シアトル・レインFCで「らしさ」が復活 。移籍後5試合で川澄奈穂美が見せた躍動感溢れるプレー
【シアトル・レインFC監督との絆】
川澄奈穂美は、INAC神戸レオネッサからNWSL(アメリカ女子プロサッカーリーグ)のシアトル・レインFCへの電撃移籍を発表後、6月29日(水)の午後にシアトルに到着して、翌日からチームに合流した。
2年前に一緒にプレーした懐かしい面々は半分ほどになり、川澄が初めて対面する若い選手たちも半分ぐらいを占めていたが、試合に出場する主力メンバーは2年前とほとんど変わっていなかった。川澄は懐かしい感慨に浸る間もなく、7月2日(土)のボストン・ブレーカーズ戦に向けて、シアトルのメンバーとまたサッカーを共に楽しめるという期待感を胸に、移籍後初のチームトレーニングに参加した。
とはいえ、川澄にとっても、監督のローラ・ハービー(Laura HARVEY)にとっても、そしてチームのオーナーであるビル・プレドゥモア(Bill PREDMORE)にとっても、一抹の不安を抱えたままのトレーニング初日となった。実は、この時点ではまだ、INAC神戸レオネッサからシアトル・レインFCに移籍するための「国際移籍証明書」が、日本サッカー協会からアメリカサッカー協会に到着していなかったのである。これが届かないことには、川澄のリーグ戦出場は実現できない。
試合前日の1日(金)になっても、まだ届いていない状況を知ったハービー監督は、トレーニング中にも、「国際移籍証明書」の到着について気になっていた。
試合当日の2日も、ハービー監督は朝から気が気ではなかった。
そんな中、チームに朗報が届く。シアトル時間で夜7時に予定されていたホーム開催のボストン・ブレーカーズ戦の試合開始3時間前に、「国際移籍証明書」がアメリカサッカー協会に届いた。ようやく、川澄が試合に出場できる可能性が開けた。
川澄の移籍をシーズン前から熱望していたハービー監督やプレドゥモアが、笑顔で試合前のスタジアムに姿を現した頃、川澄はこの知らせを滞在中のシアトル市内のホテルで関係者から聞いた。そして、ハービー監督から、先発出場する連絡をメールで受けた。
川澄は嬉しさと同時に、込み上げてくる期待感を隠すことができなかった。
シアトル・レインFCは、川澄が所属していた2014年と、INAC神戸レオネッサに復帰した2015年のシーズンに、リーグ戦で1位になった。だが、4位以上のチーム同士で争うプレーオフのチャンピオンシップ決勝では、2年連続でFCカンザス・シティに負けている。そして、今シーズンは主力選手たちのケガによる長期離脱も相次ぎ、8月25日(木)現在、10チーム中6位と苦戦を強いられている。
川澄とハービー監督の縁は、5年前にさかのぼる。
2011年11月30日に国立競技場で行われた、トヨタヴィッツ・カップでイングランドの名門アーセナル・レディースFCが来日し、その年のなでしこリーグ優勝のINAC神戸レオネッサと試合をして、1−1で引き分けた。その時、アーセナル・レディースFCを率いていたのがハービー監督だった。
川澄はこの試合で縦横無尽にピッチを駆け巡り、随所に好プレーを披露。相手チームの指揮官に強烈な印象を与えたのだ。
そして、2013年3月17日に沖縄で行われた「琉球新報創刊120年ファミリーマート・ドリームマッチ」で、川澄とハービー監督は再会を果たすこととなった。試合は2-0でINAC神戸が勝利し、またしても、川澄は敵将の記憶の中に強く留まることとなった。
そして、2013年のシーズン終了間際に、シアトル・レインFCから川澄へ正式にオファーが届き、川澄とハービー監督は2014年のシーズンを共に戦った。川澄はアジアカップ(2014年5月、ベトナム開催)でなでしこジャパンに招集された期間を除き、すべての試合で先発出場し、9ゴール5アシストを記録。シーズン終了後にはリーグの年間ベストイレブンにも選ばれ、その年のAFC女子MVPとFIFA女子年間最優秀選手候補にも選ばれた。
【移籍後初戦の2ゴールが与えたインパクト】
2014年は半年間の期限付き移籍だったが、2度目の今回は完全移籍を選択した。短期間で結果を残し、再びオファーをもらってプレーするという、プロ選手として大切なことを意識するためだ。
川澄は移籍後初出場となったボストン・ブレーカーズ戦で4-3-3の右のFWで先発出場。今シーズン、INAC神戸レオネッサで思うようなプレーができていなかった鬱憤を晴らすかのように、ピッチを所せましと走り、多くの場面でチームメイトとのパス交換に顔を出して貪欲にゴールを目指した。
そして、ついにその時はやってきた。
13分、相手MFのパスをカットしたシアトル・レインFCのDFローレン・バーンズ(Lauren BARNES)が、ハーフラインよりも低い位置に下りて来た川澄にボールを預けた。
川澄は味方の位置を確認しながらドリブルでボールを運び、右サイドを駆け上がるFWマノン・メリス(Manon MERIS)にスルーパス。メリスはスピードに乗ったドリブルを仕掛け、クロスボールを入れた。ボールは相手DFに当たり、ゴール前に詰めていた川澄の前に転がった。
自分に引き寄せられたボールを川澄は左足で、ゴールの左サイドに押し込んだ。
ゴールの前には、以前INAC神戸レオネッサでチームメイトだったベバリー・ヤネズ(Beverly YANEZ)がいたが、彼女はオフサイドにならないように、自分の足元に来た川澄のシュートから身体を遠ざける配慮を見せた。こうして、川澄の移籍後初ゴールが決まった。
チームメイトの祝福の中、川澄はこのチームに再び戻ってきた喜びと、久しぶりのゴールの感触をかみしめた。
試合はこれで終わらなかった。
61分に、キャプテンのキーリン・ウィンター(Keelin WINTER)から長めのパスをもらった川澄が、右サイドでトラップ。相手DFとの間合いを詰めながらペナルティエリアの中に入ると、相手DFのマークがずれた瞬間に、左足でループ気味のシュートを放った。ボールはきれいな放物線を描いて、相手GKが最大限に伸ばした指先をかすめ、ゴールマウスに吸い込まれていった。
この日、川澄の2ゴールで快勝したシアトル・レインFCのハービー監督は、試合後にチーム内の「ウーマン・オブ・ザ・マッチ」に、迷わず川澄を選んだ。ホームに駆けつけたシアトルサポーターは大きな歓声と拍手を送り、川澄の復帰に改めて大きな喜びを示した。
次の試合は、1週間後の7月9日(土)に、ニューヨーク州ロチェスター(Rochester)を本拠地とする、ウェスタン・ニューヨーク・フラッシュ(Western New York Flash)と対戦。
この試合は、いつも公式戦が行われるサッカー専用スタジアムではなく野球場で行われたのだが、川澄はその規格に驚かされた。ワールドカップなどの公式戦や各国のリーグは基本的に、FIFAが縦105m×横68mの規格で行うことを定めているが、この試合は、縦91.44m×横53mと、驚くほどに狭く小さなピッチだったのだ。試合後、NWSL(National Women’s Soccer League)事務局は、こんなスタジアムでの開催を許可したことについて「自分たちは間違った判断をしてしまった」とチームや選手、そして、ファンに宛てた謝罪文を出したほどだ。横幅が狭く、サイドへの展開がなかなか思うようにできない状況で、試合は、ボールが縦に行ったり来たりを繰り返した。
そんな中、試合は川澄の2試合連続ゴールで幕を上げる。
21分、ヤネズのパスを受けたメリスがサイドをドリブルで駆け上がり、クロスボールを入れた。ボールはショートバウンドになったが、ゴール前に走りこんだ川澄がうまく合わせた。ゴール後、川澄は拳に何度も力を入れた。その姿は、自分自身を奮い立たせているようでもあった。
しかし、その後に3点を決められて逆転を許し、シアトル・レインFCが1-3の状況で、後半ロスタイムを迎えた。川澄が左サイドで正確な切り返しを続けて相手DFを翻弄し、ゴール前にクロスボールを入れる。一度は相手にクリアされたが、この試合でチームに合流した宇津木瑠美(フランスのモンペリエHSCから移籍)が左足ボレーで決め、1点差に詰め寄った。なおも攻撃の手を緩めないシアトル・レインFCは、ゴール前に縦に走りこむ川澄の足元に、左サイドの宇津木からタイミングの良いパスが通り、同点のチャンスを迎えた。しかし、この場面では相手キーパーがタイミング良く飛び出してきて、ゴールには結びつけられず。
惜しくも敵地で勝ち点を得られずに、シアトルに戻ることになった。
【シアトル・レインFCで復活した持ち味】
川澄のアメリカ移籍後の3試合目は、1週間前にロチェスターで負けた同じ相手(ウェスタン・ニューヨーク・フラッシュ)を7月16日(土)に、シアトルに迎えた。
試合前、監督のハービーは選手たちに、いつものように勝ち点3を積み重ねる大切さを伝えてピッチに送り出した。
シアトル・レインFCに所属するアメリカ代表のGKホープ・ソロ(Hope SOLO)とMFメーガン・ラピノー(Megan LAPINOE)は、リオ五輪に向けた準備のために3週間ほど代表合宿に参加していたため、久しぶりにチームに合流した。そして、試合前には、リオ五輪に出場する二人を激励するセレモニーが行われた。
なでしこジャパンが出場しないリオ五輪に出場するチームメイトが祝福される姿を見ながら、川澄は代表復帰への強い気持ちを自分自身の中で再確認した。
そして、この日も先発出場した川澄は、2分に先制点の起点となった。
相手DFのクリアミスを拾うと、3人に囲まれ執拗なプレッシャーを受けるが、柔軟な身のこなしでかわした。パスはウィンターを経由して、先制点につながった。
NWSLのサッカーでは、特に前線の選手は攻撃面での仕事ぶりが評価される傾向がある。だが、川澄はFWでありながら、チームがディフェンスに回る時は自陣のペナルティエリアまで戻る。
「その献身性がチームメイトのみならず、スタジアムで観戦するファンにも強いインパクトを与えている」と、ハービー監督。
また、攻撃面では、味方のMFがボールを持った時に迷うことなく前線に思い切り駆け上がるプレーが目立つ。
それは、MFの3選手、ウィンター、ジェシカ・フィッシュロック(Jessica FISHLOCK、ウェールズ代表)、キム・リトル(Kim LITTLE、スコットランド代表)がボールを持つと、高い確率で右サイドを駆け上がる川澄に長いパスを送るからだ。3人は中盤の底でボールを持つとまず、川澄に次のプレーを託す。
そして、川澄が生き生きと躊躇なく前線に飛び出せるのは、彼女たちのおかげとも言える。今シーズン、序盤のなでしこリーグでは影を潜めていた思い切りの良さが発揮されている。躍動感溢れるプレーは、試合のたびにゴールを期待させる。
この日の試合は、シアトル・レインFCが先制するも、追いつかれ、1−1の引き分けで終わった。
ここまでシアトル・レインFCの試合を観て感じることは、DFやMFの選手たちは、ボールを持つとまずゴールに向かうFWの選手を意識するということだ。そして、隙あらばFWの選手に長いボールを入れる。その長いパスは多様で、40m〜50mの地を這うような速くて低い弾道もあれば、どちらかのサイドで局地戦をした後に、逆サイドに大きく山なりに蹴ることもある。
一貫して言えることは、ショートパスをカットされるリスクを負うよりも、一本のパスでゴールできる可能性が高い方に賭けるという姿勢だ。
最近は「ポゼッション」という言葉が一般的に使われるようになったが、本来、サッカーはポゼッションを競うゲームではなく、ゴールを競うゲームである。ただ、ボールを失うと失点の危険が高まるため、できるだけボールを失わないようにポゼッションの意識を強く要求される場合もある。
その点、リスクを負ってゴールの確率の高さに賭けるシアトル・レインFCのサッカーは観ていてダイナミックであり、ダイレクトにゴールにつながるという点ではスリリングでもある。もちろん、高い技術に裏打ちされた正確なキックが蹴れるからこそ、リスクを負ってでもゴールに直結するパスを蹴る意識が高まるのだろう。
4試合目は、7月23日(土)にシアトル・レインFCのホームであるメモリアル・スタジアムに、オーランド・プライド(Orlando Pride)を迎えた。
この試合も、川澄はいつものように右サイドで先発した。だが、チームは左サイドでのプレーが多く、中盤でフィッシュロックが一人になることが多かった。そのため、川澄は積極的に中盤をサポートし、スペースを埋めていた。
32分にジェシカから中盤の底でパスをもらった川澄は前方にボールを運び、ゴールに向かうメリスにスルーパスを送った。結果的にキーパーに阻まれたが、この場面では、持ち味である前線への飛び出しとは異なるもう一つの特徴が表れていた。
それは、中盤のポジショニングだ。
川澄は一方のサイドに固定された役割よりは、味方と連動しながら空いたスペースを埋める臨機応変なポジショニングを得意とするのだろう。シアトル・レインFCではスピードや裏への飛び出しを生かされる場面も多いが、INAC神戸レオネッサではサイドからのクロスやスルーパスで味方を生かすプレーも多かった。
後半のロスタイムに入って、シアトル・レインFCは、相手ペナルティエリア手前の絶好の位置でフリーキックのチャンスを得た。いつもキッカーを務めるフィッシュロックはボールをセットした後、川澄に何かを伝えると、キッカーを川澄に託し、ゴール前の相手DFの壁の中に消えて行った。セットプレーのキッカーとしても信頼を得ていることが伝わる場面だった。川澄はゴールの左上を狙ったが、バーに当たり、ゴールにはならなかった。
この試合は、5-2でシアトル・レインFCが勝利した。
そして、川澄の移籍後5試合目は、7月30日(土)にポートランド・ソーンズFC(Portland Thorns FC)のホームで行われた。この試合は、リオ五輪でリーグが中断する前の最後の試合となった。
ポートランド・ソーンズFCは、この試合前の時点でリーグ首位(8月25日現在は2位)であり、シアトル・レインFC (当時6位)との勝ち点差は「6」。 シアトル・レインFCがプレーオフに進出できる4位以内に入るためにも、この試合の重要性をチームの全員が理解していた。
シアトル・レインFCとポートランド・ソーンズFCは、西海岸チーム同士の対戦ということでお互いが常に意識し合っている。また、ポートランドはNWSL屈指のサポーター数(※)を誇るチームでもあり、タフなゲームになると、川澄は試合前に予想していた。
(※2015年度の平均観客数は1試合平均1万5000人強。NWSLの平均観客数は5000人強だった)
しかし、勝利への気持ちの強さとは裏腹に、結果は0-1の惜敗。
川澄は試合後、チームと自身のプレーについて、このように振り返っている(4-1-3-2のシステム、2列目の右サイドで出場)。
「ボールはシアトル・レインFCが保持している時間が長かったし、前半は決定的なシーンも作り出せていました。ディフェンダーから中盤あたりまではテンポ良くボールを回しながら攻撃できていました。この日は特にワイドを使う場面(横に開いてプレーする時)と中に入ってプレーする場面を使い分けることと、そのタイミングを意識してプレーしました。」(川澄)
川澄が中に入った時には、右サイドバッグのエリ・リード(Elli REED)がスペースを上手く使い、配置のバランスも悪くはなかった。
0-0で迎えたハーフタイムに、監督のハービーは「相手のサイドバックが(シアトル・レインFCの選手に)食いついた裏のスペースをもっと狙うように、そして、もっと頭を使ってプレーしよう」と選手に指示を与えて送り出した。
だが、後半は相手が自陣でブロックを形成して、プレッシャーをかけてこなくなった。相手は攻撃と守備を分けていたため、中盤ではシアトル・レインFCがボールを保持できたが、相手ゴール前ではテンポ、アイデア、イメージの共有が不足していた。
そして、一発の縦のキックを相手FWに頭で合わせられ、ゴールを決められてしまう。
失点後、シアトル・レインFCはシステムを4-3-3に変更して猛攻を仕掛けたが、リードを奪った相手の守備ブロックはより強固になり、得点を奪えないまま負けてしまった。試合を通して失点シーン以外で危ないシーンはほとんどなかったが、最後はポートランド・ソーンズFCの決定力と粘りが上手だった。
【プレーオフ進出への挑戦】
シアトル・レインFCのプレーオフ進出はとても厳しい状況になった。
ポートランド・ソーンズFCに敗れた試合後、監督のハービーは選手たちに、「残り5試合は1つも落とせない」と檄を飛ばした。
「ハービー監督が言う通り、全勝でいくつもりですし、可能性がある限り前向きに戦うつもりです」(川澄)
全員が決意を新たにし、約1ヶ月間の中断期間を迎えた。その後、チームは約2週間のオフを選手たちに与え、川澄は心身ともにリフレッシュできる良いオフを過ごせたという。
リオ五輪で中断していたリーグが再開した後、川澄は残り5試合で必ずプレーオフ進出を決める強い覚悟を持っている。シーズン途中でINAC神戸レオネッサを去り、シアトル・レインFCに完全移籍した意味を、自身のプレーで示してくれるはずだ。
「残り5試合しかないですが、目の前のすべての試合を決勝戦だと思って、90分間全力で戦います」
いつものように力強い言葉で、川澄は締めくくった。
シアトル・レインFCは、8月27日(土)にシアトルで行われるポートランド・ソーンズFC戦からプレーオフ進出を賭けて、最後の戦いに臨む。残り5試合、川澄のプレーに注目だ。
※試合はyoutubeでLIVE/試合後も90分間をフル映像で見られる。 https://www.youtube.com/user/SeattleReignFC