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F1ベルギーGPの対応を世界中が議論。昔から豪雨リスクを抱えるモータースポーツのジレンマ

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
セーフティカーランで終わったF1ベルギーGP(写真:ロイター/アフロ)

「今日の真の勝者は観客の皆さんです」

ファンにこんなメッセージを送ったのは2021年8月29日(日)に行われたF1ベルギーGPの勝者となったマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)だ。

ベルギーのスパ・フランコルシャンサーキットは決勝レース前から大雨となり、レースを実施できる状態ではなく、3時間以上もレースはディレイ。結局、セーフティカーの先導走行で中立状態の走行を行い、レースは2周完了時点で成立。ポールポジションスタートのフェルスタッペンが今季6勝目を飾った。

レースができる状態ではなかった

優勝したフェルスタッペンは雨の中、長時間に渡ってレースの開始を待ち続けたファンに対して感謝の気持ちを込めて先のメッセージを送ったのだった。

マックス・フェルスタッペン
マックス・フェルスタッペン写真:ロイター/アフロ

自由席であっても2万円以上と高額なチケットを購入したにも関わらず、屋根すらない芝生観戦エリアで雨の中ひたすら待ち続け、セーフティカー先導走行を見ただけで終わったファンの気持ちを考えると、今回のレース成立はあまりに酷い結末になってしまった。

3位表彰台に登ったルイス・ハミルトン(メルセデス)は「前のクルマは全く見えないし、アクアプレーニング状態で、とてもトリッキーなコンディションだった」と語る通り、レースをできる路面コンディションではなかったことはドライバー誰もが認めている。

スパ・フランコルシャンサーキットは山あいにあり、スパ・ウェザーという言葉がF1ファンの間でも知られるほど天候が変わりやすいコースとしてお馴染みだ。予選も雨で行われたが、決勝時の雨量は予想以上で、スタート前のコースインからセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)が足元をすくわれてクラッシュしてしまうほどだった(その後中断中に修復して再開時に復帰)。

急坂のオー・ルージュ
急坂のオー・ルージュ写真:ロイター/アフロ

コンディションの悪化もあったが、同コースは壁のようにそびえ立つ急坂「オー・ルージュ」をはじめ、全体的にスピード域が高いコースであることも決勝レースの実施を難しくしてしまった。2019年のF2ではオー・ルージュの先で発生した多重クラッシュで死亡事故が起こっているし、今年F1の前座で行われた女性限定レース、Wシリーズでも6台が絡む多重クラッシュが発生していた。

そんな事情もあり、今回ばかりはセーフティカー先導スタートで走らせ、コースコンディションの回復を待ちながら、良きタイミングでレース状態にするという、いつものパターンを実行することが難しかったと言える。今もこうして判断に対する意見がSNSでかわされているのだから、無理やり走行させてドライバーを危険に晒すことになっていたら、もっと物議を醸していたかもしれない。

モータースポーツが抱える天候のジレンマ

F1もGTカーもオートバイのレースも晴れであろうが雨であろうがレースは実施される。溝付きの雨天時用タイヤがあり、ウェットコンディションのレースでは予想外の展開を生み出し、時に下位チームの選手が優勝争いをしたり、面白いレースになることも多い。今回で言えば、予選2位を獲得して世界中のファンを驚かせたジョージ・ラッセル(ウィリアムズ)はその代表例だ。

ジョージ・ラッセル
ジョージ・ラッセル写真:ロイター/アフロ

雨のレースは面白いのだが、主催者やレースを運営する団体にとっては難しい判断を迫られることも多い。近年はセーフティカー先導でレースの周回数を稼ぎ、とりあえずレースとして成立させるケースが増えてきた。ただ、あまりに雨の量、コース上の水の量、霧による視界不良になると、赤旗を提示してレースをストップさせる。レースを続行するかどうか、この判断は非常に難しい。

また、コースは走行可能なコンディションだが、悪天候で走行がストップするケースが他にもある。F1などの国際レースではドクターヘリの待機が必須だが、霧や厚い雲などの影響でドクターヘリが飛べず、走行が始められないということもよくある。これは主にフリー走行だったり、予選だったりのケースが多い。

レース開始を待ちながらも明るく楽しんでいたベルギーのファン
レース開始を待ちながらも明るく楽しんでいたベルギーのファン写真:ロイター/アフロ

F1がレースの周回数75%に満たない周回数でレースを終了し、ポイントの半分付与で成立させたのは2009年のマレーシアGP以来のことで、12年ぶり。このデータからもF1はできる限り、レースを成立させる方向で動いているのがわかる。今回の事態はF1ではかなりレアなケースだった。

ドライバーからはチケット代金を返金すべきという意見も出ている。延々待たされたのち、無理やり興行として成立させるための先導走行を見せられたファンを思うとそれが一番ファンにとってハッピーな方法だろう。

しかし、チケットを販売し、代金を徴収しているのはF1ではなく、各グランプリの主催者(主にサーキット)であるから、観客と契約しているのは主催者となり、返金するのも主催者である。もし返金すれば主催者は大損になる(イベント保険には入っているはずだが)。

F1ベルギーGP
F1ベルギーGP写真:ロイター/アフロ

F1からすると、セーフティカー先導ながらもレースはスタートさせているので、開催権料を支払ってくれている顧客=主催者に対する契約を履行していることになる。そのための史上最短1周の先導レースだったわけだ。つまりお金の流れから考えるとF1にとっての最大の顧客は主催者と放映権料を支払うテレビであり、ファンは直接の顧客になっていないとも言える。

屋外で開催されるモータースポーツには天候のリスクが常に付きまとう。誰のためにレースを実施し、誰の利益を最優先するか、毎回ジレンマに悩まされるのだが、そろそろファンファーストで判断できるようにならなければ、ファンは離れていくだろう。

国内レースも天候の中止リスクが多い

世界的な気候の変化が著しい昨今、ヨーロッパでも豪雨被害があったばかりだし、屋外で開催されるモータースポーツイベントは世界的にもこのリスクと戦っていかなければならなくなってきている。

特に台風や集中豪雨のリスクが高い日本は近年、レースが中止を余儀なくされるケースが非常に多くなってきた。日本のサーキットは鈴鹿を除くほとんどが山間部に位置し、雨だけでなく、霧の影響を受けやすい。静岡県の富士スピードウェイ、大分県のオートポリスは霧でレースが開催できないことがよくある。

2019年の日本グランプリ鈴鹿は土曜日が台風の影響を受け、中止に。土嚢が用意されたピットレーン
2019年の日本グランプリ鈴鹿は土曜日が台風の影響を受け、中止に。土嚢が用意されたピットレーン写真:ロイター/アフロ

また、近年は線状降水帯の発生による豪雨で地盤が緩んでいる土地が多くなっているが、山間部にあるサーキットも土砂崩れなどのリスクが当然ある。サーキット本体ではなく、アクセス道路の寸断などイベントに影響する災害リスクは年ごとに増えているのだ。

今後、日本国内はもっと天候に左右されるようになっていくのは確実なので、迫力あるレースをファンに見せられなかった時の対応は今まで以上に工夫していかないといけない。

F1は世界中で議論になっている今回のベルギーGPでの対応をめぐり、改善策の話し合いを予定しているとのこと。F1以上に天候のリスクを抱える日本のレース界も真剣に考え、準備をしなければいけないだろう。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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