光る君への身分制度が分からない 右大臣や中納言、守の意味と暮らしぶりは?
関東圏の穴場ずらし旅の愛好家、とらべるじゃーな!です。以前に私塾で古文を教えていた時期があります。古文の世界は、少しかじっておくと、旅行の世界が大きく広がります。
今回は右大臣や中納言、守(かみ)といった、大河ドラマ「光る君へ」によく出てくるものの分かりづらい、身分制度を分かりやすくお伝えします。
(以下第20回の記述があります)
まひろパパ、藤原為時(ためとき)福井へ
「光る君へ」の隠れた?人気キャラクターが、まひろ(紫式部)の父、藤原為時(ためとき)。
藤原氏の一族ですが下級貴族であり、貧しい暮らしをしていたところ、当時大国に分類された越前守(えちぜんのかみ、県知事に近い役割)に登用されました。
越前で、藤原為時が居を構えたのは、現在の福井県越前市武生(たけふ)。
先日北陸新幹線が開業し、訪ねやすくなっています。平安朝式庭園が美しい紫式部公園も整備されています。
冬には、例えば2021年には64cmもの雪が積もった豪雪地帯です。為時やまひろにとって、栄誉ある赴任でしたが、慣れない雪国での暮らしは苦労もあったと推察されます。
右大臣や中納言、守って何?
さて、「光る君へ」を見ていて難しいのが、貴族の身分制度。
まず貴族とは、現在で言えば政治家と官僚、その他国家公務員を合わせたようなものです。上の図を見ると、藤原道長が右大臣、花山院に矢を放ち処分を受けた藤原隆家が守(出雲権守)、ほかに上地雄輔演ずる道綱に中納言の文字が見えます。
例えば中納言と守(かみ)なら、どちらが偉いのでしょうか?
正解は、下の簡易的な位階表(時代によって変遷あり)で確認してみてください。
平安期の身分制度は意外にシンプルで、物語によく登場する人物は、1~6位の身分に分類されます。
1~3位の位階には、右大臣(1位)や中納言(3位)などが属し、政治の意思決定を行う役割を持ちます。人数はわずか20名前後と推定。現在なら、内閣に入閣した大臣にあたります。
一方、守(かみ)は県知事にあたり、位階は5~6位。下級貴族の一大目標と言うべき地位で、天皇から直接指示を受け、傍らで執務を行うことは、原則できない身分でした。会社組織なら、主任くらいのイメージであり「社長の顔を見たことがない」という方もいらっしゃるのではないでしょうか?
※正確には漢字で三位のように書き、三位は「さんみ」と読みます。
大納言と言えば、大粒の小豆(あずき)の名前に転用され、偉い人のイメージが湧かないかも知れません。しかし、藤原家繁栄の基礎を築いた不比等(ふひと)はじめ、多くの重要人物が大納言を歴任しています。小豆は大納言が主流ですが、中納言小豆や少納言小豆も一部地域で栽培されています。
同じ守に任用なのに、なぜ為時は大喜び、隆家は涙した?
位階では5~6位に当たる守(かみ)。
貴族としては簡素な住まいから想像できるように、藤原為時にとっては大出世でした。それもそのはずで、越前は地位も給料(米など現物支給)も高い大国。現代に換算すると実に年収約1400万円(※)のタワマンクラス?に大出世です。中級貴族にとって、守は1つのゴールでした。
※『日本人の給与明細』角川ソフィア文庫による
一方同じ守でも、花山院に矢を放ったのち、守(出雲権守)を任じられた藤原隆家は、泣く泣く守の地位を受け入れます。もともと3位の位階にいた高級貴族でしたので、現代で言えば世田谷の大豪邸から、地方のマンションの1室にて謹慎というところです。
以上、もし頭の片隅に入れておくなら、「2位と3位、いまは内閣、むかしは大臣(おとど)と大中納言」という内容です(1位の太政大臣は余り登場しない)。
※2位は、上から左大臣、右大臣、内大臣の順です。3位(正確には三位・さんみ)は、上から大納言、中納言の順です。
※1~3位に参議を加えたものを公卿(くぎょう、古語でくぎゃう)と呼び、それを採用しているサイトも多いです。これは高校時代に上達部(かんだちめ)と習ったのと同じ意味です。
身分関係についてもう少し詳しくという方は、下のリンクを確認してください。藤原道長の輝かしい出世遍歴も掲載されています。
古文常識で重要な「身分関係」がかんたんに分かる(受験ネット)