介護士ボクサー大沢宏晋 ファイトマネーを寄付し続ける理由とは
介護士として働きながら、デビュー戦以降、ファイトマネーを寄付し続けているボクサーがいる。
第42代OPBF東洋太平洋フェザー級王者の大沢宏晋(36=オール)だ。現在WBAフェザー級1位にランクされる。
彼がなぜ介護士ボクサーとしての道を選んだのか、そして必死に稼いだファイトマネーをなぜ寄付し続けるのか、その理由を聞かせてもらった。
やんちゃだった学生時代
ーーーまず、ボクシングをはじめたきっかけを教えてください。
大沢:地元の雰囲気もあって、高校生のときはかなり荒れていました。
不良の友人たちとつるんで、しょっちゅうケンカしていました。ひどい時には6、7人ぐらいボコボコにしたこともありましたね。
それを見かねた友人が「お前このままだったらヤクザぐらいしか行く場所ないぞ、おまえにうってつけの場所があるからついて来い」と、連れて行かれたのがボクシングジムでした。
ーーーそこでボクシングと出会ったのですね。
大沢:はい。ジムに着いたら、いきなりトレーナーに「3分間サンドバッグ殴ってみろ」と言われたのです。
意味もわからず、サンドバッグの前に立ち、それまで溜まっていたイライラをサンドバッグにぶつけて殴り切りました。
それを見たトレーナーが目の色を変えて「お前、本気でボクシングをしろ。リングの上にはいっぱいお金が落ちているから一緒に拾いに行こう」と、ジムに勧誘してきました。
最初はお金という言葉に目がくらみ(笑)、ボクシングを始めました。
父親の言葉
ーーー現在は介護士としても活躍されていますが、きっかけはなんですか。
大沢:福祉用具の仕事をしていた父に勧められて始めました。
ーーーなるほど。働くだけでなく、ファイトマネーを様々な団体に寄付していると聞きました。
大沢:それも最初は父に「お前がお金を持っていてもろくなことしない」と言われて、仕方なく寄付していたのです。
ですが、あることをきっかけに自分の意志で寄付するようになりました。
ーーーきっかけとは。
大沢:僕の試合を観に来てくれたおじいちゃんたちが「面白かった、いい試合だったよ」と言ってくれたんです。
その言葉が心の底から嬉しく思えて、これからは人の為になることをしようと自主的に寄付をするようになりました。
寄付したお金でデイサービスの方に美味しいものを食べてもらったり、子供食堂に食材を持って行ったりしています。
おじいちゃん、おばあちゃんや子供たちとの笑顔を見ていると、僕も元気をもらえます。
仕事とボクシングの両立
ーーーボクシングとの仕事の両立は大変だと思いますが、工夫していることはありますか。
大沢:無駄な時間をつくらないことです。次の日に支障をきたすことをしない、夜は何時までに寝る、とか徹底してやっています。
もちろん試合が決まったらボクシングだけに集中しています。
ーーー大沢さんのように、仕事をしているボクサーは多いと思います。仕事とボクシングを両立していて良かったと思えることはありますか。
大沢:人と関わる仕事をしているので、相手の表情を見て、相手の心理を探ることが上手くなったと思います。
それに、働いていると人間として勉強することがたくさんあります。
ーーー勉強ですか。
大沢:僕は世界チャンピオンになるには「人間力」が必要だと思っています。
リングの上ではボクサー大沢ですが、リング降りたら1人の大沢ですから、仕事を通じて人としても成長していきたいです。
私も現役時代は、仕事とボクシングの二刀流で活動していた。
仕事とボクシングの両立は大変だが、2つの道を進むからこそ役立つ経験や出会いもある。
目標とする世界チャンピオンまであと一歩だ。再び世界の舞台で輝いてほしい。
大沢宏晋(おおさわ・ひろしげ)
1985年生まれ。大阪府大阪市出身。
ALL BOXING GYM所属。
WBAフェザー級世界ランキング1位
大阪市内の養護施設にヘルパーとして勤務しながら選手活動をしており、
ファイトマネーはデビュー戦以来、大阪市、身体知的障害者団体等に全額寄付している。
戦績は45戦36勝21KO5敗4引き分け。