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「世紀の一戦」から波乱万丈の5年 270億円を稼いだメイウェザーの今

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
5年前,アジアの英雄パッキアオを下したメイウェザー(写真:ロイター/アフロ)

ジムワーク、スパーリングに精を出す

 ボクシングのイベントで空前絶後の収益をあげた2015年5月のフロイド・メイウェザーvsマニー・パッキアオから5年が経過しようとしている。今、振り返ると「いったいあの試合は何だったのだろう?」という思いもするのだが、期待を裏切った試合内容はともかく、ボクシング史を彩った出来事として永遠に語り告げられるに違いない。

 世紀の一戦の翌年、WBOウェルター級王者に復帰し王座を失うものの、昨年WBA同級“スーパー”王者に就いたパッキアオはいまだにバリバリの現役。フィリピンの上院議員はキャリアの最終章でどんな驚きを与えてくれるだろうか。対するメイウェザーは「ボクサーは引退した」とこぼすのだが、相変わらず復帰説が根強い。もし実現すれば43歳という年齢から、そう遠い未来ではあるまい。問題は誰を相手にするかである。

 4月に入ってメイウェザーがジムワークする姿やロードワークの映像がソーシャルメディアを通じて流れている。これまでも何度かそんなニュースが飛びかった。だが“公式試合”はパッキアオ戦から4ヵ月後に行ったアンドレ・ベルト戦と2017年8月ラスベガスで行われたコナー・マクレガー戦のみ。マクレガーと同じ総合格闘技UFCの選手と対戦するため、格闘技の練習をする映像も流れたが、ただのポーズに過ぎなかった。

 今回もどれだけ真剣に取り組んでいるか計りかねる。ただ最近、スパーリングを開始したと伝えられ、相手もマグレガー(再戦)あるいは一昨年マクレガーに勝利を収めているロシア人ハビブ・ヌルマゴメドフが有力だといわれる。UFCの選手にボクシングルールの試合を押しつけるのは以前と変わらない。コビット19(新型コロナウイルス感染症)の流行で通常ジムは閉鎖され、選手は自宅でのトレーニングを強いられている状況で、メイウェザーだけジムワークが許されるのは理解できない。デモンストレーション以外の何物でもないという見方もできる。

メイウェザー&パッキアオは表裏一体

 そもそもパッキアオ戦とマクレガー戦で常識を覆す大金を得たメイウェザーが、なぜ再びリングに上がらなければならないのか?前者のファイトマネーはフォーブス誌によると2億5000万ドル(約270億円=1ドル108円として。以下同じ)。パッキアオもこの時1億ドル(約108億円)以上稼いだ。マクレガー戦に至っては諸説あるが2億8500ドル(約308億円)というからパッキアオ戦を超えたことになる。ちなみにマクレガーも9900万ドル(約107億円)得たといわれる。

 これまでも何度も言ってきたがボクサーが1億円稼ぐのもたいへんなことなのに、これらの数字はクレイジーとしか言い様がない。メイウェザーの収入はアスリートの長者番付のダントツトップに君臨するだけではなく、全ジャンルの金持ちランキングでも相当上位の位置を占めるだろう。

 これだけの金額を生みだしたのだからメイウェザーにとりパッキアオやマクレガーは“お得意さん”という意識が働くに違いない。表面上は「パッキアオの名前がメディアに取り上げられる時、常に私の名前が出て来る。私のブランドを無断で使用して名声を築いている」とツイートしたメイウェザーだが、5年前の対決が実現した後からも2人は表裏一体の関係にあるのではないか。パッキアオも「君が私と戦いたいと思う時、私の名前を使っている」と逆ツイートしている。

 現役でチャンピオンのパッキアオはともかく、メイウェザーが復帰を決意したならば、ボクシングファンは現在ウェルター級のトップに君臨するエロール・スペンスJr(米=IBF・WBC統一王者)やテレンス・クロフォード(米=WBO王者)との対決を期待する。だがメイウェザーが彼らとの対戦になびく可能性はゼロに近い。それでもリングに未練を残し、別なスポーツと言っても過言ではないUFCの選手とのボクシング試合に固執するのは、かなり恥ずかしい行為といえる。にもかかわらず、マクレガーやヌルマゴメドフの名前が挙がるのはいったいどうしてなのだろう。

18年10月に対戦したマクレガーとヌルマゴメドフ(写真:ESSENTIALLY SPORTS)
18年10月に対戦したマクレガーとヌルマゴメドフ(写真:ESSENTIALLY SPORTS)

軌道に乗らないプロモーター業

 ボクサーが引退後もっとも稼げる職業はプロモーターだろう。だがこれは可能性があるだけで、文字通り興行の世界は水物だ。シュガー・レイ・レナードのように著名選手であっても失敗するケースは多々ある。とはいえ自らメイウェザー・プロモーションズを立ち上げたメイウェザーは有り余るほどの資金に恵まれている。これを運用しない手はない。かつてライバルだったオスカー・デラホーヤがゴールデンボーイ・プロモーションズで大成功している例がある。

 しかし親友のレナード・エレーベCEOに運営を任せているメイウェザー・プロモーションズは今のところ成果をあげているとは言えない。これまでも地盤のラスベガスで不定期にイベントを開催しているが、以前エレーベ氏がアピールした月1回の興行は実現していない。スター選手はスーパーフェザー級からライト級を制したハードパンチャー、ジャーボンタ・デイビス(米)のみ。そのデイビスは昨年初め、「思い通りに試合を組んでくれない」とメイウェザーと会社を公然と非難した。その後、関係は修復されたが、地元ボルティモアでは青少年のロールモデルとして振る舞うデイビスは他方で何度も警察沙汰、逮捕事件を起こすジキルとハイド氏のような男。エースの挙動は御大のメイウェザーとしても頭が痛いところだろう。

 いずれにしても、メイウェザー・プロモーションズは金持ちの道楽でやっているような会社。傍目にはなぜ本腰を入れないのか不思議に思えてしまう。そんな苦悩がメイウェザーをリングへかき立てる理由の一つ、あるいは最大の原因になっているのではないだろうか。

メイウェザー・プロモーションズの秘蔵っ子デイビス(左)。最新試合でキューバのガンボアを倒す(写真:Amanda Wescott/Showtime Boxing)
メイウェザー・プロモーションズの秘蔵っ子デイビス(左)。最新試合でキューバのガンボアを倒す(写真:Amanda Wescott/Showtime Boxing)

立て続けに起こった不幸

 苦悩といえば、3月10日、元交際相手でメイウェザーともうけた3人の子供の母、ジョージ―・ハリスさん(享年40)がロサンゼルス近郊の自宅前に駐車してあった車の中で死体で発見された。また1週間後の17日には叔父でトレーナーを務めた元世界2階級王者のロジャー・メイウェザー氏がラスベガスで死去する不幸に見舞われた。同氏とのリズミカルなミット打ちは今でも忘れられない。そして今月初め、娘のイアンナ(19歳)が人気ラッパー、NBAヤングボーイをめぐり女性をナイフで刺して重傷を負わせ逮捕される事件を起こした。

 呪われたような1ヵ月を過ごしたメイウェザー。その反動なのか、上記のように練習やロードワークを始めたニュースと同様に14歳の甥を自らコーチする映像が発信された。ロジャー氏の死にインスピレーションを受けたと語るメイウェザーは、実父のフロイド・シニアの指導を受けた時期も長い。トレーナーの素質は十分あるとみる。しかし周囲や関係者は「どうせ長続きしないだろう」と冷めた目で傍観している。

11回ボクシング、1回格闘技ルール?

 元パウンド・フォー・パウンド・キングがカムバックの時期を来年まで延ばすと仮定すると、候補者はやはりパッキアオ、マクレガー、ヌルマゴメドフの3人に絞られるだろう。このうち唯一、常識的な相手パッキアオに関して以前も話を聞いた米国在住の彼の側近者は「メイウェザーと今年対戦することはない」と筆者に明かしている。

 そうなると2人のUFC選手に限定される。3月、仰天プランが伝えられた。それはファンとのイベントツアーのためイギリスへ出かけたメイウェザー自身の口から発せられた。「マクレガーとの試合、ヌルマゴメドフとの試合、両方の話がダナ・ホワイト(UFC社長)から打診されている。私はビジネスマン。どうせなら一回の興行で2人とやってもいい。でも2人分で報酬は6億ドルだ」

 6億ドル(約648億円)とはパッキアオ戦とマクレガー戦でそれぞれ約3億ドルずつ稼いだメイウェザーがはじき出した額だろう。でも一夜で12ラウンド2試合という前代未聞のイベントを管轄のコミッションが果たして許可するだろうか。負傷などで途中で続行不可能になったら、どんな処置が講じられるのだろう――と疑問はいくらでも出て来る。

 一方この話をホワイト社長から聞いたヌルマゴメドフは「よーし、こっちにも考えがある。11ラウンズをボクシングルールにして残りの1ラウンドはMMA(総合格闘技)ルールというのはどうだろう?」と挑発した。

 その後コビット19の被害拡大でイベントは全部中止され、話は中断しているが、常に話題に事欠かないところがメイウェザーらしい。ヌルマゴメドフの発言は現実離れしている。だが、それこそ融通が利くインディアン・リザベーションのカジノあたりならウエルカムの姿勢を示すかもしれない。

 1ラウンドだけでもMMAルールならメイウェザーが負ける可能性は少なくない。たとえ勝ったとしてもあまり喜べるものではない。それでもマクレガーとの初戦のようにどんなことでも自分の思い通りに事を進め、巨万の富を手にしてきた男だけに今後とも興味は尽きない。ビジネスマンがまたファイターに変身する日が近づいている。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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