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米国、サウジからの200万bpd原油増産取り付けは本当か?

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
(写真:アフロ)

米時間6月30日の朝、トランプ米大統領が自身のTwitter上において、原油市場を驚かせる投稿を行った。すなわち、サウジアラビアのサルマン国王電話会談を行い、「サウジアラビアに最大で日量200万バレルの増産を要請した」、「国王は合意した」と投稿したのである。

石油市場に詳しくない人にとってはこの「日量200万バレル」の数値が持つインパクトは分かりづらいが、世界の原油供給量を2%増やすのとほぼ同義である。足元では、供給不足に対する警戒感から国際原油相場が2014年11月以来の高値を更新中であるが、その流れを一夜にして逆転させかねない程のインパクトを有している。

6月22日と23日に行われた石油輸出国機構(OPEC)総会と加盟国/非加盟国との閣僚会合では、協調減産の遵守率を100%に引き下げることで事実上の増産を行うことが合意されたばかりである。147%の合意遵守率を100%まで引き下げると、理論上は最大で日量90万バレル程度の増産が想定されるが、マーケットでは国際原油需給のひっ迫化を回避するには不十分との見方が、6月末に向けて原油相場の急騰を促していた。

しかも、6月にはカナダやリビアなどの生産障害、米政府が各国に対してイラン産原油取引の停止を求めたこともあり、原油相場がどこまで上昇するのか分からないとの警戒感が浮上し始めていたが、トランプ大統領が改めて原油高抑制のための口先介入を行った格好である。トランプ大統領は過去2度にわたってTwitterで原油高批判を行っていたが、これで三度目の「石油価格は高い!」との警告になる

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■トランプ大統領のツィートは信頼できるのか?

ただ、こうしたトランプ大統領のTwitterでの投稿内容を額面通りに受け止めて良いのかは、慎重な議論が求められる。ここで四点ほど論点を提示したい。

最初に確認すべきは、トランプ大統領のツイート内容が事実か否かだが、サウジ国営メディアでは「石油市場の安定」と「供給不足が発生した場合の産油国の対応」については協議が行われたことが確認されている。ただ、日量200万バレルの増産というトランプ大統領のツィート内容についての言及はなく、各種メディアの確認要請に対しても現時点では明確な答えが得られていない。すなわち、トランプ大統領サイドの情報のみしか得られていない。

第二に、サルマン国王が「He has agreed!」したとトランプ大統領が報告していることの意味である。単純にトランプ大統領の増産要請に理解を示したのか、増産対応を約束したのかが、よく分からない。増産の時間軸、条件の有無などについても何も明らかになっておらず、トランプ大統領がどのレベルで増産要請を行い、サルマン国王がどのような反応を示したのかは、まだ情報不足で分からない状況に留まっている。

第三に、仮に米国=サウジが日量200万バレルの増産で合意した場合、OPEC総会との関係性はどうなるのかだ。現在は協調減産政策が展開されており、減産合意を順守することが2週間前に確認されたばかりだ。サウジアラビアとしては過剰減産を解消する形で7月中に数十万バレルの増産を行う意向を示していたが、仮にOPEC総会での合意内容を無視して200万バレルもの増産を行えば、協調減産体制は崩壊の危機に晒される。OPEC総会では、米国の要請ではなく需給見通しによって産油政策を決定することを確認したばかりだが、サウジの単独行動はOPEC協調体制の崩壊を招きかねない。

第四に、仮に日量200万バレルの増産が実施された際のインパクトだ。当然に短期スパンでは需給緩和圧力が発生するが、これはサウジが生産能力限界のフル増産体制に移行することを意味する。サウジは近い将来の追加供給を行う余力を失うことになり、今後は仮に世界のどこかで供給障害が発生、または需要が想定を大きく上回った際に、サウジとしては需給安定化のために切れるカードが存在しなくなる。サウジとしても産油能力引き上げに意欲を示しているが、まだ具体的な生産能力引き上げの目途が立っている訳ではない。世界的に投資不足で生産余力の乏しさが問題視される中、仮にサウジがフル増産を選択するのであれば、危険な賭けと言わざるをえない。

■マーケットインパクトは?

まだ十分な情報が得られていないので評価は暫定的なものにならざるを得ないが、これまでのサウジ側の対応を見ている限り、トランプ大統領が日量200万バレルの増産を要請し、サルマン国王は供給不足があれば対応する考えを示した程度が、実際の電話会談の真相だと考えている。しかもサウジ単独ではなくOPECとしての対応検討を約束した一般論的な回答だった可能性が高い。

このため、仮に週明けの原油相場が売りで反応しても、一時的なインパクトに留まる可能性が高い。もちろん、サウジが実際に日量200万バレルの増産に動き出すのであれば60ドル台前半、更には60ドル割れの急落リスクも浮上するが、実現可能性としては限りなくゼロに近い。

ただ、トランプ大統領が原油相場の急騰に対して強い危機感を抱いているのだけは、間違いない事実である。後も強力な増産圧力が産油国に対して掛けられるのは間違いないだろう。しかも原油高の一因が、米国が各国にイラン産原油取引の停止を求めたこととあっては、原油高批判はトランプ政権批判の声に直結する可能性が高く、秋の中間選挙に向けてどうしても放置することはできない事情がある。12月の次回OPEC総会を待たずに、その中間地点となる9月前後に向けて政策再調整の可能性は想定しておく必要がある。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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