マタハラで訴訟するも最高裁棄却で女性側が敗訴。高裁判決ポイントについての専門家の解説
育休取得後に正社員から契約社員にされ、1年後に雇止めとされたのは「マタニティハラスメント(マタハラ)」にあたるとして、女性が勤務先の語学スクール運営会社ジャパンビジネスラボ(JBL)を提訴していた裁判は、2020年12月8日、女性側が最高裁に上告するも棄却され、高裁判決である原告女性の敗訴で確定した。
一審の地裁判決は、女性に正社員の地位は認めなかったが、雇止めは無効とし、会社の不誠実な対応などは不法行為にあたるとした。また、提訴の際に女性が開いた記者会見は名誉毀損にあたらないとした。
一方、二審の高裁判決は、一審同様に女性に正社員の地位を認めなかったうえ、雇止めも有効とした。また、記者会見は名誉毀損にあたるとし女性に55万円の支払いを命じたため、原告女性は逆転敗訴のかたちで負けることとなった。
地裁も高裁も正社員の地位を認めなかったのはなぜなのか。高裁ではなぜ雇止めが有効となり逆転したのか。双方の代理人ではない師子角允彬(ししかどのぶあき)弁護士に、客観的な視点で解説していただいた。
◆参考:高裁判決文の全文
●主な経緯
2008年7月、女性は(株)ジャパンビジネスラボ(JBL)に正社員として入社。英語講師としてクラスを担当していた。クラスは、平日の夜、週末の朝・昼・夜の各時間帯に開講のため就業形態は、平日の夜及び週末が中心だった。
2013年3月長女を出産後、産休と育休を取得。しかし、1年半の育休終了後も保育園は決まらず、週5日勤務の復帰ができなかった。そこで、契約期間を1年とする週3日勤務の契約社員として会社と再契約を交わすこととなった。
ところが、この契約から約1週間後、保育園から空きが出るとの電話連絡があったとして、女性は翌月から週5勤務の正社員として働きたいと申し出た。「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」などと記載された書面を受け取っていたため、希望した時期に正社員に戻れると思ったからだ。しかし、会社は契約社員契約を締結したばかりであることを指摘した。
その後も女性はメールで正社員への契約の変更を申し出た。しかし、会社は現段階で正社員への契約変更は考えていないと回答した。
契約から18日後、女性と会社との間で面談の機会が設けられた。女性は子を預ける保育園が見つかったとして、翌月から正社員に戻すよう会社に要求した。しかし、会社からは「正社員であれば他の正社員と同じ前提で働けることが条件」などと告げられたため、女性はその場で労働局に相談に行くと告げ、その後、労働紛争の解決援助を東京労働局に申し出た。
女性は会社の他の女性従業員に、「(会社から)正社員に復帰させてもらえない」「いじめられている」「妊娠を考えているなら気をつけた方がいい」などと発言。
また、労働組合に加入し、加入した労働組合は会社に対して団体交渉を申し入れた。
こうした経過を受け、会社は女性に対し、退職勧奨をしていないにもかかわらず、退職勧奨をしたと他言していることを禁止するよう求める合計16通に及ぶ警告書等を交付。また、女性が録音機器を執務室に持ち込み、秘密に録音をすることは就業規則違反として録音を禁止する注意指導書なども女性に交付した。しかし女性は、「自己の行動に問題があるとは思わない」と述べ、いずれの書面にも同意しなかった。
その後、女性が加入した労働組合との団体交渉が行われた。女性と組合は正社員に戻すことを要求したが、会社は女性を信頼して正社員に変更することはできないとの姿勢を崩さなかった。
女性は録音した上司の音声データをメディアに提供した。これを受け、会社は女性が正社員としての地位を有しないことの確認を求める法的措置に及んだうえ、女性を契約終了(雇止め)とした。女性も会社を提訴し、自身は匿名としながら会社名(株)JBLを公表する記者会見を行った。
質問1:
一審地裁も二審高裁も正社員の地位を認めなかったのはなぜですか。
回答:
争点が多岐に渡るため、個人的に重要だと考えている論点に絞ると次の2点になります。
1.正社員である原告女性と育休明けに契約社員としての雇用契約を交わしたことが均等法や育介法で禁止されている「不利益な取扱い」(マタハラ)にあたらないか。
2.育休明けに結ばれた契約社員としての雇用契約が、正社員に復帰させることを内容とする合意を含むものだったのか。
裁判所は、原告女性が契約社員としての雇用契約の締結時に子どもを預ける保育園を見つけられていなかったことなどを根拠に、契約社員としての雇用契約を交わしたことは不利益取扱い(マタハラ)にあたらないと判断しました。保育園が見つからないまま正社員復帰すれば、時短措置を講じたとしても、正社員としての業務に支障を生じさせたり、欠勤を繰り返したりすることを余儀なくされ、退職・勤務成績不良での解雇・出勤状況が悪く改善見込みもないことを理由とする懲戒解雇になる可能性があった。それに比べれば、契約社員としての雇用契約を結ぶことは不利益な取扱い、いわゆるマタハラではない、という理屈です。
原告女性が契約社員としての雇用契約に正社員に復帰させることを内容とする合意が含まれると考えたのは、会社から「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約再変更が前提です」などと記載された書面を受け取っていたからです。
しかし、裁判所は、正社員の担う役割等を踏まえると、事前の調整や会社の評価や判断を抜きにして正社員契約の締結を義務付けられる性質のものではないとして、上記の記載に希望した時期に速やかに正社員に復帰できるとする合意が含まれているとは認められないと判示しました。
質問2:
高裁判決においては、会社が契約社員の契約を終了したこと(雇止め)を有効としました。一審の地裁では雇止めを無効としましたが、一審と二審で逆転したのはなぜでしょう。高裁では、女性側の記者会見は名誉棄損ともなりました。
回答:
マスコミを通じた会社への姿勢が問題視されました。高裁が認定した雇止めの理由は、以下の3つです。
1.執務室内での会話の無断録音
2.マスコミに対し、客観的事実とは異なる事実を伝えたり、録音データを提供したりしたこと(これにより、社会に対して、会社がマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したこと)、
3.勤務時間内のパソコン及びメールアドレスの私的利用
地裁と高裁とではマスコミとの関わりに対する見方が異なり、これが結論の差にも一定の影響を与えているのではないかと思います。
高裁は、マスコミ等の外部の関係者らに対し、あえて事実とは異なる情報を提供し、会社の名誉や信用を損なうおそれがある行為に及び、会社との信頼関係を壊そうとする行為に終始したことは、雇用の継続を期待できない十分な理由になると判示しました。
なお、高裁では、会社から雇止めの理由が追加されました。保育園が見つかったとして正社員に戻すよう求めていたのに、実際には保育園は見つかっておらず、虚偽の事実を述べて交渉していたというものです。
これにより、地裁と高裁との判断が異なったと考える方もいるようですが、高裁は1.~3.だけでも雇止め理由として十分だと述べており、高裁で追加された会社側の言い分に対しては、特に言及していません。つまり、保育園の申込みをしていないにもかかわらず、それを秘して正社員への再契約を求めて交渉するといった、会社側が追加した言い分によって結論が変わったわけではありません。
名誉毀損に関して、高裁と地裁とで結論が異なったのは、大雑把に言うと、報道に接した一般人の普通の受け取り方をどう理解するのかの違いに理由があります。
地裁では、一般人は「当事者の一方の認識がこうだ」と受け取るにすぎないと判断したのに対し、高裁では「こういう事実が存在した」と受け止めると判示しました。
地裁のような考え方に立つと、発言内容が真実ではなかったとしても「当事者の一方の認識がこうである」こと自体に嘘はないことになります。しかし、高裁のような考え方に立つと「こういう事実が存在した」ことの立証ができていなければ、嘘で名誉や信用を毀損したとして責任を問われる可能性が生じることになります。
質問3:
保育園が決まらないまま育児休業が終了してしまった場合、一般に会社は従業員に対しどのような対応をすればいいのでしょうか。
回答:
一般論としては、会社は退職勧奨や解雇といった措置をとることなく、育児と両立できる形で復職してもらうことができないかを検討することになります。単に保育園が決まらなかったとの理由で退職勧奨や解雇をすることは、育介法10条の禁止する不利益取扱いに該当する可能性が高いと思います。
保育園が決まらなかったという理由ではなく、通常勤務に耐えないとの理由であれば、退職勧奨や解雇も直ちに不適法だということにはならないと思います。
ただ、法は子が3歳になるまでの所定労働時間の短縮制度(育介法23条1項)、子の看護休暇(育介法16条の2)など、育児休業期間後の復職を容易にするための制度を用意しています。また、事業主には育児休業後の就業が円滑に行われるように労働者の配置その他雇用管理に関して必要な措置を講じる努力義務が課されており(育介法22条)、法律で定められているもの以外にも、仕事と育児を両立させるため企業独自に柔軟な対応をとることを要請しています。
こうした各種制度・仕組みの利用を検討したり、退職勧奨や解雇の回避に努めたりすることなく、ただ通常勤務に耐えないとの理由で退職勧奨や解雇をすることは、育介法10条の禁止する不利益取扱いに該当する可能性が高いと思います。
本件のように、形式的に育休取得前の水準の労務の提供を求めると勤務成績不良・勤怠不良で雇用の維持に支障が出てしまうおそれがある場合に、契約社員という雇用形態を設け、従業員と雇用契約を結びなおすことに関しては、高裁のように有効とする考え方と、原職復帰を原則とする育介法の趣旨に反するため無効とする考え方の両説があります。
高裁の判断はあるにしても、解雇と比べれば有利だからといった発想で、労働者に酷と受け取られるような契約形態を設けることには慎重になった方が良いだろうと思います。
質問4:
ハラスメントを立証する上で録音や書面等の証拠は労働者にとって重要です。今回、その録音を会社は就業規則違反として禁止しましたが、女性は録音を継続し、それが契約終了(雇止め)の理由の1つになっています。録音の違法性について解説ください。
回答:
1.業務命令として従業員に録音の禁止を命じることができるのかという問題
2.録音の禁止が指示されていたとしても録音を正当化する事情がないのかという問題
3.違法に録音されたものであったとしても証拠能力を否定するほどのものかという問題の3つに分けて考える必要があります。
高裁は、会社側の利益(情報漏洩防止・執務室内での自由な意見交換の確保等)と秘密録音の必要性を比較検討して1.の録音禁止の許容性を認めました。
また、会社関係者らの発言に係る録音データをマスコミ関係者らに手渡していたことや、正社員としての再契約に向けた交渉を行うこととの関係で執務室内における会話を録音することは、証拠の保全として不可欠とはいえないなどと指摘して2.の正当化できる事情があることを認めませんでした。
高裁が言っているのは、これだけです。労使双方の利害の検討を経ることなく会社側の一方的な都合だけで、一律に録音を禁止することまで許容されると述べているわけではありません。また、就業環境の問題(ハラスメントの存否など)を立証するための秘密録音まで許容されないと述べているわけでもありません。録音の証拠能力の問題は議論の対象にもなっていません。
マスコミ関係者への提供が問題にされたのも、報道された事実のほとんどが真実ではないことや、社会に対して女性がマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したとの事実認定が前提になっています。
高裁判決により、交渉の場面で担当者の発言を録音することや、ハラスメントの証拠とするため録音をすることまで制約されるとみるのは誤りだと思います。また、事業主と労働者との利益較量や、各種正当化事由の存否、情報流出の有無などの緻密な検討を経ることなく、形式的に録音禁止命令に違反したとして解雇等の不利益な取り扱いを行うことには、法的に問題があると判断される可能性が高いと思います。
師子角先生、質問へのご回答、ありがとうございました。
【経緯の略年表】
●2008年7月9日 (株)ジャパンビジネスラボ(JBL)に正社員として入社。英語講師としてクラスを担当。クラスは、平日の夜、週末(土曜日及び日曜日)の朝、昼、夜の各時間帯に開講。そのため就業形態は、平日の夜及び週末が中心
●2013年1月 産前休業を取得
●2013年3月 長女を出産後、産後休業と育児休業を取得
●2014年2月26日 保育園が決まらなかったことを理由に育児休業を6か月延長
~1年半の育休終了後も保育園は決まらず、週5日勤務の復帰ができなかった(※当時は育休最大1年半、なお現在は最大2年)~
●2014年9月1日 契約期間を1年とする週3日勤務の契約社員として再契約
●2014年9月8日 保育園から空きが出るとの電話連絡があったことを伝える
●2014年9月9日 翌月から正社員として就労したいと申し出る。会社は契約社員契約を締結したばかりであることを指摘
~その後も女性はメールで正社員への契約の変更を申し出るも、会社は現段階で正社員への契約変更は考えていないと回答~
●2014年9月19日 子を預ける保育園が見つかったとして、10月から正社員に戻すよう要求。会社から、正社員であれば他の正社員と同じ前提で働けることが条件である、契約社員として働くことを拒否したら自己都合による退職になる、正社員に戻れる時期は確定できないなどと告げられたため、女性は労働局に相談に行くと告げる。同日、会社はメールにて受け持ちクラスの担当をさせない旨を伝える
●2014年9月22日 女性は東京労働局長に対し、速やかに正社員に戻して欲しいとして労働関係紛争の解決援助の申し出をする
●2014年10月6日 女性は労働組合に加入。正社員復帰を求め団体交渉を申し入れる
●2014年10月25日 会社は女性に退職勧奨をしていないにもかかわらず、女性が外部に対し、退職勧奨をしたと他言していることを禁止するよう求める警告書等(合計16通)を交付。また、女性が録音機器を執務室に持ち込み、秘密に録音をすることは就業規則違反として録音を禁止する注意指導書等を女性に交付した
●2014年10月29日 女性は「自己の行動に問題があるとは思わない」と述べ、いずれの書面にも同意しなかった
●2014年11月19日 会社は女性との信頼関係が破綻している状況で、雇用契約を正社員に変更することは不可能という回答書を交付
●2015年5月 会社名匿名のもとメディアに録音した上司の音声データを提供
●2015年5月29日 会社は女性に正社員の地位がないことの確認を求め労働審判を申し立てる
●2015年8月1日 会社は労働審判の申立てを取り下げ
●2015年8月3日 会社は女性が雇用契約上の地位を有しないことの確認を求め提訴
●2015年9月1日 契約終了(雇止め)
●2015年10月22日 原告女性が会社を提訴し、記者会見を開く。原告氏名は匿名としながら会社名(株)JBLを公表
取材協力
師子角允彬(ししかどのぶあき)弁護士
一橋大学法学部卒業、一橋大学大学院法務研究科法務専攻修了。
主な所属は、第二東京弁護士会労働問題検討委員会、日本労働弁護団、日本労働法学会など。
弁護士として主に労働事件を取り扱うとともに、東京労働局紛争調整委員、世田谷区自殺対策協議会委員などの公職も務めている。
師子角総合法律事務所