Yahoo!ニュース

羽生結弦が全幅の信頼を寄せるスケート研磨師は、東北のアイスホッケーチームで腕を振るう<その3>

加藤じろうフリーランススポーツアナウンサー、ライター、放送作家
羽生結弦(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

長年にわたって羽生結弦のスケートの研磨を担当し続けている吉田年伸は、長男が参加したアイスホッケースクールでの出会いをキッカケに、選手たちからの強い求めを受け、アイスホッケーチームの東北フリーブレイズの研磨師に就任しました。

▼新たな理論を伝えて、選手のスケートに革新をもたらす

フリーブレイズの一員となった吉田は、新たな理論を伝えて、選手のスケートに革新をもたらせました。それは活荷重(動荷重)に基づくものでした。

「滑り出した時点では良くても、スピードが出始めてきたら、かかとに重心を置かないと、スピードに乗っていくことはできません。

前に滑っていくのだから、体の前側に重心を置けばいいと思い込んでいる人が多いんですよ。ウチの選手たちも同じでした。

つま先を使うことが必要な時もありますけれど、道を歩くのと、氷の上を滑るのは全く違いますし、体力の消耗度にも大きく差が出ます。

人の心理として、前に滑っていくのに、体の後側に重心を置くのは怖いかもしれませんけれど、そうすることで無理なくスピードに乗っていけるんです」

この吉田の理論を、最初に体感することになったのが、キャプテンの田中豪(33歳)でした。

日本代表でもキャプテンを担う田中は、誰もが認めるフリーブレイズの大黒柱。ところが、吉田が就任した昨季は手首を負傷して、出遅れてしまいました。

ただスケートを滑るのには支障がなかったため、吉田の理論を実践し「かかと重心」でのスケーティング練習に取り組むことに。

印象を尋ねると、田中の口から、こんな言葉が返ってきました。

「今までは前足で一生懸命に氷を引っ掻いて滑っていましたから、(スケートの)ブレードの溝を深くすれば、引っかかりも良くていいと思っていました。

でも、初めのうちは転んでばかりいましたけれど、かかと重心で滑るようになると、だんだん慣れてくると、プレーの精度も上がりましたし、試合後の疲労感が全然違います」

こんなキャプテンの言葉を裏付けるように、吉田にスケートの研磨を頼むフリーブレイズの選手たちから、「ブレードの溝を浅くしてください」というリクエストが、増えていったそうです。

▼スケートの研磨だけが仕事ではない

このように、選手のスケートに革新をもたらせた吉田でしたが、彼の役割は、それだけではありません。

フリーブレイズはプロチームではないことから、スタッフも含めたチームの人員は、決して多いとは言えず、吉田もスケートの研磨だけに専念していればOKというわけではなく、26人(現時点での登録数)の選手たちが使ったタオルや、練習ジャージなどのクリーニングも担っています。

そのため、研磨の合間にホームアリーナ近くのコインランドリーまで、抱えきれないほどの洗濯物を歩いて運び出す姿が、毎日のように見られます。

また本業の研磨を行う彼の仕事場も、多くの用具が置かれていることも手伝って、移動するのも難儀なほど。

多くの用具が置かれている仕事場で選手のスケートを手入れする (Rights of Jiro Kato)
多くの用具が置かれている仕事場で選手のスケートを手入れする (Rights of Jiro Kato)

しかし、こんな雑然とした吉田の仕事場へ、羽生は、国内にいる時はもちろん、海外からでも研磨を託すスケート靴を、宅配便で送ってきます。

たとえ遠く離れた地にいても、東北のアイスホッケーチームの部室に送られてくるトップアスリートのスケート靴からは、「信頼」の強い気持ちが漂っています。

▼いつの日か世界を舞台に

「今の夢は何ですか?」

こんな問い掛けを吉田にしてみると、一呼吸おいてから返ってきた答えは、このような言葉でした。

「海外でこの仕事をしたことがないので、それが当面の夢なのかな。海外のチームや選手に限らず、日本代表のように世界で戦う選手たちを支える役目ですね」

少年の頃から支えてきた羽生を、世界のステージへ送り出した研磨師は、いつの日か自らも世界をステージにしようと、東北のアイスホッケーチームで腕を振るっています!

そんな吉田が研磨師を務めているフリーブレイズは、活動拠点としている青森県八戸市で、

vs デミョンキラーホエールズ(韓国)3連戦

1月21日(土)17時~  22日(日)15時30分~  24日(火)19時~

vs High1(ハイワン・韓国)3連戦

3月4日(土)17時~  5日(日)15時30分~  7日(火)19時~

会場:テクノルアイスパーク八戸

アジアリーグのホームゲームを戦います(いずれも予定)。

また今週末(24日13時~、25日16時30分~)には、新横浜スケートセンターでのビジターゲームも予定されていますので、首都圏にお住いの方は、氷上で華麗な演技を披露するフィギュアスケートとは対照的に、目にもとまらぬスピードと選手同士の激しいぶつかり合いから「氷上の格闘技」の異名をとるアイスホッケーを、一度ご覧になられては、いかがでしょうか?

尚、試合のスケジュールやチームの情報は、東北フリーブレイズのオフィシャルサイトなどで、ご確認ください。

フリーランススポーツアナウンサー、ライター、放送作家

アイスホッケーをメインに、野球、バスケットボールなど、国内外のスポーツ20競技以上の実況を、20年以上にわたって務めるフリーランスアナウンサー。なかでもアイスホッケーやパラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)では、公式大会のオフィシャルアナウンサーも担当。また、NHL全チームのホームゲームに足を運んで、取材をした経歴を誇る。ライターとしても、1998年から日本リーグ、アジアリーグの公式プログラムに寄稿するなど、アイスホッケーの魅力を伝え続ける。人呼んで、氷上の格闘技の「語りべ」 

加藤じろうの最近の記事