg/右投左打
北山高校⇒ビッグ開発ベースボールクラブ⇒石川ミリオンスターズ
《ここまでの成績》
2/15(北京タイガース)4打数1安打
2/16(北京タイガース)4打数3安打1打点 2盗塁
2/22(千葉ロッテマリーンズ)3打数0安打
2/23(千葉ロッテマリーンズ)2打数0安打
2/29(読売ジャイアンツ)5打数0安打
合計 18打数4安打1打点 2盗塁 打率.222
(撮影はすべて筆者)