怪我を乗り越え勝利したベテラン・柴田善臣は今後、何を考えて乗っていくのか?
防ぎようのないアクシデントで骨折
2020年11月21日、アクシデントが起きた。東京競馬の第4レースのパドックでの事だった。
「跨った瞬間に背中をまるめました。新馬戦だったし、注意しました」
そう語る柴田善臣は続けた。
「アブミを脱いで用心したけど、動き出したと思ったら一気に走って前の馬にぶつかりました」
そこで一旦、止まったと思った次の刹那の事だった。
「また動き出した途端に転びました」
注意を払っていた柴田だが、さすがに転ばれては手の打ちようがなかった。気付いた時には左足の上に馬体が乗っていた。
「ヒザから下の全てに激痛が走る感じでした。すぐに大怪我であると分かる痛みで、しばらく休む事を覚悟しました」
競馬場での検査で左第5中足骨骨折が判明した。
「ベテランだから焦りはしなかったんじゃないか、って? いや、そんな事はないです。年齢的に『復帰出来るのか?』というのが頭を過ぎり、正直、焦らなかったというわけではありませんでした」
柴田が生まれたのは1966年7月30日。現在54歳はJRAの最年長ジョッキー。大ベテランといえど、大怪我に心が揺らいだ。
退院直後に再入院
「『8週間は無理』と言われ、すぐに入院しました」
10日ほど経った12月2日、退院出来た。しかし、家に帰って左足をついた途端、痛みが走った。
「尋常ではない痛みでした。ただ、2日後に検査で通院する事になっていたのでそれまで我慢しました。通院日になり、エコーをとったら2カ所に血栓が見つかり、そのまま緊急入院しました」
退院出来たと思ったのも束の間のUターン。さすがのベテランも患部だけではなく精神的な苦痛を感じた。
「そこからほぼ終日ベッドから動けなくなりました。動くとしても車椅子で、リハビリもベッド上で可動可能な部位を動かすだけ。正直、しんどい生活でした」
「何でこんな事に……」とも思った。しかし、復帰するためにはここで慌てても仕方ないと腹をくくった。
「主治医の言う事を守るしかないと考え、我慢の日々を過ごしました」
その結果、約2週間後には様々な数値が安定。18日に2度目の退院にこぎつけた。
「年末年始は何も出来ない状態でした。有馬記念も金杯もテレビで見るだけ。乗りたいという気持ちが強くなる一方で、ストレスがたまりました」
とはいえその頃の柴田はまだ歩く事もままならない状態だった。
「やっと靴を履けるようになったのは金杯が終わって少ししてから。歩様は決して良くはなかったけど、歩けるので、まず馬に乗ってみようという感じで調教騎乗を再開しました」
こうして美浦トレセンで調教に跨った。すると……。
「痛みが再発したので次の日の調教は断りました」
しかし、調教そのものは普通に乗れた。また、2日ほど休んだだけで痛みもひいた。そこで再びトレセンに出向いた。こうしてその週末の1月16日、戦列復帰を決めた。
重賞で復帰し、その後、勝利
「乗る分には何も支障がありませんでした。これなら実戦も乗れると思い、復帰を決めました」
復帰戦はいきなりの重賞になった。愛知杯(G3)でお手馬のデンコウアンジュに騎乗すると、11番人気という低評価ながら6着に善戦した。
「最後に脚を使ってくれました。久しぶりの実戦だったけど、乗り慣れていた馬という事もあり、イメージ通りに乗れました。何よりもいきなり乗せてくださった関係者の皆さんには感謝しかありません」
更に翌17日にはリュウノユキナでジャニュアリーSを優勝。復帰後、初勝利を飾った。
「何かあった時にリカバリーするのに少し手間取るかな?と感じたけど、乗っているうちに違和感はなくなりました」
更に1週間後の24日、中山競馬場のメインレース、AJC杯(G2)ではサンアップルトンに騎乗。2週連続での重賞騎乗を果たすと、直後の最終レースをフォースオブウィルで勝利して今年2勝目。早くも両目を開けた。
「フォースオブウィルはすごくスムーズに競馬が出来ました。もっと後ろからになるかと思っていたけどポンとゲートを出てくれて好位につけると折り合いもバッチリでした」
あまりにもスムーズに進めたという競馬ぶりに対し、冗談を交えて次のように続けた。
「鞍上が病み上がりだから俺がしっかりしないと、って馬も分かっていたんじゃないかな?」
こう言って笑った後、間髪を入れず、今度は真面目な口調で言った。
「復帰に合わせて良い馬を用意していただけただけ。怪我をして戻って来たばかりなのに乗せてもらえるだけでありがたい話なのに、本当に感謝しかないですよ」
改めて今後の抱負を聞くと、次のように答えた。
「怪我をして、リハビリをしていると、自分でもこんなに痛い想いや苦しい想いをしてまで何で続けているんだろう?って考える時があるけど、結局レースに乗るのが楽しいんですよね。競馬が好きなだけ。好きな事をさせてもらっているだけ。だから乗せてくださる人達がいる限り、もっと楽しんで乗り続けたい。そう考えています!!」
JRAだけで9回のG1勝ちを含む通算2296勝。この数字はまだまだ伸びる事だろう。大ベテランのますますの活躍に注目したい。
(電話取材。文中敬称略、写真撮影=平松さとし)